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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2019.08.30

Vol.48 その違いは「切実」なもの:多摩川クラフト


QQTOILET
「QQTOILET(救急トイレ)」は携帯用のトイレ。普段は手のひらに乗るほどのサイズに収まっており、携行するのに支障がない設計。袋を開くと、長さ30cmほどに広がり、しかも本体が自立する。このことで使用時はもちろん、使用後に中身が漏れるのも防ぐ。さらに大きなポイントは、上部のジッパーが二重になっているところ。値段は高いが、昨年だけで3万2000個も売れているスマッシュヒット商品

販売価格 : 594円(税込み)
多摩川クラフト㈲

http://www.tamagawacraft.com/

 

防災グッズに必要なのは

今年も「防災月間」を迎えましたね。南海トラフ巨大地震が今後30年以内に発生する可能性は70~80%といわれていて、いまや日本に安全な地域はありません。備えあれば憂いなし。今回は防災グッズの話をしましょう。私が考える“関連商品のあるべき姿”とは??というのがテーマです。

まず、非常食で言いますと、私は「普段食べているものに限りなく近い商品がいい」と考えています。その方が緊急時でも心理的に大きな支えとなるからです。

正確に申し上げますと、これは私の考えではなく、以前、ある研究者が教えてくれた話だったのですが、「なるほど」と膝を打ったことを覚えています。

実際、ここ数年で注目されている非常食(備蓄を想定した商品を含む)は、例えば定番のビスケットの保存缶、あるいは大手食品メーカーの長期保存レトルトカレーなどですね。いざというときに、これがあったら、ホッとできるだろうなと想像できる商品群。

で、今回のテーマですが、非常食ではなくて携帯用トイレです。自然災害時はもちろん、登山などのアウトドア、あるいは、家族で出掛ける渋滞覚悟の長時間ドライブなどのことを考えても、いくつか携えておいて損はなさそうな商品です。

携帯用トイレの場合、何が重要な決め手となっているでしょうか。非常食のように、「いつもの生活と同じように」とは残念ながらいきませんね。商品の特性や制約を思えば、そこは致し方がない。

ならば、何が大事なのか。

まあ、いろいろな考え方があると思いますが、今回取り上げる携帯用トイレはその訴求が極めて明快だった。どういう話なのか、ここからご説明していきます。

 

 

多摩川クラフト 代表取締役社長 水津 慎吾氏

 

もともとは門外漢

今回ご紹介するのは携帯用トイレ、「QQTOILET(救急トイレ)」です。値段は一つ600円ほどですので、類似した他の商品よりも価格は高い。しかし、既存商品の隙間を突くような格好で、スマッシュヒットを飛ばしています。

関西地区の生協が仕入れ続けていて主婦層に人気があるほか、北海道の自衛隊の航空部隊からも注文が入っているそうです。

主婦と隊員。この二つの層に共通するのは、携帯用トイレの必要性を切実に感じている点かもしれません。主婦は家族の非常事態に思いを巡らせ、隊員は長時間、屋外で任務する大変さを体感している。

数多の携帯用トイレが存在する中で、そうした二つの顧客層の心をつかんだということは、このQQTOILETに相応の特徴があるという証しでしょう。それが何か、というのは……すみません、もう少し待ってくださいね。

QQTOILETを開発、製造、販売しているのは、東京の稲城市にある多摩川クラフトです。

失礼ながら一般には無名と言ってもいい企業であるだけでなく、主力事業と言いますか、そもそものなりわいは、立体地図などのクラフト造形です。立体地図とは、博物館などでよく見掛ける、54ページの写真にあるようなものですね。そうした門外漢の事業者でありながら、この携帯用トイレは、2018年だけでも、実に3万2000個を出荷しています。この数字、侮れないと思います。

同社の社長、水津慎吾氏は、クラフト造形を通して、ものづくりにまい進するだけでなく、いまから10年近く前、クラフト造形業界が不況で厳しい情勢に見舞われた折、別ジャンルのものづくりにも時間を惜しんで挑んでいたそう。その中から編み出されたのが、テントの中に金属製の円筒型バケツを設置する、簡易トイレだったと言います。これ、非常時やアウトドアで重宝する存在ですね。

