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【メソッド】

ドイツ人はなぜ毎年150日休み、 1日10時間未満の労働でも会社が回るのか

ドイツ在住ジャーナリストである熊谷徹氏による連載。労働時間が短く生産性の高いドイツの働き方を紹介しています。
メソッド2018.10.31

vol.3 「仕事が人につく」から休めない

ドイツでは営業担当の社員でも、2~3週間まとめて休むのは当たり前のことだ。ドイツのビジネスパーソンが、それだけの長期休暇を取れる最大の理由は、仕事が個人ではなく、会社についているからだ。これに対し、日本では仕事が会社よりも個人、つまり「担当者」についている。いわゆる「属人主義」だ。日本では、担当者の重要性がドイツに比べて大きい。

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ドイツの顧客は担当者が長い休暇を取っても怒らない

日本の商慣習では、多くの顧客がいつでも担当者と連絡を取れるのが当たり前と考えられている。日本は、人間関係を重視する国である。大半の顧客は、「担当者は自分のことをよく理解しているので、その人に連絡すれば最良のサービスを受けられる」と考えている。

日本人は、担当者に感情移入しがちである。「この担当者とはもう何年も取引関係にあるのだから、少しぐらいの無理は聞いてもらえるだろう」という、甘えに似た感情を抱く人もいるかもしれない。その担当者と2週間も連絡が取れないなどということは、日本では言語道断である。

これに対しドイツでは、顧客は自分の担当者が2週間バカンスを取って連絡が取れなくても、怒らない。その人の同僚が顧客の問い合わせにきちんと対応しさえすれば、顧客は満足する。

その理由は、ドイツでは顧客も「休暇は聖なるものだ」ということを理解しているからだ。この国では、顧客自身も2~3週間の休暇を取るので、自分の取引先の社員がまとめて休暇を取るのは当たり前だと思っている。休暇は万人の権利である。従って「代理の者ではだめだ。担当者を出せ!」と怒る顧客はほぼ皆無だ。

日本の顧客は「自分は2週間の休暇を取れないのに、取引先の担当者が2週間の休暇を取るなんて……」と不満に思うかもしれない。これは日独の「休暇文化」の間に横たわる大きな違いである。顧客も含めて、全てのビジネスパーソンが長期休暇を取れる社会を実現しなくては、結局は誰もまとまった休みを取れないかもしれない。社会の中で休暇に関する不平等感やねたみをなくすことは、極めて重要である。

ドイツの顧客にとって本当に重要なのは、その企業の社員からきちんとした対応をしてもらうことであり、「自分に対応してくれるのが、常に特定の社員でなくてはならない」というケースは、めったにない。

 

 

企業間取引における人間関係の比重が低い

つまりドイツでは、企業間取引の中で人間関係が果たす役割が、日本ほど大きくない。あくまでも企業間の関係が中心である。つまり仕事が個人ではなく、会社についているので、担当者が休暇のため不在でも日本ほど大きな問題にはならない。ドイツの顧客も、「仕事は個人ではなく会社につく」ということをよく理解している。

実は日本でもドイツでも、「余人をもって代え難い」という状況は、ほとんど存在しない。どんなに優秀な人材でも、その人がいないから企業などの組織が機能しなくなることはあり得ない。優秀な人が辞めても、企業は豊富なノウハウを持っているので、後任者を育てることができるはずである。

さらにドイツ企業では、社内規則の占める比重が日本以上に重い。得意客に頼まれても、社内規則を曲げることは極めて難しい。このため、個々の社員が社内の人間関係を利用してスタンドプレーを行う余地は比較的少ない。取締役から平社員まで、規則を順守することが全ての基本だからだ。従って、顧客の担当者に対する思い入れ、特に「長年付き合いのあるこの担当者ならば、無理を聞いてくれるだろう」という期待感は、日本に比べると希薄だ。社内規則の重視も、仕事が個人ではなく会社につくという、ドイツ企業の性格が背景にある。

またドイツ企業では、給料を引き上げたり、新しい業務を経験したりするために、自分から希望して別の部署へ転属したり、他の会社へ移ったりする社員が多い。このため、担当者が頻繁に変わる。担当者が変わっても、企業間の取引は続いていく。顧客にとっては、誰が担当者であるかではなく、会社がきちんと対応してくれることが重要なのだ。

