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【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2021.04.09

Vol.18 ラグジュアリーを探求し続ける

「ラグジュアリーの新しい意味」を探る上では、若い人たちの動向や考えが示唆に富んでいる。
新しいラグジュアリーとファッションの在り方を探るシンクタンクの創業者が、インタビューに応えてくれた。

 

 

「ラグジュアリーの新しい意味」の輪郭が明瞭になった

 

本連載を始めた当初、「ラグジュアリーの新しい意味」を探ることを目標にしたものの、それが誰のために、どのように役立つか具体的なイメージが欠けていた。日本の大企業と地方の中小企業の両方に貢献する確信はあった。しかし、漠然とした輪郭しか描けていなかった。その時はさほど自覚していなかったが、今にしてそう思うのである。

 

その輪郭が明瞭になったのが連載14回目だ(2020年12月号)。インドの刺繍工場を率いながら、新しいバッグの開発と販売に乗り出したスイス企業のイタリア人ディレクター、ジュリア・ラッケンバック氏と話した。彼女は高級ブランド企業に勤めた後、イタリア・ミラノのボッコーニ大学でラグジュアリーマネジメントを体系的に学び、新たな道を歩み始めていた。大学で同じような志を持った同級生と出会ったことが彼女の財産になっているという。

 

彼女より前に取材(連載13回目、2020年11月号)したインドのビジネススクール「SPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント」ラグジュアリーマネジメントコースのディレクターであるスミタ・ジェイン氏から、「インド文化をベースにした新しいラグジュアリービジネスをスタートしようとしている学生がいる」と聞いていた。それまで、研究者やビジネスパーソンからも「ラグジュアリーの新しい意味を探る動きがある」と耳にしており、若い人たちの動向には興味があった。

 

そのため、ラッケンバック氏が手掛けている、イタリアのラグジュアリー分野のテキスタイルとインドの刺繍の技術を掛け合わせた製品の開発・販売の目新しさにはピンとくるものがあり、「このあたりをもっと掘り下げよう」と思った。

 

ラッケンバック氏は30歳前後の女性だ。数年以上の社会経験を積み、物事の質に興味を持ち、例えば「ラグジュアリーってなんだろう」と自問自答しながら自分の歩む方向を定める年齢である。私はこの世代の人たちを探っていくと、新しいうねりがよりリアルに浮かび上がってくるに違いないと想定した。

 

しかし、そうした人たちが、何を考え、どのようなことを実行に移しているのかもっと知りたいと思ったものの、情報は簡単に見つけられなかった。

 

 

被変化の兆候を見いだし、理由を見極めるアプローチ

 

2020年末のある日、何の気なしにネットを見ていたら先鋭的な内容の記事を見つけ、「この人、面白そうだ!」と私の嗅覚が働いた。筆者は、新しいラグジュアリーの在り方を探っているハンガリー人女性だ。2020年に米国東海岸で、新しいラグジュアリーとファッションの在り方をテーマとしたシンクタンクを立ち上げていた。

 

私が注目したのは、彼女がドイツ・ベルリンにあるフンボルト大学でラグジュアリーをテーマに社会学の博士号を取っていたことだ。次に関心がいったのは、フランスの大学で学部では心理学、修士ではブランドマネジメント、ファッションマーケティング、デザインを複数の学校で勉強していたことである。

 

ここで、ラグジュアリーマネジメントの修士課程に進まなかったのはなぜなのだろうと疑問が湧いた。早速、この女性にコンタクトを取ってインタビューを申し込み、2021年の年明け早々にZoomで話を聞いた。

 

彼女の名前はサーラ・エミリア・ベルナ氏。社会学を選んだ理由を聞くと、「人がどうしてラグジュアリーに惹かれ、その意味がどうして変化していくかを深く知りたいと思った。それには社会学が適当だと考えた」との即答を受け、私はやはりそうだったかと思った。

 

マーケティングやコミュニケーションをメインとした経営学サイドからのラグジュアリー研究は、過去や今のラグジュアリーの分析には役立つ。しかし、変化の兆候を見いだし、その理由を見極めていくにはベストなアプローチと言えない。

 

「例えば、『ラグジュアリーのタイプは5つある』とそれぞれの条件を説明しても、この先も通用する条件とは思えない。もっと深い理解が必要だと思うことが度々あった」とベルナ氏は話す。

 

これには心理学や社会学など広範囲の素養が必要とされるだろう。彼女がそういう構図を踏まえて社会学を選択したのを確認し、私は「やはり」と思ったのだった。

 

 

サーラ・エミリア・ベルナ氏。2020年、新しいラグジュアリーとファッションの在り方をテーマとしたシンクタンク「ファッションフォワード」を立ち上げた

 

 

 

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Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
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