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【特集】

体験価値の設計

企業の存在意義や社会的責任が、ビジネスを考える上で欠かせなくなった今、経営はどう変わる必要があるのか。顧客だけでなく、全ステークホルダーの「体験」を価値あるものに変え、行動変容を促すことによって企業価値を高める「体験価値の設計」を提言する。
2022.04.01

組織に「デザイン」で横串を通す:ビズリーチ/Visional

【図表1】Visionalグループにデザインで横串を通す役割をデザイン本部が担う

出所:Visionalグループ提供資料よりタナベ経営作成

 

 

転職市場に「ダイレクトリクルーティング」という新たな可能性を開いた、ビズリーチなどを運営するVisionalグループ。社内を巻き込みながら組織の隅々にまで「デザイン」を浸透させ、新しい価値を創出している。

 

 

プロセスそのものをデザインと捉える

 

企業が「欲しい」人材を獲得するために、企業自身が採れる手段を主体的に考え、能動的に実行する採用活動を指す「ダイレクトリクルーティング」の考え方が転職市場に浸透しつつある。市場を牽引するのは、2009年創業のビズリーチだ。

 

同社は求人広告や人材紹介会社を介した採用が一般的だった国内の転職市場に、インターネット上のプラットフォームを介して企業と求職者が直接つながる転職サイト「ビズリーチ」を投入。現在、同サイトのスカウト可能会員数は144万人以上(2021年10月末時点)、累計導入企業数は1万8100社(2021年10月末時点)を超え、業界に新風を吹き込んでいる。

 

Visionalグループの中でもHR Tech領域の事業を展開するビズリーチは、即戦力人材を対象としたビズリーチに加え、20代向けの転職サイト「キャリトレ」や人財活用プラットフォーム「HRMOS(ハーモス)」、OB・OG訪問サービス「ビズリーチ・キャンパス」を展開。売上高はビズリーチ単独で235億6100億円(2021年7月期)に上っており、採用から入社後の活躍までを包括的にサポートするHR Tech企業として存在感を高めている。

 

競合がひしめく転職市場で、ユーザーから高い支持を集める理由は何か。そのヒントとなるのが「デザイン」だ。ビズリーチの執行役員CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を務める田中裕一氏は、同社のものづくりについて次のように話す。

 

「創業者の南(ビジョナル代表取締役社長の南壮一郎氏)や竹内(ビジョナル取締役CTOの竹内真氏)も含め、ビズリーチの創業メンバーは、お客さまを見て市場をつくる、新しい価値をつくるという姿勢を初めから持っていました。ビジネスとデザイン、テクノロジーとデザインのバランス感覚に長けており、体験価値をつくりながら実装するデザインの根っこがありました」(田中氏)

 

ユーザーを起点に商品・サービスを考える。まさにデザイン思考のものづくりが、創業当時から根付いていたことが分かる。だが、データベースの量や質、密度の拡充が成長の原動力となるビジネスモデルの性質上、急成長の過程で量や数値目標に重心が偏ってしまうのは避けられない。そこで、ビジネスドリブン、マーケティングドリブンの思考に向かいがちな組織のバランスを、デザインの力で揺り戻すことを託されたのが田中氏だ。

 

「いわゆる『デザイン経営』を考えるとき、まず挙げられるのが『ブランディング』と『イノベーション』ですが、当社が考えるデザインと経営の関係は、より広い意味を持っています。事業を育てるための考え方、あるいは課題発掘や価値をつくるプロセスそのものを、私たちはデザインと捉えています」(田中氏)

 

田中氏が重視するのは、考え方やプロセスそのものにデザインを入れていくこと(【図表2】)。デザイン思考を持った組織や人、プロセスから生み出されるアウトプットはユーザビリティーが高く、顧客に選ばれやすいからだ。その実現に向けて、2018年2月に同社が経営の中枢へ設置した部署はデザイン本部だった。同8月に田中氏が現職に就任し、デザインと経営を接続する改革を本格的にスタートさせた。 

 

 

 

田中 裕一(たなか ゆういち)氏
ビズリーチ 執行役員 (Visionalグループ) CDO

 

 

どんな体験価値が得られるかユーザー視点で言語化

 

「商品・サービス開発は、企画者が企画を考えてエンジニアが実装するという上流から下流に向かう縦のプロセスに陥りがちですが、エクスペリエンス(体験)をつくるには、最初にお客さまの課題を明確にすることが重要です。さらに、『お客さまは何を求めているのか』から始まり、『そのソリューションをプロダクトに反映するとどうなるか』『その価値をどのように伝えていくのか』というような課題提起と解決策を考える習慣も必要となります。このように課題や問いを立てる段階から『デザイン』の考えを持ち込み、組織や人、プロセスに根付かせることによって、商品・サービスの価値を、一貫性をもって世の中に届けていけると考えています」(田中氏)

 

デザイン思考へ転換すると、アウトプットはどのように変わるのか。その例を、同社が展開する20代向けの転職サイト「キャリトレ」のマーケティングに見ることができる。

 

キャリトレは、AI技術を活用し、ユーザーに適した転職先をレコメンドする機能を実装。リリース当初、ユーザーに向けて「AIがあなたに適した転職先をレコメンドします」という切り口でマーケティングを展開したものの、大きな成果は得られなかった。

 

そこで、「27歳、30歳まで3年切った」「『とりあえず3年』の3年が過ぎました」など、ユーザー視点のキャッチコピーに変えた上で、ペルソナに近い人物の写真を使用して訴求したところ、利用率が劇的に向上したという。

 

「『AIがレコメンドします』という情報は、サービス提供側の発想です」と田中氏は指摘する。AI技術は、提供側にとってはアピールしたい強みでも、転職を考えるユーザーにとっては重要ではない。むしろ、ユーザーの関心は「キャリトレを通して何を得られるのか」「どんな自分になれるのか」といった体験価値にある。ユーザー視点で「サービスの強みは何か」「誰に対してその価値が刺さるのか」「どうしたら選ばれるのか」を言語化し、伝えていくデザインのアプローチが有効であることを示す好例である。

 

 

 

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