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vol.14 EUのデザイン戦略を探る
安西 洋之

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2016年11月号
※本コラム「ワールドワイド トレンド」は、アジア編・ヨーロッパ編・米国編の輪番で毎月掲載しています。
 


 
欧州委員会が「デザイン」に力を入れている。
 
2008年のリーマン・ショックを引き金とした経済不況の後、イノベーションを重点施策の1つに置いた。「イノベーションなしに欧州が生き残るのは極めて難しい」と判断したのである。その対象は、公共セクターから中小企業までと幅広い。
 
イノベーションは、公共サービスでの需要もさることながら、公共調達などの分野においても民間企業から強く要望されるところだ。政府や自治体の入札で仕事が取れても、実施に至るまでには予想以上に期間や手間が掛かり、苦労することは少なくない。
 
2010年、EUの成長戦略の1つ「イノベーション・ユニオン」で促進すべき方針の中に、初めてデザインがキーワードとして登場してきた。その後、デザインという考え方を各機関で定着させていくためのワークショップやリサーチなど、多様なプログラムが組まれてきた。
 
2016年の春から全EU加盟国で、中小企業向けのデザイン教育もスタートした。3年計画である。
 
デザイン思考とデザイン・ドリブン・イノベーション
 
こうした動きの中で、よく出てくる2つのキーワードがある。「デザイン思考」と「デザイン・ドリブン・イノベーション」だ。
 
デザインをイノベーションに生かすといっても、よくある「地元の名産品をカッコよくしましょう」ということではない。ごく一部にそういうケースもあるが、「デザイン思考」とは、デザイナーがアイデアを獲得するまでの工夫や、試作品を作ってアイデアの精度を上げていくなどのプロセスを、特に非デザイナーに対して分かりやすく整理したものだ。
 
これは米国のスタンフォード大学や、デザイン事務所のIDEOがプロモートしてきた。ある分野での専門職が考える方法をツール化したことに新規性があり、世界各国に広まった。
 
デザイン思考はユーザー中心設計という方法をベースに置いており、ユーザーの抱える問題や欲するところをあぶり出していくことを起点としている。これによって改良が図られている例として、電子機器のユーザーインターフェースが挙げられる。スマートフォンの使い勝手が良くなったのも、この作業を繰り返した恩恵であるといえるだろう。
 
ただ、デザイン思考は大きな価値の転換を伴うようなイノベーションには向いていない。それはユーザーを見過ぎてしまうからだ。ユーザーは目の前にあるモノの不満や提案は語るが、まだ世の中に存在しないコンセプトは語ってくれない。
 
この弱点を補う位置にあるのが、「デザイン・ドリブン・イノベーション」。言葉の由来は、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授の著書タイトルだ。ユーザーを見るのではなく、小さくてインフォーマルなネットワークで新しいビジョンをつくり、技術的なイノベーションよりも価値のイノベーションを優先するのである。
 
価値(あるいは意味)のイノベーションとは何か?
 
電気のない時代、ろうそくが室内に明かりをもたらした。機能的に見れば、暗い一部しか照らしてくれないものだった。その後、電灯ができ、室内は全体が明るくなった。では、ろうそくは世の中からなくなっただろうか?
 
そんなことはない。停電の時や山小屋で使うだけでなく、おしゃれなレストランやバーでも使う。自宅でも友人を招いて食事をする際、「雰囲気をつくりたい」とろうそくが使われる。詩的な意味がろうそくに付加されたのだ。
 
意味のイノベーションとは、ろうそくの役割の変化を指す。そのようなイノベーションが、企業に長期的な資産をもたらしてくれる。
 
このイノベーションは必ずしも技術資産に頼るわけではないので、中小企業にも取り入れやすい。ベンチャー企業でも、社会に大きな影響を与えるようなイノベーションを起こせるということである。
 
欧州委員会が、この2つのアプローチを軸に置く理由がお分かりいただけただろうか。
 

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