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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2021.01.29

Vol.65 顧客が1人でもいるならば:フットマーク

 

 

 

フットマーク「Table with」
上はフットマークが2006年に発売した、介護される人のための食事用エプロン。そして右は2018年に発売の「Table with」

 

 

一見違う、“同じ”商品

 

まずは掲載した2つの画像を見比べていただけますか。

 

左側は、介護される人が食事の場面で着けるためのエプロンです。ただのエプロンではなく、下に大きなポケットを備えているのが特徴ですね。食べこぼしを受け止めるためです。でもそれだけじゃない。このエプロン、襟が付いていますね。それはどうしてでしょうか。

 

2006年にこの介護用の食事エプロンを発売したフットマーク(東京・墨田区)の担当者は、「それまでの介護用品は、ややもすればお世話する側の視点で作られた物が多かった。それを、介護されるご本人の気持ちに立つものに変えたかった」と語ります。

 

どういうことか。介護を受けるご本人にすれば、食事する時にエプロンをまとうのは、気分が落ち込みかねないわけです。「昔なら、こうしたエプロンを着けなくても食べこぼしなどしなかったのに」と。だからこそ、気持ちが少しでも晴れるように、襟を付け、明るい雰囲気のエプロンにするよう努めた、と聞きました。

 

では、右の画像はどうでしょうか。

 

首からかけているストールのようなものが、同じフットマークが開発した商品で、その名を「Table with(テーブルウィズ)」といいます。値段は5500円(税込み)です。

 

一体これがどうしたというのでしょうか。いや、このストールっぽい商品も、エプロンと同じ役目を果たすためのものなのです。食べこぼしが服に付いて汚れるのを防ぐという話。

 

こちらは2018年の発売です。洋服でもなじむデザインであるところがポイント。まとっても、ごく自然に見えます。その価値を理解した女性層からの人気は上々で、発売した直後は、たちまち品切れを起こしています。また、東京・東銀座の歌舞伎座のショップでも取り扱いがあり、ここだけで月に30枚はコンスタントに売れているといいます。和服をまとった女性が多く訪れる場所だけありますね。これは、スマッシュヒット商品と表現して間違いないでしょう。

 

 

 

 

想定外の問い合わせ

 

この2つの商品にどんな関係性があるのか。説明しますね。

 

2006年、フットマークが介護用の食事エプロンを発売してしばらく経ったころ。この商品がある新聞で紹介された途端に、問い合わせの電話が相次いだそうです。

 

家族などを介護する人からの問い合わせよりも、はるかに多かったのが、一般の消費者からの注文だったといいます。

 

「食事をよくこぼす夫に着けさせたい」「私自身が歯を磨く時に着けてみたい」。そんな電話でした。

 

フットマークの担当者にとって、これはまったくの想定外だったといいます。福祉の領域で使ってもらうために開発したエプロンに、それ以外の消費者からの注文が殺到するとは。

 

「もうびっくりしました。それと同時に、目からウロコという感覚でしたね」(担当者)

 

意外なところに思わぬニーズがある。介護されるご本人のために考えたエプロンが、それ以外の人からも求められる存在になるほどの特性を備えていたのかと。

 

さあ、ここからです。フットマークは一般の消費者の求めに応じて、介護用の食事エプロンをそのまま販売したのか。もちろんそうしてもいます。でも、それだけでは終わりませんでした。

 

すぐさま、同社は新商品の開発に取り掛かったのです。一般の消費者が身に着ける食事用エプロンであるなら、介護現場とはまた違ったデザインが必要になってきますね。外食先でもごく自然に着けられるとか、どんな服にもなじむとか、そういう視点での商品です。

 

そして発売したのが、右側の画像であるTable withでした。

 

 

 

 

 

 

商品開発と営業トーク

 

まったくの想定外だったニーズをつかみ、そこから新商品の開発を物にするためのプロセスは見事だったというほかないと思います。ただ、このフットマークという会社、過去にも同じような事例を経験しているのです。

 

そもそも同社は1960年代まで、赤ちゃんのためのおむつカバーが主力商品であり、介護の領域とは無関係でした。そこからどういう経緯で商品分野を広げたのか。

 

まず、1970年代初めのこと。それまでの布おむつから紙おむつへと、市場が大きく変わろうとする中、同社は危機に直面しました。その局面で同社の代表が決断したのは、「おむつカバーで培った縫製技術を生かして、小学生のための水泳帽を作ろう」というもの。当時、全国の小学校にプールが一気に設置され始めたのを受けての判断でした。

 

しかし、ここがポイントなのですが、1970年当時、プールに入る時に水泳帽をかぶる習慣など全くなかったのだそうです。つまり、そこに市場はなかったわけです。では、同社はどうしたのでしょうか。

 

「全国のめぼしい特急停車駅に降り立っては、公衆電話ボックスの電話帳をめくって、小学校に電話をしまくり、アポイントを取りました」。そして、各校を説得するセリフはこうでした。「児童が水泳帽をかぶれば、先生が点呼を明らかに取りやすくなり、また、安全性が高まります」。なるほど……。

 

現在でも、フットマークは水泳帽のトップシェアを守っています。

 

 

 

 

 

主婦の言葉が大きな契機

 

では、介護用品を手掛けるようになったのはいつからなのでしょう。

 

1970年台後半のこと、水泳帽の売り上げ増により、同社が一息ついていたころの話でした。

 

フットマークの主力商品が、以前は赤ちゃん向けおむつカバーだったのを知る、近所の主婦が同社を訪れたそうです。その主婦には、ある悩みがあった。

 

「大人用のおむつカバーを作ってもらうことって、できますか」

 

そうなのです。当時、介護用品は今ほど種類が多くなく、家族の世話をする人が必要な商品を手に入れることさえ大変だったのです。と言いますか、求めている商品そのものが存在していない、ということもあった。大人用のおむつカバーは、その1つだったというわけです。

 

同社はこの主婦の言葉を聞いて、一点物として製造し、それを売ったのだそうです。どうしてわざわざそこまでするのでしょうか。

 

担当者は言います。「1人のお客さまがいたら、その背景には100人、いやそれ以上の顧客が存在すると考えよう。これが、当社の以前からの社是でした」

 

そして、その経験を足掛かりにして、水泳帽と並ぶもう1つの柱にすることを目指し、フットマークは介護用品の開発と販売に乗り出しました。そして実際、介護用品を多数展開するに至った。さらには今回お伝えしたTable withのような、「こうきたか」と思わずうなる商品まで手掛けたのです。

 

同社のエピソードからは、2つの教訓が読み取れますね。まず、新商品のヒントを見逃さないこと。そして、2つ目は時代の波を言い訳にしないこと。勉強になりました。

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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