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vol.4 空前の日本食ブームに沸くタイ、 勝ち残るのはどこか!?
三田村 蕗子

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2016年1月号
※本コラム「ワールドワイド トレンド」は、アジア編・ヨーロッパ編・米国編の輪番で毎月掲載しています。
 
年間500店超の新店が誕生し、200店超が消えていく。 日本食ブームに包まれるタイでは、 特定の日本食に特化した専門店の進出も相次ぎ、 競争は激しくなる一方だ。勝ち残りの決め手になるのは何か。 タイの日本食マーケットの現状を追った。


 
 
 
競争が激しいマーケット
 
 
タイにおける日本食レストラン数の最新の調査結果が発表された※1。これによると、首都バンコクに出店している日本食レストラン(ファストフードを含む)の数は前年比11.5%増の2364店(2015年8月時点)。2014年7月から15年8月までの出店数は514店、退閉店数は271店で、純増店舗数は243店だった。前回の調査(2014年6月時点)に比べ、出店数は22.4%増加していたが、退閉店数が2.2倍も増えていた。
本誌2015年10月号でも書いたが、タイは日本の外食チェーンの宝庫である。
実際にタイに進出している主な日本の飲食店を挙げてみよう。大戸屋、CoCo壱番屋、リンガーハット、新宿さぼてん、世界の山ちゃん、矢場とん、博多一風堂、梅の花、かつや、つぼ八、野家、やよい軒、幸楽苑、すき家、モスバーガー―。
こうした顔触れから分かるように、居酒屋、カレー、ラーメン、とんかつ、牛丼など、ジャンルは多岐にわたる。進出していないジャンルを探す方が難しい。大手チェーンに加えて、個人経営の単独店も非常に多く、まさに日本食なら何でもありのパラダイスである。
だが、先に掲げた調査結果からも分かるように競争が厳しい。閉店はおろか、タイから撤退する外食業も少なくない。
撤退する主な理由は、店主や経営者の高齢化や経営難などだ。数十年の歴史を有しながら、クローズする店もある。バンコクに暮らす日本人は約6万人(在タイ日本国大使館調べ)で、在留邦人届未提出者を含めると、推定10万人近い日本人が暮らしているとされる。日本食レストランにとっては極めて魅力的なマーケットではあるが、もはや「日本食なら何でもウケる」という時代は過ぎ去っている。
すしや天ぷら、とんかつ、ラーメンなど、さまざまな日本食を総花的にそろえた店がもてはやされた時代は終わり、今や特定の分野に特化した実力店がしのぎを削る成熟期に突入している。この激しい競争をくぐり抜け、市場で独自のポジションを確立するのは容易ではない。
 


 
 
現地化の成功例はたった2社? 
 
タイへ進出した大半の日本食チェーンが現地の日本人による利用で支えられているのに対し、次に紹介する企業はタイ人からの人気が高い。
現地化成功組の代表格といえるのは、石川県金沢市から進出したハチバンだろう。1992年にタイ1号店の「8番らーめん」をバンコクに開店すると、破竹の勢いで店舗展開を進め、現在の店舗数は111店に達している。
どの店もいつもタイ人で混雑しており、日本人の姿を探す方が難しい。完全に定着し“タイ化”している。日本から進出したラーメン店は、博多一風堂のように高級路線で挑戦するところが少なくないが、ラーメン1杯を55バーツ(約193円※2)程度に設定しているハチバンは完全に庶民派だといえる。200店舗の食材供給ができる新工場(セントラルキッチン)を開設しているため、店舗数がさらに増えることは間違いないだろう。
もう一つの成功例といえるのが、「Fujiレストラン」だ。こちらは日本からの進出組ではなく、タイで日本人が起業したレストランチェーンのため、日本ではあまり知られていない。しかし、タイでは100以上の店舗を構えるほどの人気店である。メニューにはタイ人の味覚や嗜好を踏まえた味付けや食材を取り入れ、顧客の大半はタイ人。ハチバンと同様、完全にタイ化したチェーンだ。
ハチバンやFujiレストランは日本人には目もくれず、徹底的にタイ人の嗜好を探り、利用されやすい価格を追求している。他の日本食店との大きな違いである。
 
 
 


 
 
