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【特集】

マネジメントDX

海外では「ビジネスの成果に貢献する付加価値部門」と位置付けられるバックオフィス部門。だが、日本では「下支え部門」という認識が根強く残るのが現状だ。バックオフィス業務の無駄を洗い出し、最新のデジタル技術によって改善を施すためのシステム再構築メソッドを提言する。
2022.02.01

新しい「働き方・プロセス・私たち」で挑む価値づくり:東京海上日動火災保険

 

【図表1】東京海上日動火災保険の中期経営計画の全体像

出所:東京海上日動火災保険HPよりタナベ経営作成

 

 

損害保険業界のリーディングカンパニーとして、グローバルに事業を展開する東京海上ホールディングス。グループの中核企業である東京海上日動火災保険では、DX時代の到来やコロナ禍に先駆け独自の「dX」を始動していた。

 

 

業務効率化だけで優位性は生まれない

 

東京海上グループの中核企業として、損害保険事業などを展開する東京海上日動火災保険。同社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する部署「dX推進部」が、DXのDをあえて小文字にしている理由について、dX推進部長の渡部光明氏はこう続ける。

 

「デジタルやデータを表す『d』は手段であって、目的はあくまで『X』です。トランスフォーメーションするために、デジタルやデータを活用する必要があることを表現しているのです」(渡部氏)

 

東京海上グループ全体のDXに関する取り組みは、東京海上ホールディングスのデジタル戦略部が、グローバル戦略の構築や世界7拠点に配置されているデジタルラボの統括を担当。東京海上日動社では、DI(デジタルイノベーション)部がプラットフォーマー・マーケットホルダーなどと連携した新たなビジネスモデルの共創を、dX推進部が新規事業戦略の創出や、ビジネスモデル・社会課題・業務プロセス・オペレーションや企業風土・文化のトランスフォーメーションを担当している。

 

同社は2000年代後半、業務品質の改善やビジネスプロセスの標準化などの社内変革を始動。2012年にはデジタル端末で保険を契約する「らくらく手続き」を開始し、紙の申込書や署名を不要にするペーパーレス化と、後処理事務が発生しない契約時の「その場計上」を実現した。

 

また同年、「持ち運べる代理店」をコンセプトに、スマートフォンアプリ「モバイルエージェント」を開発。契約情報を一元管理し、顧客はいつ、どこでも契約内容を確認・変更することが可能になった。

 

「難しいと言われる保険の手続きを分かりやすく、全てのお客さまにご利用いただけるように、デジタルを活用した新しいUI(ユーザーインターフェース)・UX(ユーザー体験)の仕組みづくりをグループ全体で進めてきました」(渡部氏)

 

同社の2021年度からの中期経営計画「成長への変革(“X”)と挑戦2023~『品質と想いで最も選ばれる会社』を目指して~」でも、DXはパーパス(存在意義)実現のための戦略の柱の1つと位置付けられている。(【図表1】)

 

「仕事のやり方を変えて、生まれた人と時間の資源を価値づくりにシフト。約1万7000名の社員と約5万店の代理店、全てのプロセスを変えることで、時代の変化に柔軟に対応し、成果を生み出せる組織力を高めています。業務を効率化するだけのDXは、他社も模倣できるので競争優位性を生みません。ですが、変化に対応して成果に結び付ける組織能力は、まねのできない企業価値となります」(渡部氏)

 

デジタルの活用は、業務の効率化やコスト削減だけに目が向きがちだ。しかし、本当に大切なのは、人が生み出す付加価値と、それを可能にする組織をつくり出すことだ。パーパス実現に向けたDXは、CX(顧客体験価値)の向上を忘れないことの大切さも物語っている。

 

 

【図表2】「ミライプロジェクト」のコンセプト

出所:東京海上日動火災保険提供資料よりタナベ経営作成

 

 

CXも実現する「ミライプロジェクト」

 

企業の競争優位性が生まれるトランスフォーメーションへと導くのが、東京海上日動火災保険の中期経営計画にある「ミライプロジェクト」である。(【図表2】)

 

同社では、同プロジェクトをdX推進部内に立ち上げ、契約・事務プロセス設計を担う契約推進部、マイページなど顧客接点のCX向上や代理店システム・コールセンターの管理を行うCXプロセス部など、各部門のデジタル活用を統括している。全社員へのノートPC・スマホ配布などのICTインフラの基盤構築からスタートし、現在は第2フェーズに突入。2023年度までに、新しい「働き方・プロセス・私たち」の実現を目指す。

 

1つ目の「新しい働き方」では、ZoomやPC、スマホなどのICTツールの活用により、「どこでも働ける環境」を整備し、営業部門では通勤など移動時間の25%を削減した。人事制度も見直し、地方拠点の社員が本社内で進めるプロジェクトに参加できる「プロジェクトリクエスト制度」を導入。実効性の高いデジタル活用の提案が全社を巻き込んで次々と生まれている。

 

2つ目の「新しいプロセス」では、デジタル手続きの取り組みを加速させて、全てのオペレーションで「完全ペーパーレス化」を推進。新規契約では、紙の口座振替依頼書に銀行届出印を押して提出するプロセスを、ウェブからの登録に変更し、2022年度中には紙の依頼書を原則全廃とする予定だという。押印の不鮮明さや口座番号の記入ミスで発生する紙のやり取りなどの業務ロスを、顧客・代理店・同社が共に解消できる効果は大きい。

