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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2020.07.31

Vol.59 逆境から何かが生まれる:#別府エール飯|さきめし

 

 

#別府エール飯
コロナ禍でテイクアウトを広めるた別府市から始まった「#エール飯」

 

 

さきめし
飲食店を支援するため、飲食代金を先払いする「さきめし」

 

 

コロナ禍で受けた打撃

 

新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた業界はたくさんありますが、中でも飲食業界は厳しい逆風にさらされています。

 

ただ、今春以降、そんな飲食店を支えるさまざまな取り組みが登場していますね。私が注目してきた取り組み二つを、今回はお伝えしたいと思います。

 

最初は地方行政から生まれた取り組みです。「#別府エール飯」といい、別府市と市の外郭団体が3月に始めました。

 

お店や市民に街の飲食店のテイクアウトメニューを撮影してもらい、検索用のハッシュタグ「#別府エール飯」を付けてツイッターやインスタグラムといったSNSに投稿してもらうというもの。5月下旬までに5000食の投稿があったと聞きます。

 

で、ここからが大事なのです。この取り組みで興味深かったのは、この「#エール飯」に関する使用許諾が必要ないこと。どういうことかというと、別府市以外、大分県外であっても、この仕組みを自由に使っていい。「#エール飯」に地域の名前を付けてもいいし、「#別府エール飯」のページにある文言を使ってもいいとのこと。

 

「◯◯市民、◯万人のテイクアウトプロジェクト」とか「“美味い”はコロナに負けない」「持ち帰ろう、◯◯の美味い飯。」「沸き上がれ、◯◯市民。」などといったキャッチコピーも、文字のデザインもお手本にしていい。その結果、今、「#エール飯」は全国各地の自治体に広がっています。

 

 

 

 

 

 

上半期一番のヒット?

 

テイクアウトできる飲食店の情報を伝えるのは、各地で官民さまざまな手法を取っていますが、この「#エール飯」は、地元消費者が投稿することによって情報蓄積と共有を図るものですから、自然発生的にどんどん情報が集まってくるわけです。

 

「この取り組みを他の地域でも自由に使っていいですよ」という姿勢を貫いた別府市は、高く評価すべきだと思いますね。

 

一方、「#別府エール飯」と同じ3月に、また別の取り組みが福岡のベンチャー企業Gigi(ジジ)から発表され、大きな反響を呼びました。飲食店を応援する「さきめし」です。

 

スマートフォンで使えるアプリを使い、ユーザーが飲食店に代金を先払いできるというサービス。

 

アプリ上で、このサービスに参加している全国の飲食店から好きな店(応援したい店)を選んで、クレジットカードで決済します。ユーザーは半年以内にいつでもその店に行って、あらかじめ支払った分の飲食を楽しむことができます。飲食店には最短1週間でその先払い代金が入ります。それで当座をしのいでくれたら、という仕組みなのです。

 

このアプリのいいところは、物理的にテイクアウトで応援できない飲食店を支えることができる点です。遠く離れた所にあるひいきの店も、これならサポートできますよね。たとえ微力であっても。

 

現在では、このアプリへの参加店舗は全国に及び、実に7000店を数えるとのことです。

 

ここ5カ月ほどで、こうした代金先払いのサービスは飲食店、そして旅館業界にも広がっていますけれど、私の知り得る範囲ではご紹介したこのアプリが、その先駆けです。

 

個人的な印象になってしまいますが、2020年上半期のヒット商品の筆頭に挙げても差し支えないとすら考えています。その発想、反響度からすると、そう言いたくなります。

 

 

 

 

 

 

飲食店の負担はゼロ

 

「#エール飯」、そして「さきめし」。今回ご紹介した二つの取り組みに共通している重要点があります。

 

まず一つ目は、飲食店側にコスト上の負担がかからないこと。「#エール飯」はユーザーが料理の画像を撮って、情報とともに投稿するわけで、飲食店が宣伝料や情報掲載料を支払うわけではないのです。ユーザーの自主的な好意が、この取り組みの支えになります。

 

また「さきめし」の場合、前述した代金先払いアプリでは、アプリの運営コストやカード決済手数料に充てられる手数料は、飲食店の側ではなくて、支援するユーザーが飲食代金に加えて10%分を負担する仕組みです。

 

Gigiが「さきめし」を始めるに当たって、周囲からは「ユーザーが手数料を負担するサービスなんて、受け入れられるはずがない」「長く続けられるサービスとは思えない」との声もあったそうです。

 

それでもGigiはそこを変えなかった。「世の中に一つくらい、飲食店の負担なしで、飲食店を応援するサービスがあってもいいじゃないか」との判断だったそうです。

 

二つ目の共通点。それは、どちらも「共創」によって育まれているというところです。

 

共創というのは、「これからの時代、一つの企業ではなくいくつもの企業が汗をかいて知恵を出し合い、場合によっては、そこに消費者も加わって、商品などに新しい価値を生み出す」という意味の言葉です。例えば、携帯電話の5Gサービスは、共創によって成長するだろうとみられていますね。

 

 

「共創」の見事なお手本

 

今回お伝えした二つのサービス、どちらもまさに共創です。「#エール飯」は、別府市と投稿する消費者との共創であり、また、他の自治体との共創でもありますね。

 

「さきめし」の方は、まず、このアイデアをGigi に提案したのは九州の信用組合の職員さんでした。「地元の商店街を支えたい」と、Gigi側に相談しました。もともと同社は「任意の誰かにごちそうするアプリ」を2019年に立ち上げていたのですが、これを使って、ユーザー自らが先払いできる仕組みをつくってほしいと伝えた。

 

それに同社がすぐさま対応し、さらに全国規模のサービスに育てた。また、このアプリの存在を、消費者がたちまちネットで拡散させた。さらに5月、あのサントリーが「さきめし」に参画したのです。「期間限定で、ユーザーが支払うべき10%の手数料を、サントリーが全て負担しましょう」と乗り出した。

 

共創と企業規模の大小は関係ない、という話なのですね。こうした共創が、飲食店支援の取り組みにとどまらず、みんなで困難を分かち合うウィズコロナ、アフターコロナの時代には大事になるのではないかと私は思います。

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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