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【メソッド】

メンタルアップコミュニケーション 人が辞めない職場づくり

日本メンタルアップ支援機構代表理事の大野萌子氏による連載。職場におけるコミュニケーションの注意点や、ストレスマネジメントの方法など、健やかに毎日を過ごすヒントを紹介しています。
メソッド2020.06.30

Vol.11 パワハラ防止法、どう取り組む?

パワハラは身近な問題

 

2020年6月1日に施行された「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」を受けて、上司と部下との関わり方を見直している職場は多いのではないでしょうか。これまでもパワーハラスメント対策を講じてきたリーダーはいらっしゃると思いますが、法制化された今、どういったことに気を付ければよいのかをお伝えします。

 

職場におけるパワハラは、次の三つの要素を全て満たすものであることが明確化されました。

 

①優越的な関係が背景
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
③労働者の就業環境が害される

 

基本的には、今までの概念が変わったわけではありません。該当する例、しない例が明示されたことで、具体的になったとは言われていますが、組織の環境に合わせた落とし込みが必要になります。

 

パワハラは「人が2人いれば起こる」と言われるほど、私たちの身近に起こり得る問題です。私自身、長く企業のカウンセリングを行っている中で、最も多い相談がこのパワハラです。職場環境を悪化させるばかりか、働く人の意欲を失わせ、パフォーマンスを下げてしまうとともに、心身の不調も引き起こします。最終的には離職の原因となるばかりか、労働災害として訴訟へと発展するケースも目立ってきました。そうしたリスクを避けるためには、相互理解を大切にしていくことが求められます。

 

多くの組織は指揮命令系統で動くものなので、指示や指導がないと仕事が進みません。しかし、それが威圧的だったり一方的だったりすると、知らず知らずのうちに小さな掛け違いが積もり、徐々に大きな問題へと発展してしまいます。人によって意識や価値観は異なりますので、互いの温度差やすれ違いに気付き、風通しの良い職場環境をつくっていきましょう。

 

 

※中小企業は2022年3月31日まで努力義務期間、2022年4月1日から施行

 

 

 

具体的なルールを決める

 

パワハラ防止措置義務の内容について、事業主は指針を踏まえた方針を明確に周知・啓発していく必要があります。単に、どこかのサイトに載っているような行為類型を明示して禁止するのではなく、その組織や職場環境に合った表現に落とし込まなくてはなりません。

 

ここでは、「身体的な攻撃」を例に挙げましょう。厚生労働省の打ち出した行為類型では、該当する項目に「①殴打、足蹴りを行う」「②相手に物を投げつける」、該当しない項目として「①誤ってぶつかる」を挙げています。これを基に考えると、「投げた物がたまたま当たった」「強くぶつかったのは急いでいたためで、不可抗力だ」と逃げられる可能性がありますし、反対に冤罪の起きるケースも考えられます。程度や感覚は人それぞれなので、解釈によってますます混乱するでしょう。

 

もっと身近な例を挙げると、騒音のある職場で、声を掛ける時に肩や背中をたたいて合図を行う現場があり、そのたたき方について「強すぎる」「不快である」と声の上がったケースがありました。ビジネスマナーの観点からすると、顔に近い肩や背中に触れる行為は、相手が嫌がればハラスメントに抵触する場合があります。しかし、騒音のある環境で、声を出しただけではうまく意思疎通ができない場合、致し方ない部分もあります。

 

そこで、「目の前に手を差し出して振るのはどうか」という意見が出たのですが、「作業中、目の前に急に手を出されると驚くし、時には危険な場合もある」とのことで却下されました。結局、この職場では「自分の立ち位置に近い方の相手の肩先を指で2回たたく」というルールを話し合いで決めました。

 

ただ「肩をたたく」といったルールだと、手のひらを使ってバンバンとたたく人もいるでしょうし、また、自分の立ち位置と反対の方の肩をたたこうとすれば肩を抱くような格好になり、セクハラにもなりかねません。体のどの部分に何回触れるかなどを細かく決めないと、悪気はなくても人は個々の勝手な判断で行動してしまうものなのです。

 

ご自身の職場でありがちなことや問題によく上がる事柄をピックアップすれば、それほどの負担はないと思いますし、現場に即した具体的なルールを明示できます。職場ルールとして周知するだけでなく、もう少し踏み込んで就業規則に組み込むことも検討しましょう。

 

私が関わっているA社では、社内ルールで男女1対1での食事や飲酒を禁じている職場があります。社員の平均年齢が低く、これまでにさまざまなトラブルがあったことがきっかけでした。

 

ところが、ルールを設けてから、A社では社内結婚が増えるという思わぬ展開を見せています。就業規則で決まっているため、嫌であれば誘いを断りやすい。一方、誘う側は社内ルールに背いてまで誘うほどの覚悟がある、といったことでしょうか。

 

問題が起きそうもないことに対して、あえて規則を設ける必要はありませんが、A社のように職場や組織に合わせてカスタマイズをすることが大切でしょう。

 

 

 

上から投げるボール

 

それぞれの職場に合う具体的なルールを設ける以外に、もう一つ重要なポイントがあります。それは、パワハラとされる行為・言動が行われるまでのプロセスです。例えば、上司から部下へ再三の注意喚起を行ったにもかかわらず全く従わないので、やむを得ず最終的に発した言葉だったなど、そこに至るまでの経緯が論点になります。

 

そこで重要になるのがコミュニケーションです。コミュニケーションは「キャッチボール」と表現されることがあります。相手の意向を受け止め、こちらの意向を相手に伝えることがコミュニケーションの本質です。キャッチボールは、互いの姿がきちんと見えているフラットな場所で行います。

 

しかし、組織は縦割りなので、平らな状態でのやりとりは、ほぼありません。キャッチボールは1階と2階のベランダ、もしくは3階以上の高い位置との間で行われているわけです。下からは相手の位置がよく見えず、ボールを投げ上げるためには、エネルギーもコントロールも必要です。また、上から強く投げつけたり、取りにくい場所に投げたりすれば、下にいる相手は受け止めることさえできず気持ちが疲弊していきます。

 

リーダーの方々にはぜひ、このキャッチボールの構図を意識していただきたいのです。上からボールをどのように投げたら良いのかを念頭に置き、部下との関わり方をいま一度考えてみてください。互いに意思疎通をし、信頼関係を構築できてさえいれば、ささいなことでパワハラ問題に発展することはまずありません。

 

 

 

 

 

 

 

Profile
大野 萌子Moeko Ono
一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。内閣府、防衛省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで年間150件以上の講演・研修を行う。著書に『言いにくいことを伝える技術 ~もう振り回されない! ストレスフリーな人間関係を一瞬で手に入れる』(ぱる出版)、『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー携書)など。
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