とんかつ専門店の生き残りの鍵とは
 
 
ハチバンやFujiレストランを除けば、日本食の店で店舗数を飛躍的に増やしているところは見られない。総店舗数もせいぜいが5、6店止まりである。果たして現地化に成功し、第2、第3のハチバンやFujiレストランが現れる日は訪れるのか。その意味で興味深いのが、今バンコクで勃発している「とんかつ戦争」の行方かもしれない。ここ数年で、タイには日本を代表するとんかつ専門店チェーンが次々に上陸。激しい戦いが繰り広げられているのである。
とんかつをメニューに取り入れている日本食の店はたくさんあるが、とんかつに特化した専門店チェーンとして、初めて日本からタイに進出したのはグリーンハウスフーズが運営する「新宿さぼてん」だ。
グリーンハウスフーズは、2008年3月にタイの企業であるプレジデント・ベーカリー、双日タイ会社との3社による合弁事業契約を締結し、12月にバンコク市内で新宿さぼてんの1号店をオープン。現在はその数を8店にまで増やしている。
とんかつの値段は約250バーツ(約875円)。タイの物価を考えれば、比較的高級な部類に属するが、人気は高い。店舗によって多少のばらつきはあるものの、店内はタイ人で賑わっている。
だが、競合もまた多い。2012年には同価格帯の「とんかつまい泉」が進出し、新宿さぼてん同様、大型商業施設を舞台に出店を重ね、店舗数は現在8店。「箸で切れる柔らかいとんかつ」を武器に、バンコクのとんかつ需要の獲得に力を入れている。
同じく2012年に進出を果たしたのが、とんかつ専門店「かつや」だ。日本と同じように気軽な価格でとんかつを提供したいと、かつやはとんかつの値段を150バーツ(約525円)前後に設定。主に、郊外型の大型ショッピングモールを舞台に店舗数を増やして、その数は現在6店に達している。
2015年に入ってからも、とんかつ専門店の進出の勢いは衰えていない。日本最大のとんかつ専門店チェーンである「とんかつ和幸」、そして既にバンコクへ進出済みのリンガーハットが「とんかつ浜勝」の1号店をオープン。バンコクのとんかつ競争はますます激しさを増している。
しかし、とんかつという日本食自体がまだタイ人全般に浸透しているとは言い難い。どこも集客数は似たり寄ったりで、目立った「勝者」は見られないのが現状だ。まずは、外食の際の一つの選択肢としてとんかつを検討してもらえるように認知度を高め、市場の底上げを図るのが各社の課題となっている。その鍵は、いかにタイ人の好みに合わせて現地化を図りつつ、日本のとんかつ専門店としての魅力を維持していくかというバランスである。
というのも、タイ人は複数人で外食に出掛けることが多く、多彩なメニューを好む傾向にある。つまり、とんかつに特化したメニューでは飽き足らず、天ぷらやラーメン、すしなど、バリエーションを求めがちなのだ。
そのため、例えばとんかつ浜勝では、手作りのケーキやアイスクリームを食べられるデザートビュッフェを導入するなど、とんかつ以外のメニューを強化。他社も、サーモン好きのタイ人の嗜好に合わせてサーモンの照り焼きやフライをメニューに取り入れたり、カレーも導入したりといった工夫に余念がない。
だが、こうした取り組みは一歩誤れば、専門店としての魅力を薄れさせ、総合的な品ぞろえの日本食店との差別化が難しくなる。現地化と専門性とのバランスを巧みに取りながら、専門店としての魅力をどう守るか―。ここをうまく解決した店が、とんかつ専門店としての地盤を固めていくことになるだろう。
 


 
 
 
タイ飲食店
空白地帯はカフェ 
 
多彩なジャンルの専門店が日本から続々とタイに進出する一方で、進出事例が少ない空白マーケットも存在する。
それはカフェチェーンだ。ここ20年ほどでタイ人のコーヒー需要は高まり、町にはたくさんのカフェが出現している。代表格が、米国から1998年に進出したスターバックス。店舗数は既にタイ全土に160店超。このスターバックスが、タイにおけるコーヒーのイメージを革新し、オシャレな飲み物というイメージをつくり上げたといってもいい。
スターバックスと並んで人気を得ているのが、やはり米国から上陸したAu Bon Painだ。店舗名を聞くとフランス生まれの店のように思えるが、実際は米ボストンで誕生したカフェチェーンであり、タイにはスターバックスより1年早く進出。現在、バンコクを中心に70店を展開している。
これらに対抗する形で店舗数を増やしているのが、タイのローカルチェーンだ。アジア圏を中心に世界で250店舗を持つブラックキャニオンコーヒー、急成長しているカフェアマゾン、店舗数が100店に近づく勢いのトゥルーコーヒーやコーヒーワールドなどである。
だが、このカフェチェーン市場に日本勢の姿はない。日本企業が進出していないジャンルはないように見えながら、この市場に出ているのはUCC上島珈琲の1店がある程度。その間隙を縫う形で存在感を高めているのが韓国のカフェチェーン、トムアンドトムズだ。2012年にタイへ進出し、店舗数は現在24店。その人気から今後出店スピードが上がることは想像にたやすい。米国やタイのチェーンに迫る存在があるとすれば、恐らくこのトムアンドトムズだろう。
カフェ自体は日本生まれの業態ではないが、ドトールやサンマルクカフェ、カフェ・ド・クリエなどは独自のメニューを強化し、他の国には見られない日本版カフェをつくり上げた。タイのカフェチェーン市場に日本の店が参戦する日が来るのか、あるいは空白のままか。タイの飲食店市場を見る上で、これもまた興味深いポイントである。
 
 


 
筆者プロフィール

三田村 蕗子(みたむら ふきこ)
津田塾大学学芸学部卒業。マーケティング会社、出版社を経て、フリーに。タイ・バンコク在住。現在、ビジネス誌を中心に活動中。主な著書に『世界一うるさい消費者にモノを売る50の方法』(同文館出版)、『アイリスオーヤマ 一目瞭然の経営術』(東洋経済新報社)など。