 

「口座振替依頼書を積み重ねるだけで、東京タワー2本分の高さに相当します。印刷・コピーに使われる紙は会社全体で前年比6300万枚、東京スカイツリー9本分を削減しました。これはアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロの標高とほぼ同じです。チームでは、さらに削減して高さで世界一のエベレストの標高を目指そうと言っています」(渡部氏)

 

自動車保険だけで契約は約1000万件を超え、保険商品の種類も多岐にわたる。そのため、同社ではDXすべき50超のテーマを選定し、チーム別に同時進行している。「自動車保険に火災・傷害保険など、個人契約件数の多い保険の中でも費用対効果の大きい業務から優先しています」と渡部氏は説明する。

 

また、定量的な削減効果を生み出すマイルストーンとして、KPI(重要業績評価指標)を設定。全社KPIとして、2023年度までに15%、2026年度までに20~30%の業務削減を行うと掲げている。すでに成果が出ているのは、損害保険サービスの事故対応にLINEと連携したチャットツールを活用する取り組みだ。KPIを利用率10%に定めたが、60%超と大幅に上回る地域もあった。

 

「社内ではDXへの抵抗感よりも期待の方が高く、望まれている手応えを感じています。社内の業務削減効果だけでなく、紙では絶対にできないCXを実現していきたいです。さらに、代理店の方の営業・経営力の向上によるお客さまの利便性の飛躍や、グリーンイノベーションによる脱炭素社会への貢献など、お客さま価値、代理店価値、社員のエンゲージメント向上を全社レベルで俯瞰しながら進めています」(渡部氏)

 

社員と会社がともに成長し、個人は仕事を通じた自己実現を、会社は収益向上や顧客拡大を遂げる。さらに、社会インフラとしての保険業の姿や世の中の仕組みも変えていく。そんなミライプロジェクトに対し、社員アンケートでは全社員の80%が「前向きな変化を実感している」と回答した。

 

「何かが起きたときの保険金のお支払いやアシスタンス、再発防止策などの『事後の安心』に加えて、IoTやセンサーで事故などを予防する『事前の安全』も提供したい。安心と安全のトランスフォーメーションにより、トータルでお客さまをお守りする東京海上グループへ変化し続けていきます」(渡部氏)

 

お客さま・地域社会の“いざ”を支えるため、“いつも”支えることができる存在へ――。同社のパーパスの実現が、3つ目のゴールである「新しい私たち」のトランスフォーメーションになっていく。

 

 

 

デジタルやデータを表す「d」は手段であって、目的はあくまで「X」

 

 

DXで何を実現したいのか「二手先を考える」

 

ミライプロジェクトには頼もしい存在がいる。全拠点の社員から選ばれた240名の「ミライキーパーソン」だ。

 

「ミライキーパーソンはDXのハブです。プロジェクトメンバーの発信をしっかりと受け止め社員に伝え、現場の声も丁寧に拾い上げ、よどみない双方向の流れをつくってくれています。

 

もちろん、発信するdX推進部が全社の誰よりも高い熱量を持ち、共感を呼び起こすことが重要です。定期的にミライキーパーソンとミーティングを行い、社員や代理店を対象に任意参加のウェビナーも実施して、熱量を拡散し共感を高めています」(渡部氏)

 

社員からは「なるほど!」、代理店からは「本気でDXに取り組んでいるんだ!」という声がdX推進部に届く。2021年秋には、代理店の業務プロセスやその先にいる顧客も実感できるデジタル活用に向け、新代理店システムをリリースした。「人の力とデジタルのベストミックス」で新たな価値提供や顧客体験価値の向上を目指し、AI活用・マーケティングオートメーションといった分野で今後もバージョンアップを重ねていく予定だという。

 

将来的には、顧客データと代理店の営業活動、東京海上日動火災保険のコールセンターの情報を統合し、顧客接点の強化、さらなる顧客体験価値の向上・創出につなげていこうとしている。

 

「ミライプロジェクトのメンバーには、いつも『二手先を考えよう』と伝えています。『デジタルを活用して何を実現したいのか』『個人と会社の成長につながるか』を考えない限り、デジタル化は何の価値も生まないという意味です。繰り返しになりますが、大事なのはトランスフォーメーションです。『自社をどうしたいのか』『どうやって成長していくか』がDXの本質です」

 

全社的な成長戦略から掘り下げないDXは成功しない。「バックオフィスDXは『業務プロセスの改善』という誤解を持つ人は少なくありません。また、バズワードやベンダー(製造・販売供給元)に振り回されていると感じるなら、それは『戦略なきDX』に陥っている証しです」と渡部氏は警鐘を鳴らす。

 

「そう遠くない未来、デジタルがすっかり社会に溶け込んで当たり前になり、DXという言葉は消えるでしょう。そこで最後に残るのは、『どれだけ人にしかできない価値を提供できるか』だと思っています」(渡部氏)

 

 

東京海上日動火災保険 dX推進部長 渡部 光明氏

 

 

PROFILE

  • 東京海上日動火災保険(株)
  • 所在地:東京都千代田区丸の内1-2-1
  • 創業:1879年
  • 代表者:取締役社長 広瀬 伸一
  • 売上高(正味収入保険料):2兆2613億円(2020年度)
  • 従業員数:1万7176名(2021年4月現在)
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