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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

体験価値の設計

企業の存在意義や社会的責任が、ビジネスを考える上で欠かせなくなった今、経営はどう変わる必要があるのか。顧客だけでなく、全ステークホルダーの「体験」を価値あるものに変え、行動変容を促すことによって企業価値を高める「体験価値の設計」を提言する。
2022.04.01

顧客・地域・業界の体験価値を高める「 社会共創のブランド」:草野作工

島田 憲佳(しまだ かずよし)
タナベ経営 取締役 マーケティングコンサルティング本部担当
1999年タナベ経営入社。これまで1,000社以上のクライアントのマーケティング活動に携わる。ビジョン・ミッションを実現するため、ブランドの魅力を見つけ、磨き、発信するブランディング&プロモーションコンサルティングを通じて「100年先も一番に選ばれる」クライアントのブランドを創る戦略の実行を推進・支援している。

 

 

「美しい」企業を目指す

 

タナベ 島田 2020年には、自社価値を伝えるためのブランディング推進体制も新たに構築されました。

 

草野 小町谷 ブランディング推進体制を構築してから、不定期で「ブランドコンセプト会議」を開催しています。トップダウンで本格的にブランディングを進めようとなった際に、「当社の強みは何か」「どのような会社にしたいのか」など、社員の目線、特に若手社員の考えを深掘りすることが大事だと気付きました。

 

ブランドコンセプト会議では、入社間もない若手社員や中堅社員を中心メンバーに、ブランディングの目指す方向性や共有したい哲学、スローガン、ロゴマークを検討し、最終的には経営トップに提案します。当初期待していた以上に多様な意見が出て、そこで「美しい」というキーワードが浮かび上がりました。当社では、工事現場における資材の整理・整頓、駐車方法の統一や、トイレをきれいに保つための掃除にも注力するといった、日常的な作法が伝統的に受け継がれてきました。

 

タナベ 藤島 現場をきれいに保つことが事故防止につながり、仕事の質も高まります。

 

草野 小町谷 当社は、創業者の時代からきれいなコンクリート仕上げといった、仕事に対する「きれいさ」、つまり、美学を持っていて、それは現在も受け継がれています。そのような中、ブランドコンセプト会議から生まれたのが、経営哲学「美しく、繋げる」と経営理念「技術で豊かな地域を創造し、未来の環境をより美しく」です。また、「その美学を見つめ直し、きちんと後世にも伝えていこう」と理念体系も整理しました。(【図表】)

 

タナベ 島田 理念に基づく実施方針「美しい建設業へ」というフレーズやロゴマークは、物理的な構造物の美しさだけでなく、「働く人の美しさ」も表しているのですね。

 

草野 小町谷 ブランドコンセプト会議は、今は不定期開催になっていますが、「若手社員協議会」など新しい取り組みに派生しています。若手社員が草野作工の未来を語り合い、発信してくれる良い流れが生まれるのではと期待しています。

 

 

 

藤島 安衣(ふじしま あい)
タナベ経営 マーケティングコンサルティング東京本部 課長代理
マーケティングやブランディングの戦略策定から展開まで一気通貫で対応。広告制作ディレクター、コピーライター、塾講師、会場運営、モデル・俳優などの経験を基に、顧客理解に努め、顧客の歩む道を見据えたコンサルティングを得意としている。

 

 

美しさの追求が企業の求心力につながる

 

タナベ 島田 これまでの取り組みを振り返り、成功のポイントはどのあたりにあるとお考えでしょうか。

 

草野 小町谷 ずっと念頭に置いてきたのが、若い人たちが「建設業って面白そう」と思い、次に「草野作工ってどんな会社?」と興味を持つ姿です。

 

だからこそ、同じ土木の仕事でも建設会社と発注官庁、設計コンサルタントでは業務内容が異なり、同じ建設会社でも元請けと下請けでは業務が違うことなど、建設業をよく理解していただくためのコンテンツを発信し始めました。

 

