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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2021.05.06

Vol.68 些細なことでも見逃さない:東京商工社

 

 

東京商工社「東京まくら 禁務時間」
仰向け寝や横寝にも対応した特殊形状で、頭・首・肩をしっかりサポートする。ターゲットを絞り込んだこと、小さなことでも見逃さない視点などが、ヒットの要因となった

 

 

コロナ禍の地方企業

 

消費者の心に響く商品はどのようにして生まれ得るのか――。この永遠のテーマの参考となる事例に出合えたのでお伝えします。

 

東京商工社(東京都大田区)は2021年で設立70周年を迎える企業です。メーカーと消費者をつなぐ商社であり、その草創期、戦後復興のころには、初代社長が東京・日本橋の百貨店でバケツやタワシを販売していたと聞きます。同社企画室の小野順氏は、企業風土をこう語ります。

 

「人が困った時に助けとなる商品を率先して取り扱いたいという理念がずっと生きている」

 

確かに戦後のバケツやタワシもそうでしょうし、その後取り扱っているのも暮らしに根差した商品が中心の会社なのですね。例えば、2021年は防災食のセットを自社で作っています。複数の食品メーカーの商品を選りすぐって組み合わせたセットであり、これは商社の強みを活用した手法かと思います。

 

で、今回お伝えしたい商品はというと、枕なのです。寝る時に使う枕。なかなか“正解”に出合えないアイテムですよね。人によって求める要素は異なりますし、寝る時の姿勢も、また体形そのものも違いますから。

 

右ページの写真をご覧ください。同社が自社開発した枕の名は、「東京まくら 禁務時間」と言います。販売価格は税込み1万780円。その形状を独特だと感じる人は少なくないでしょう。表面積が大きく、頭や首から肩までをサポートするように曲面を描いています。

 

 

 

 

 

 

狙いを絞り込んだ

 

その形状にもまして気になるのは“禁務時間”という商品名ですよね。どのような意味なのでしょうか。

 

「この枕のターゲットを、開発初期の段階から、30歳代後半から50歳代の男性に絞っていたのです」と小野氏は言います。その理由は2つあったそうです。

 

まず1つは、同社内の営業部門のスタッフにも、新規開発の商品に関心を抱いてほしかったこと。商品企画部門だけが熱くなっても、販売の成果はおぼつかない。ならば、営業部門に多かった30歳代後半から50歳代の男性に「これは自分のための商品だ」と直感的に認識してほしかったとの思いがあった。つまり、何よりも“すぐそこにいる人”からの共感を得ようといった戦術に出たわけですね。

 

もう1つは、小野氏の観察眼によるちょっとした発見だったようです。社内を見渡すと、姿勢の悪い男性や、よく眠れないとグチをこぼす男性が、思いの外多いと小野氏は感じた。と同時に、少なくとも開発当時は「30歳代後半から50歳代の男性に特化した枕はまだ存在していないはず」と考えた。そこには必ずや新規性があるはず、とも。

 

「働き盛りのビジネスパーソンに、『せめて家ではゆっくり眠ってもらいたい』『少しでも解放感に浸ってほしい』という思いを込めて、商品名を“禁務時間”としたんです」と小野氏は説明します。

 

なるほど。新商品開発のヒントはすぐそこにあったわけですね。小野氏はちょっとした違和感を見逃さず、そこから商品づくりの糸口を探った。これは大事なポイントのように、私には感じられます。

 

 

 

 

 

 

見知ったものを生かす

 

では、この独特な形状はどこから編み出されたのか。もともと東京商工社は商社であってメーカーではないですから、困難が伴ったのではないでしょうか。

 

「いや、それが、私の中には1つのモチーフがあったんです」と小野氏は話します。

 

この枕の開発に着手する数年前、ふとしたきっかけで訪れたごく小さな枕メーカーの現場で、小野氏は肩までを支える特殊形状の枕を目にしました。そこに独自性を感じ取ったものの、話はそこで終わっていたそうです。また、その小さな枕メーカーも大々的に商品展開していたわけではなかったと言います。

 

小野氏は、30歳代後半から50歳代の男性に向けた「解放感を味わえる枕」をキーコンセプトとして固めた時点で、その枕のことを鮮明に思い出しました。そして再び同メーカーに足を運んで、商品化の快諾を得たそうです。

 

すぐにビジネスに結び付かなくても、ふとした場面で見知ったものが、後に役立つことってあるのですね。ビジネスのさまざまな事象は、どんな些細なことでも、いつかどこかでつながるかもしれないと、この事例から感じ取ることができます。

 

この枕、東京商工社はウェブサイトなどを通した直販はしていないそうです。せっかくの自社開発商品なのに、それはなぜなのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

店舗販売に適した商品

 

「店舗で体感してもらってこそ意味のある商品と踏まえたからです」と小野氏は話します。

 

それで、東急ハンズやLOFTといった生活雑貨の店舗に卸す手法で浸透を図っているのだそうです。

 

東急ハンズやLOFTなどは、このコロナ禍で、ネット通販ではないリアルの売り場をどのように強化するか腐心しているようです。そういった意味でも、この枕のように「実際に触れてもらってこそ、強みが理解できる」という類いの商品は、取り扱いを増やしたいと考えている様子。社会状況にも上手にはまったのは幸運だったかもしれませんね。

 

ここにきて、大手どころの寝具メーカーから、同じような狙いの枕が相次いで登場しているとも聞きました。ただ、「他社製品に比べると、うちの商品は枕本体のサイズがさほど大きくないんです。そこはアドバンテージと言えるかもしれません」と小野氏は分析しています。

 

競合商品が増え始めた状態にはありますが、大手生活雑貨チェーンがいち早く同社のこの枕を取り扱ったところは、見逃せない部分ですね。それだけのインパクトがあった商品である証しですから。

 

「商品は、伝えてなんぼです」と小野氏は言います。だからこそのターゲティングであり、商品名の考案であり、大手生活雑貨チェーンへの売り込みだった。

 

小野氏はいま、この枕の開発で得たものをさらに生かそうと、椅子に座った状態で背筋を伸ばせるクッションのような枕の商品化を検討していると話してくれました。テレワーク定着時代だけに、思わず手を伸ばしたくなるような新商品が、近いうちに世に出てくるかもしれません。

 

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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