ただし、それは複数人で使うような商品です。次は、よりパーソナルなものをと考えていた。

そこに2011年、東日本大震災が日本を襲います。かねてよりつながりのあった行政機関から、「何か便利な携帯用トイレはないでしょうか」との問い合わせを受けたそうです。

水津氏は考えました。ここでこそ、パーソナルな携帯用トイレをものにしたいという話です。

 

「QQTOILET」のパッケージングは、工場の一角を使って手作業で行われる

「QQTOILET」のパッケージングは、工場の一角を使って手作業で行われる

 

登山ガイドの話を聞いて

でも、皆さんもお分かりのように、この時点で携帯用トイレは、それこそ大小さまざまな企業が販売しているカテゴリーです。

そこへいまから打って出ることに躊躇はなかったのか。

「それはありませんでした。目指すべき方向は見えていたので」

どういうことか。水津氏は考えたそうです。携帯用トイレとはどうあるべきなのか。

私、ここが本当に重要なところだと思います。「先行する他社や、ライバルと目される他社がこんな商品を作っているから、わが社も」という発想では、ヒットはおぼつかないからです。

携帯用トイレであろうが、家電製品であろうが、生活雑貨であろうが、「この商品とはどうあるべきか」という、まさに作り手の旗を掲げて、顧客に問いかける商品こそが、他商品を制し、かつ、後発での参入であっても、多くの人を振り向かせるのは間違いない。

それは、このコラムで過去に紹介してきた、さまざまな商品に共通している部分です。屋台村とはそもそもどうあるべきか、クラフトビールとはどうあるべきか、キッチン小物とはどうあるべきか……。その旗にこそ、ヒットの芽はある。

では、多摩川クラフトの水津氏は、携帯用トイレに必要なもの=こうあるべきという旗を、どう掲げたのでしょうか。

「中身が漏れないこと。それに尽きると確信しました」

ある登山ガイドの話を聞いたのが契機だったそうです。

ある日、使用後の携帯用トイレをリュックサックに収めて下山していた。すると途中で、背中に押される形で、中身が飛び出してしまった。凝固剤で固めていても、それごと袋から漏れてしまったというのですね。

「それでは、せっかくの登山の思い出が吹き飛んでしまうじゃないですか。だからこそ、携帯用トイレで最も大事なことは、とにもかくにも漏れないこと。そこに照準を定めたんです」

 

もともと多摩川クラフトはクラフト造形が主軸の事業。地形模型などを製作している

もともと多摩川クラフトはクラフト造形が主軸の事業。地形模型などを製作している

 

高コストでも理解された

具体的にはどうしたのか。本体は再生可能プラスチックにアルミを蒸着処理した素材。そして使用時も使用後も本体が自立するような形状にした。開くと幅広になって、ちゃんと立ちます。

「こうすれば、クルマのフロア面に置いておいても倒れづらいので、安心感が高まります」

さらにここが大事なのですが、本体上部にある、封をするためのジッパー(食品保存袋の「ジップロック」についているようなものです)を、既存の他社商品では一重のところ、念を入れて二重に備え付けました。

「そのことで、結果的に高価格になったわけですが、ここは譲れませんでした。漏れないことこそが勝負どころと踏まえたので」(水津氏)

その結果、第三者の試験機関に依頼して検証してもらったところ、195kgの荷重を掛けても中身は漏れなかったといいます。

つまり、「自立する」「ダブルジッパーを備えている」という、誰の目にも明らかな特性に加えて、客観的な数字でも、その意味を伝えることが可能になったわけです。

ある商品分野においては、マーケティングコスト(宣伝広告費など)をかけるよりも、製造コストをかける方が賢明という提案を、私は常々しています。製造コストを相応にかけることで、商品そのものが「ものを言う」、すなわち顧客の口コミを導く。その結果として、マーケティングに費用を投じるよりも、よほど大きな効果を得られるという話です。

この「QQTOILET」の事例は、まさにそれに当てはまりますね。

つくづく思うのは、なぜ、既存他社は、ここに気付かなかったのか。いや、気付いていても、密封力の違いなど、わずかな差にすぎない、とタカをくくっていたのかもしれません。門外漢の多摩川クラフトは、そこに果敢に斬り込んだ。だからこその成功だと、私は思います。一見わずかな差が、実は顧客にとっては切実なものかもしれない。そういうことです。

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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