当社の取り組みが業界全体に貢献し、また一般の方々の役にも立てるものであれば、メディアも取り上げてくれます。そして、「建設業が社会インフラをつくり、人々の生活を支えている」という認知が広まれば、結果として若い人たちの当社への関心も高まります。その意味でも、自社の積み重ねてきた歴史を知ることは、とても大事だと実感しています。

 

タナベ 藤島 スタッフファーストのこだわりと、北海道の歴史をつくってきた先人に対する憧憬や尊敬の感情が芽生えて、草野作工と向き合ってくれるのですね。

 

草野 小町谷 『橋づくり名人ものがたり 草野真治の生涯』には、社長ですら知らないエピソードもありました。社員も、創業者の活躍や「橋梁の草野」と呼ばれていたことを知って、誇りに思ってくれています。

 

タナベ 藤島 経営の随所に「美しさ」を追求し、極めることで社員も輝ける。美しさが大きな求心力になっているのですね。

 

草野 小町谷 その通りです。トップランナーではなくフロントランナーとして、規模拡大を目指さない少数精鋭のオンリーワン企業として一歩先を進む。それが当社の軸ですから。

 

タナベ 島田 企業の歴史と伝統を引き継ぎ、その魅力を磨き続けることが、未来形の「美しい建設業」の実現につながっているわけですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

 

Column

「美」の追求によるスタッフファーストの実現

草野作工は、経営の随所で「美」を追求している。美という概念は、古今東西あらゆる人間が肯定する特別な概念である。変化が著しい時代だからこそ、徹底して美を貫く経営方針は、人・組織・企業として普遍的な輝きを放っているように、今回の対談を通して感じた。同社が製作した創業者の功績とエピソードを漫画にした『橋づくり名人ものがたり 草野真治の生涯』にも、創業者・草野真治氏の美しさの追求が鮮明に描かれている。同漫画より、草野氏の言葉を一部抜粋する。

 

「敗戦で心がすさんだ人々も、町が発展していくのを目の当たりにすれば、勇気をもつことができると思わないか」「うちの技術が確かだからこそ、新しいことをやってみる価値があるんだ」「人を大切にすること。仕事は結局人で成り立っているのだからね」「新しいことに挑戦する精神がなくちゃ物事は前に進んでいかない」

 

このように、草野氏の言葉には、相手に響きやすい言葉選び、具体的な指針を示す決断力など、社員を思う美しさがあふれている。同社が進めている「DX戦略」にも、人を思う社風が見事に落とし込まれている。本編でも紹介したスマートウォッチによる体調管理やDXルームの設置、現場スタッフのテレワーク実施などである。現場スタッフは、作成した図面を現場に遠隔でフィードバックしたり、現場のカメラを遠隔操作して施工状況を確認できる。本社と現場のオンラインでの打ち合わせも、モニターパネルに映された文書に直接記入し、テキストベースでのやり取りを実現している。

 

生産性向上・工数削減・時間短縮など、収益優先主義でDXを進める企業が多い中、同社の「社員の健康を守るために、生産性向上につながる施策に取り組む。それが結果的にDXだった」という、「スタッフファースト」実現に向けた自然なストーリーを美しいと感じた。人はストーリーがなければ戦略を立てても動かない。DX推進に課題を感じている企業は、ぜひ同社の取り組みを参考にしていただきたい。美を追求する姿勢は、ほかにも表れている。例えば、現場で自動車を駐車する際は、船出方式で美しく一列に並べるルールがある。これは、「あらゆるものが日ごろから整理整頓されていると非常時に対応しやすい」という草野氏の教えを守ってのことである。また、社屋は災害時に近隣の住民の方が避難することを想定し、広い駐車スペースを確保している。

 

草野作工の哲学は「美しく、繋げる」。つなげるのは「人」である。今回の対談を通して、「自社に関わる全ての人の命を守りたい。そのために、私たちは美しい生き方をするのだ」という力強いメッセージを受け取った。

 

(タナベ経営 藤島)

 

 

PROFILE

  • 草野作工(株)
  • 所在地:北海道江別市上江別西町16
  • 創業:1936年
  • 代表者:代表取締役 草野 貴友、草野 量文
  • 売上高:43億円(2021年5月期)
  • 従業員数:62名(2022年2月現在)
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