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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

事業承継 EXIT PLAN

親族内承継のほか、ホールディング経営、IPO(株式上場)、MBO(役員陣による株式買取)、M&A(株式売却/事業譲渡)といったスタイルで第三者へ承継し、自社の企業価値を次代につなぐ企業が増えている。持続的に成長する「出口戦略」としての事業承継メソッドを提言する。
2022.01.05

100の事業、100の経営者を育てる
ヤマチユナイテッド

 

 

 

グループビジョン「THE 100 VISION」を掲げ、100の事業、100人の経営者育成を目指すヤマチユナイテッド。事業領域を広げながら、グループ一体で成長を目指す独自の「連邦・多角化経営」で、次世代へ事業承継を図っていく。

 

 

50以上の事業を手掛ける200億円超の企業グループに成長

 

北海道札幌市に本社を置くヤマチユナイテッドは、道内を中心に建材商社や住宅建築、リフォーム事業、インテリアショップ運営、イベントプロデュース、カフェ運営、デイサービス事業などに取り組む一方、輸入住宅事業やデイサービス事業のフランチャイザーとして全国展開を推進。現在、50以上の事業を運営する注目企業である。

 

その中でも、ハウスメーカー事業「Johnson homes(ジョンソンホームズ)」は札幌ナンバーワン、イベント施工事業「anker(アンカー)」、機能回復デイサービス「きたえるーむ」、ライフスタイルショップ「inZone(インゾーネ)」は北海道ナンバーワンなど、複数の事業でトップシェアを獲得。グループの代表を務める山地章夫氏が入社した1983年当時、約30億円だったグループ売上高は現在200億円超となり、目覚ましい成長を遂げている。

 

コロナ禍においても多角化によるリスク分散で堅実な経営を続ける同社だが、過去には深刻な経営危機に直面した経験がある。山地氏は、「つらい経験が多角化経営を推進するきっかけになった」と話す。

 

「当社は1996年に持ち株会社を設立してホールディングスに移行しましたが、翌年に北海道拓殖銀行が経営破綻。金融危機によって得意先企業の倒産が相次ぎました。1998年に父からグループ代表を引き継いだ私は、不採算拠点や事業のリストラに着手。会社はV字回復を果たしましたが、その過程で多くの社員が会社に見切りを付けて去って行きました」(山地氏)

 

経営危機下でのトップ交代。そこから多角化経営へと大きくかじを切った同社だが、実は山地氏が入社した直後から事業承継への伏線は敷かれていた。

 

 

※1つの事業に絞るのではなく、売上高が数千万円から数億円規模の事業や会社を次々と興していく多角化経営。複数の事業がそれぞれ独立採算管理されながらも、横・斜めのコミュニケーションで有機的に連結し、複数社・複数事業を1つの会社のように運営する経営手法

 

 

 

 

 

ライフスタイル住宅「インターデコハウス」のFC化によって全国展開を果たしたヤマチユナイテッド。その後、異業種進出も含め次々と多角化を進めた

 

 

創業型の後継者として多角化経営を開始

 

大学卒業後、タナベ経営に勤務していた山地氏は、28歳で父が経営する山地商事に入社した。中堅の建材商社として北海道を中心に事業を展開していたが、すでに業界の成長は見込めない環境にあった。

 

主力の建材卸事業は利益率が低い上、業界も頭打ちの状況が続いていた。すぐに会社が傾く状況ではないものの、「食事の席などで、父は常々『こんな事業なんて辞めた方が良いぞ』と言っていました」と山地氏は振り返る。

 

もともと事業開発に関心があったこともあり、「創業型の後継者」になることを決意した山地氏は、社内で新規事業立ち上げに携わる一方、自身も新たな成長分野を模索。海外からの輸入建材を販売する新規事業を1986年にスタートすると、翌年にはアメリカンスタイルの輸入住宅を建築・販売するジョンソンホームズを設立して代表に就任した。

 

「建材輸入事業やジョンソンホームズが立ち上がったころには、父はある家具工場の立て直しに掛かりきりになり、ほとんど出社していませんでした。そのため、私が中心となって経営を担う体制が自然と出来上がっていきました」(山地氏)

 

実質的な経営者となった山地氏は、持ち株会社である山地ユナイテッド㈱を設立。ホールディングス体制への移行とグループ経営による飛躍を描いた矢先に、前述の経営危機に見舞われたのだ。

 

「本業が先細りの上、高価格帯の住宅を扱っていたジョンソンホームズも景気悪化で購買層が大幅に縮小しました。何とか状況を打開しようとさまざまな事業に手を出したものの、うまくいかない。当時は長期ビジョンが全く描けませんでした」(山地氏)

 

そんな状況を好転させたのが、1999年のアンカーのイベント事業創業と、2000年の低価格帯ヨーロッパ住宅「インターデコハウス」の開発。さらに、インターデコハウスのFC化によって全国展開を果たした同社は、異分野であるインテリアショップの運営や機能回復デイサービスのFC展開、カフェ事業、オーダーソファーの製造販売などへ次々と進出し、本格的な多角化経営を推し進めていった。

 

 

建材商社事業(上)、イベント施工事業(左下)、ライフスタイルショップ(中央下)、機能回復デイサービス(右下)など、住宅産業を中心に50以上の事業を経営

 

 

 

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