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アカデミーで技術力と人間力を育み、「No.1サウンドカンパニー」へ
ヤマハサウンドシステム × タナベ経営

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2021年5月号

 

 

ホール・劇場など大空間音響設備市場でトップシェアを誇る(左写真は東京国際フォーラム)/YSSアカデミーを設立・開校。人間力と技術力を育み、経営ビジョン実現を目指す

 

 

大空間音響設備のプロフェッショナルとしてヤマハグループの一翼を担うヤマハサウンドシステム。“異色”の経歴を持つ3代目社長は、当事者意識を持って経営理念の実現に挑む人材育成に力を注ぐ。

 

 

トップシェアを誇る大空間音響設備の専門会社

 

齋藤 ヤマハサウンドシステム(以降、YSS)はホール・劇場、スタジアム・アリーナなどの大空間音響設備のプランニング・設計・施工・調整・保守や、業務用音響機器の開発・製造を手掛ける音響エンジニアリング会社です。武田社長は2018年から3代目の経営者として手腕を振るわれています。まず、YSSの設立の経緯と事業内容をお聞かせください。

 

武田 YSSは競合関係にあった音響設備会社の不二音響とヤマハサウンドテックが2009年に合併してできた会社です。世界有数の業務用音響機器メーカーでもあるヤマハが率いるグループの一員として、東京国際フォーラムや渋谷公会堂(LINE CUBE SHIBUYA)、東京ドームなど多様な施設の音響システムを構築。500席以上のホール・劇場の音響設備市場ではトップシェアを誇ります。合併当時120名ほどだった社員は現在180名を超え、企業規模としては1.5倍に成長しました。

 

齋藤 どのような経緯でYSSの社長に就任されたのですか。

 

武田 大学時代、軽音楽サークルでバンドを組んでいたこともあり、ホール音響の仕事がしたくて東亞特殊電機(現TOA)に入りました。入社試験の面接で「地図に残る仕事がしたい」と言ったことを今でも覚えています。そこに12年勤務したうち8年間はホール音響のセールスエンジニアを務めました。

 

1999年に「ホール音響の仕事を極めたい」と思って競合のヤマハサウンドテックへ転職。さらに2003年には音響設備分野へ本格的に参入するヤマハへ転職し、商品企画や事業企画、マーケティングを担当しました。それからYSSへ社長として出向するわけですが、ヤマハへ転職する際にYSSの前身となるヤマハサウンドテックに辞表を提出していますから、まさに“出戻り”です(笑)。

 

齋藤 「舞台の音づくりにかけた人生」と言えます。強い思いを持って経営に打ち込まれている背景がよく理解できました。

 

 

ヤマハサウンドシステム 代表取締役社長 武田 信次郎氏
横浜市立大学商学部卒業後、1987年に旧東亞特殊電機(現TOA)に入社。PA営業やホール音響のセールスエンジニアなどを担当し、1999年ヤマハサウンドテックに転職、ホール音響の営業などを務める。2003年ヤマハ入社。PA商品企画・事業企画、PAマーケティングなどを担当。2013年ヤマハミュージックジャパン出向。2018年6月ヤマハサウンドシステム代表取締役社長に就任。現在に至る。

 

 

 

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