TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

企業内大学

企業にとって最大の経営資源である「人」は、自社の存続・成長に欠かせない大切な存在だ。持続的成長の基盤となる、デジタルとリアルを融合させた総合的な学習・育成システム「FCCアカデミー(企業内大学)」の設立・運営メソッドを提言し、社員の成長を自社の発展につなげるモデル事例を紹介する。
2022.07.01

「個人と会社の共成長」を目指す:味の素

グローバルな食品メーカーとして成長を遂げた味の素。さらなる発展のためには、「適財適所」から「適所適財」への転換が不可欠との考えから、「自律的キャリア開発支援」に注力している。

 

 

ジョブ型雇用へシフト 「適財適所」から「適所適財」へ

 

多様なキャリア形成を支援する制度を導入

 

100年以上も前にアミノ酸の研究を通じて「味の素®」を開発し、食品メーカーとして歩み始めた味の素は、今では「ほんだし®」「Cook Do®」などの食品事業分野に加え、健康ヘルスケア事業や電子材料など、アミノサイエンス事業分野にも拡大し、アミノ酸のはたらきで「食と健康の課題解決企業」を目指してグローバルに展開している。

 

社員の成長が会社の成長に直結するとの考えから、同社では社員の成長支援に力を注ぐ。さらなる躍進を目指し、掲げた人事部門のミッションは、「個人と会社の共成長」(【図表】)だ。社員の自律的・継続的成長と、働きがい・生きがいの実感を実現するとともに、企業としても多様な「人財」の共創、組織の生産性向上を目標にしてきた。

 

【図表】サステナブルな成長に向けた人事部門基本方針

出所:味の素提供資料よりタナベ経営作成

 

真のグローバル企業へと脱皮し、社員の自律的・継続的成長のためには、従来の年功序列型の「人財」登用では多くを望めないと判断。職務に対して必要な技能や知識を持った「人財」を配置するジョブ型雇用にシフトし、「適財適所」から「適所適財」という考え方に切り替えた。ただし、「適所適財」による効果を最大限に引き出すには、社員自らが志向性や適性に応じてスキルを磨いていかなければならない。

 

「そのために当社が取り組んでいるのが、一人一人の強みを伸ばす『多様なキャリア形成』です。社員が自らキャリアを描き、強みを磨くためには、会社としてもバックアップできる環境を整えていなければなりません。そこで力を注いできたのが『自律的キャリア開発支援制度』です」

 

そう自社の「人財開発戦略」について語るのは、味の素人事部人財開発グループシニアマネージャーの宮川隆史氏である。味の素ではさまざまな制度や仕組みを導入することで、社員が自らのキャリアを開発できる土壌を築いてきた。

 

 

自らのキャリアを考える機会を提供

 

味の素が自律的キャリア開発支援に、本格的に取り組むようになったのは、2013年にスタートした「キャリア研修」からである。まず50歳代の管理職に当たる基幹職社員を対象に導入し、その後、40歳代、30歳代、20歳代と年代別に順次導入して対象者を拡大していった。この研修は社員のキャリアに対する知識や理解を深め、自身のキャリアを考えていく場として機能させていった。

 

そして、翌2014年には「基幹職キャリア自律支援制度」を導入。2016年には基幹職人事制度を改定。基幹職ポストの責任と権限を明確化し、そのポジションにふさわしい「人財」を配置する「適所適財」へとシフトしていく過程で、従来の年功序列的な人事を転換し、基幹職社員の自律的なキャリア開発を促進していった。

 

こうした支援を実践できた背景には、1980年代に「キャリア開発プログラム」を導入し、積み重ねてきた「人財」育成の歴史がある。同プログラムでは、自分がなりたい職種など将来のキャリアを明確化し、そのためにはどんなスキルや経験が必要なのかを、上司と共に確認していくキャリアデザインシートを作成していた。

 

「例えば、キャリアデザインシートに『10年後に海外現地法人のマーケティングダイレクターの仕事をしたい』と宣言した人なら、中長期視点でどんな部門で経験を積んで、どんなスキルを身に付けなければならないのかを、上司と面談をして確認していくわけです。一方で、年度ごとの短期の目標管理シートがあり、こちらも目標を設定して上司と達成に向けた取り組みを相談していきます。

 

このように、当社では上司と部下は密接に話し合いながらキャリア開発をしています。こうしたシートと定期的なキャリア開発フォロー面談を基に、上司は部下の『個人別育成計画』を立ててキャリアを支援しています。」(宮川氏)

 

さらに同社では、社員が多様なキャリアを形成できるように、自分の希望した業務に就ける機会を増やす取り組みをはじめ、ユニークな制度を次々に導入してきた。例えば、チャレンジを促すための「公募制度」、ある一定の期間、異動せずに勤務地を希望できる「エリア申告制度」、家族の海外赴任時などに合わせて休職できる「WLB(ワークライフバランス)休職制度」、働く場所を限定しない「どこでもオフィス」などがある。社員はこうした制度を活用しながら、自分に合ったキャリア開発や働き方を手に入れている。

 

そして2021年には、キャリアデザインシートなどのデータを有効活用するために、「人財キャリアマネジメント・プラットフォーム」として独・SAP社の提供する「SAP Success Factors」(以降、Success Factors)を導入した。

 

Success Factorsでは、社員が自分自身の志向・希望・強み・特性・経歴などを確認できるだけでなく、他の社員の職務経歴、自己PRなども閲覧することができる。また、各組織のミッションや目標、さらに、どのような「人財」を求めているかなども閲覧できる。Success Factorsの運用を開始してまだ1年ほどだが、すでにさまざまな効果が生まれているという。

 

「Success Factorsを活用することで、社員は自分が将来就きたいと考えているポジションの先輩社員の経歴を知ることができます。そうした情報は、どのような仕事を経験すれば良いのかといった道しるべとなります。実際に、このような目的で同システムを活用している若手社員は多く、今後、社員の自律的キャリア開発を図る上で大きな効果を発揮するツールになると期待しています」(宮川氏)

 

Success Factors導入のメリットは社員だけにとどまらない。会社側にもいくつかのメリットをもたらしている。例えば、職務情報や組織情報などを社員にオープンにすることで、各組織の魅力を社員に届けられる点。また、全社員の「人財」情報を活用してさらなる「適所適財」が図れる点が挙げられる。

 

メリットの多いSuccess Factorsだが、簡単に導入に至ったわけではない。社員の職歴をオープンにすることは個人情報に関わるため、計画を慎重に進める必要があった。

 

「当社では、会社の重要な施策を決定する場合は、経営層の判断だけでなく、労働組合との入念な意見交換を行う必要があります。労使の間で時間をかけてコンセンサスを取っていくのが当社の伝統であり、こうした地道な取り組みがあったからこそSuccess Factorsの導入が実現できたと思います」(宮川氏)

 

1 2
企業内大学一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo