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【特集】

体験価値の設計

企業の存在意義や社会的責任が、ビジネスを考える上で欠かせなくなった今、経営はどう変わる必要があるのか。顧客だけでなく、全ステークホルダーの「体験」を価値あるものに変え、行動変容を促すことによって企業価値を高める「体験価値の設計」を提言する。
2022.04.01

日本の食文化を伝え残す地域のプラットフォーム:ヴィソン多気

立花 哲也(たちばな てつや)氏
ヴィソン多気 代表取締役

 

 

地域の課題解決や利便性向上にも貢献

 

コロナ禍の外出自粛で厳しい船出となったが、緊急事態宣言解除後の2021年秋には、毎日1万人超があふれ、にぎわいを見せた。

 

木造の巨大な大屋根が来場者を出迎え、高天井で開放感のある産直市場「マルシェ ヴィソン」には、新鮮な山海の幸がそろう。売れ残る農産物はフードテナントが買い取って「本日のスープ」として提供したり、魚は練り物に加工したりして販売。フードロスのない食文化の仕組みに工夫を凝らす。

 

その他に、和食の魅力を発信する「和ヴィソン」には、しょうゆ・みそ・かつお節・みりん・酢など発酵食の老舗が軒を連ねる。道具を通して食と暮らしを体感する「アトリエ ヴィソン」、スペインの美食の聖地がモチーフの「サンセバスチャン通り」なども人気のエリアだ。

 

また、山容の自然な地形を生かす「HOTEL VISON」の8階には、ドクター7万人が登録する遠隔診療事業の「MRT」と提携する「CLINIC VISON」を開業した。

 

「多気町は医師の数が少なく高齢化が進んでいますが、町民も従業員も、いつでもオンラインでドクターの遠隔診療を受けられます。例えば、看護師がウェブカメラを持参し、山奥に暮らすおばあちゃんを診療することが可能です」(立花氏)

 

ホテルとともに高台にある薬草の温浴施設「本草湯」では、心身を癒しながらバイタルデータを蓄積し、未病につなげる取り組みを推進。デジタルを活用した未来志向の生活文化・経済圏づくりが始まっている。

 

また、アクセスの良さも強みだ。「多気ヴィソンスマートインターチェンジ」は、伊勢自動車道上り線(名古屋方面)出口から直通乗り入れが可能。民間施設初の開設認可に多気町が尽力した。地元の三重交通は、東京・名古屋発着の高速バスや、松阪や熊野など地域を結ぶローカル路線の全てを、ヴィソンのバスターミナルが経由するようにした。

 

「お伊勢参りは日帰りで訪れる方が多いのですが、ヴィソンに立ち寄ることで伊勢志摩や鳥羽のホテル稼働率の向上や、県全域の観光客増加へつながります。豊かな食材も人の流れも、ヴィソンが出口であり入り口でもある『プラットフォーム』としての機能を果たしていけたら、本当にうれしいです」(立花氏)

 

 

 

蔵乃屋(左)と、伊勢醤油本舗。
和食エリア「和ヴィソン」には発酵食の老舗・名店が一堂に会し「地産地消」を推進する

 

 

スーパーシティー構想で多様な体験価値を生む

 

オープン時が完成形なのではなく、歳月をかけて育まれていくヴィソン。数十年後の未来の姿はすでに描かれている。

 

食文化を継承しながら新しいテクノロジーで課題を解決する地域プラットフォーム「三重広域連携スーパーシティー構想」だ。国が推進する「まるごと未来都市」の特区構想に、周辺エリア6町や32企業と申請済みで、地域のプラットフォームとして利用者目線に立った情報発信と地域の未来づくりを目指す。

 

モビリティー分野では、自動運転バスの周遊サービスや自動ゴミ収集ロボット、自律式ドローンによるホテルのルームサービスや宅配が実現へ向けて着実に歩みを進めている。さらに、先に触れた最先端の医療・ヘルスケアやデジタル観光、キャッシュレスサービスなどのノウハウを蓄積すれば、他地域での水平展開が可能となる。

 

「自動運転専用のモビリティーロードは、他社がモビリティータウン構想を発表する前から着手し、すでに完成しています。みそやしょうゆなどの発酵食は、浄水器や料理道具、有名シェフのレシピなど、ヴィソンやスーパーシティー構想の多様なパートナーがそろうことで、これまで表現できなかった価値を創り出していけます。いろんな人が、ありとあらゆるイベントでチャレンジできる仕掛けになっているのです」(立花氏)

 

和ヴィソンの店内ではみりんの製造が始まり、2023年秋には「メード・イン・ヴィソン」の第1号商品が誕生して「地産地消」が完結する。こうしたサステナブルな姿は、出店するテナントやそこで働く従業員が、プラットフォームとしてのヴィソンの役割や貢献、未来への可能性を実感することで、持続への大きな推進力となっていく。1000人規模の新たな雇用を創出するだけでなく、1000分の1である一人一人が培ったキャリアを生かし、新たな価値づくりにつなげることで、さらに強固な原動力となっていく。

 

「都心のオフィスビルの中ではできないことがやれる場所だと、東京や大阪、名古屋からIターンやUターンで新しい仲間が入社してくれています。アパレル中心の商業施設はどこへ行っても同じですが、食は地域ごとに特色を出せるから面白い。地域で働く環境や魅力も、スーパーシティー構想でさらに高めていきます。将来は、地域のプラットフォームの未来モデルとして、全国に広げていきたいです」(立花氏)

 

伊勢神宮の式年遷宮は、建物や儀式だけでなく、つくる技術や人を伝え残してきた。ヴィソンもまた、多様な機能を兼ね備えて持続しながら、顧客と地域、パートナーであるテナントや働く人、その全てに有為な体験価値を生もうとしている。

 

 

※最先端技術を活用して地域課題の解決を目指す取り組み。国のスマートシティ事業の採択を受け、デジタル地域通貨の活用やオンライン診療などを進めている

 

 

PROFILE

  • ヴィソン多気(株)
  • 所在地:三重県多気郡多気町ヴィソン672-1
  • 設立:2021年
  • 代表者:代表取締役 立花 哲也
  • 従業員数:205名(2022年1月現在)
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