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【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2020.11.18

Vol.14 新しいラグジュアリーの芽生え

家業でラグジュアリーの表舞台を狙う

 

ラッケンバック氏がボッコーニ大学のラグジュアリーマネジメントで学んでいることは、今の仕事にどう貢献しているのだろうか。率直なところを聞いてみた。

 

「会社では営業的な役割をしています。顧客との関係維持や新規顧客の開拓です。私たちのコレクションをそうしたところにプレゼンテーションし、値付けをして注文を受ける、といったステップをこなしています。加えて、技術やクリエーティブの分野へも関与しつつあります。

 

私は以前から高級ファッションの世界で働くことを目標としており、特にBtoCのプロジェクトで商品を直接お客さまに売ることに興味があります。それでボッコーニ大学でラグジュアリービジネスを学んでいるのです」(ラッケンバック氏)

 

彼女によると、「ビジネスの成功の鍵は何か」「どのように国際市場に挑戦できるか」「社内をどう国際化できるか」といった視点について、大学での学びがすでに役立っていると実感している。特に、異文化理解の仕方はナレッジの共有に役立つと考えているという。

 

「世界各国で違うラグジュアリーの意味に目を向ける“360度の視点”は、サプライチェーンの在り方を考える際にも必要なことです」と彼女は説明する。

 

彼女の話に出てくる“360度の視点”という表現を聞いて「おや?」と思った。教授のロイヤコノ氏にインタビューしていた時もこのような表現を何度か聞いたからだ。あらゆるアングルから物事を見る訓練が、ボッコーニ大学のラグジュアリーマネジメントコースでは徹底されていると考えて良さそうだ。ラッケンバック氏はこれまでマネジメントの勉強と職業経験を積んできたが、この“360度の視点”がクリエーティブに対してさらに意欲的な姿勢を持つきっかけになったということだろう。

 

ここで、気になったことが1つある。現在、同社の事業はBtoBだ。彼女の目標であるBtoCで商品を顧客へ直販することは、どのようして達成するのだろうか。聞けばすでに準備中だった。自社で開発しているバッグを、欧州とアジアの市場に販売することを考えているそうだ。

 

「まだ完全な過去形になっていませんが、近年は、ロゴで差別化を図る時代でした。私はこれからの時代に合うようなプロジェクトを計画中です。それはアルティザン(職人)の手で作られる高品質なものをベースにパーソナライズした製品を開発・販売する、とてもニッチな市場を狙ったものです」との答えがラッケンバック氏から返ってきた。

 

生地はサステナブルなものを使う。そして、生地、色、刺繍の素材などの組み合わせを強みに、世界でオンリーワンの地位を確立する。言ってみればアート作品のような製品を作るのである。考えているブランド名は“JL ART”だ。 

 

この他にもさまざまなアイデアを抱えている様子がうかがえたが、まずはバッグを最終消費財ビジネスの入り口とするわけである。これまでの連載で何度も書いてきたように、クラフトマンシップをベースとするのは、新しいラグジュアリーにとっていわば既定路線と言ってよい。

 

人が求める唯一の物を実現するには、人肌を感じさせるテイストであることに加え、機械ではなくクラフトマンシップによって作られたものであることが条件になっているからだ。製品が作られるプロセスが重視されるのである。

 

 

 

ラグジュアリーの認知は文化によって異なる

 

ラッケンバック氏に、「インド人のマネジャーやスタッフには、事業を通してラグジュアリーの何を学んでほしいか」と尋ねてみた。

 

「世界各国でラグジュアリーの持つ意味が異なることを、しっかりと理解してほしいです。欧州のテイスト、特にイタリアとフランスのテイストですが、これに基づいた特別な種類のデザインを学んでもらえれば、と。ディテールにこだわり、注意を払って作った“エクセレント”と表現するにふさわしい製品であることを伝えるために、仕事の品質をもっともっと高めていきたいです」

 

前回(2020年11月号)取り上げた、インドのSPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメントのラグジュアリーコースの第一ポイントは「異文化理解」であった。実は、ここが抜けていると、どんなにメーカーがエネルギーを費やしても全ては空振りになってしまう。そのため、ラッケンバック氏はインド工場の社員を対象に、自らが講師となってラグジュアリーマネジメントをテーマにした社内講座を主宰する予定である。

 

 

ラグジュアリー領域をあえて「文化ビジネス」と称する

 

異文化理解がラグジュアリーマネジメントにおいて鍵となっていることから、「ラグジュアリービジネスはある種の文化ビジネスである」と考えられそうだ。私はラグジュアリーの認知の範囲や伝わり方は文化の影響を受けると考えている。また、ビジネスの観点からすると、原産国の長年培ってきた知識や技術により、ある国がある分野に強いということは大いにあり得る。例えば、イタリアとフランスはファッション、スイスは時計といった具合だ。したがって、ラグジュアリー領域のビジネスは製品や事業を通して文化交流を導きやすいのではないかと話したところ、彼女は次のように答えた。

 

「まったくそうだと思います。私たちの産業は異なった国や文化の人たちの出会いをつくると言えます」(ラッケンバック氏)

 

彼女はイタリア人でスイスに会社を、インドに工場を持つ。使う素材はイタリア、インド、日本、ドイツなど世界各国の物だ。顧客も欧州内外に広がっている。これらの事実は文化交流のありようを表している。しかし、どのような商材でも、このようなビジネスの動きはあり得る。先端技術分野においても同様だ。

 

ラグジュアリー領域をあえて文化ビジネスと称することには、2つの理由がある。

 

1つ目は製品自体がデザインや生産する地域の文化を色濃く反映するからである。その地域の文化にひも付くテイストや生産技術が活用される場合が多く、商材を通じて文化を伝え知ることができる。そのため、原産地表示が重視される。欧州委員会がこのビジネスを「文化とクリエーティブ」の領域としてバックアップしてきたのは、欧州の文化遺産のビジネス表現であるからだ。

 

2つ目は、色濃く文化が出ているが、その見方は極めて相対主義に基づいていることを強調したいからだ。どこかの文化が優れ、どこかの文化が劣るというのではなく、地球上のどこの文化も同様にそこに生活する人がよって立つにふさわしい素晴らしい体系であるとの見方を推し進めたい。

 

確かに、これまでの高級ブランドは、他の文化圏の人たちが欧州文化への憧れを持つことをビジネス上のフックとしてきたところがある。かつて欧州が世界の覇権を取り、その文化が普遍性を持つべく戦略的に動いた結果であるが、それは過去の栄光である。そうしたところであぐらをかけるほどの余裕は、現在の欧州にない。

 

しかしながら(あるいは、だからこそ、とも言える)、その上で欧州の文化の良さを認め、同時に欧州以外の文化圏の良さも公平に評価するような土壌をつくる潜在力が、ラグジュアリー領域のビジネスにはある。どこの国でも高いマインドでマネジメントと技術を磨き切ったところにビジネスが成立することは、スポーツの世界でいうオリンピックのようなもので、このレベルの存在を「民主的ではない」との言葉で一蹴する理由は何もない。

 

ラグジュアリーに「ステータス誇示」といったいやらしさがつきまとうのは避けられない。ただ、そこを踏まえてもっとプラスの面を見たい。それがラッケンバック氏のような優秀で視野の広い若手事業家の足を向かわせているのだ。

 

種々のバイアスを取り外していき、新しいラグジュアリーを花咲かす活動を応援するロジックを作っていくのは、私の務めではないかと思い始めている。

 

 

 

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Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
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