仕事が会社についていれば、一般の社員は良心の呵責や「仕事がなくなる」という不安に悩むことなく、2~3週間の休暇を取ることができる。顧客は個々の社員ではなく、会社と取引をしているからだ。そのため、ドイツの顧客の間では、個々の担当者への感情移入は日本に比べると、少ない。

 

 

自分のために同僚をフォローする

ドイツでは自ら希望して別の部署や会社に移るビジネスパーソンが多い。だから、日本企業に比べて、ドイツの企業は職場の人間関係がドライなように思われるかもしれない。しかし、そうではない。調査時期は2005年と古いが、NHKが参加している国際比較調査グループ「ISSP」(国際社会調査プログラム)の調査データで、世界32カ国・地域の人々へ職業意職について尋ねたものがある。

その中で、職場の同僚との人間関係が「良い(非常に良い+まあ良い)」と感じている人の割合を見ると、ドイツの場合は旧西ドイツ・旧東ドイツともに90%超と高い。一方、人間関係がウエットだと思われている日本の場合は82%と、ドイツを下回っている。人間関係が「非常に良い」だけを見ると、ドイツは東西とも40%強だったのに対し、日本は24%にすぎない。意外なようだが、ドイツ企業の方が、日本企業よりも職場(同僚)の人間関係は良好なのである。

ちなみに、「今の職場が発展するように、進んで与えられた以上の仕事をしたいか」との設問に対し、「そう思う」と答えた割合を見ると、日本は64%。他国と比べると低くもないが、高くもない。これについてはドイツも60%超(旧東ドイツ68%、旧西ドイツ63%)で、日本とほとんど変わらない。80%を超えているドミニカ共和国や米国の労働者に比べると、日独の労働者は自ら進んで仕事を引き受けたいと考える人は少ない。

だが、ドイツ人は長期休暇に入る同僚の仕事は進んで引き受けるのだ。“職場”のためにわざわざ進んで仕事を増やしたくはないが、休暇中の同僚に代わって自分がその仕事を引き受けるのは構わない。なぜなら別の時期に自分も休暇を取ったとき、同僚に対応してもらわなければならないからだ。つまり、自分のために進んで同僚の仕事を引き受けるのである。

 

 

長期休暇を取るには共有ファイル設置が第一歩

誰もが長期休暇を取れるようにするための第一歩は、仕事の抱え込みをやめることだ。仕事は自分の物ではなく、会社の物なのだから、課の中で仕事を他の同僚と共有しよう。そのためには、会社のサーバーの中に、誰もがアクセスできる共有ファイルを作ることが重要である。担当者が休暇を取っていても、他の同僚が顧客に関する全ての契約書や計算書、メールのやりとりなどを調べて、顧客の問い合わせに迅速に対応できるような仕組みを構築しなくてはならない。

逆に言えば、こうした社内情報共有システムがなかったら、担当者が2週間休暇を取った場合に、業務が滞ってしまう。顧客が怒って、取引量が減ったり取引を打ち切られたりするかもしれない。

仕事熱心な営業社員の中には、「他の同僚が、私の顧客に関する資料を見ると、他の同僚が担当している顧客に機微な情報が漏れるかもしれない。だから、私の顧客に関する資料は、誰にも見せない」と考えて、同僚に資料を見せたがらない人がいるかもしれない。

だが、仕事を抱え込むことは禁物である。そのようなことをしていたら、自分が留守中に他の同僚に対応してもらうことができなくなるので、長期休暇を取ることは極めて難しくなる。長い休みを取りたかったら、「他の社員に私の顧客は担当させない」というこだわりは捨てた方がよい。

ある顧客に関する情報を、他の顧客に伝えないことは基本中の基本である。そのような行為をした社員は、守秘義務に違反したことになり、ドイツでは即時解雇される。ドイツのビジネスパーソンは全員、就職する時に、会社との間で雇用契約を結ぶ。雇用契約が定める義務の中には、業務上知り得た秘密を漏らさないという項目がある。雇用契約書に署名をするということは、その内容を守ると誓約するのと同じことだ。従って、自分の留守中に他の同僚が自分の顧客に関する情報を見ても、それが顧客のライバルに漏れるという心配はいらない。制裁措置が極めて厳しいので、就業規則に違反してクビになる危険を冒す人はめったにいない。

機微な顧客情報をどうしても他の顧客の担当者に見てほしくないと考えるならば、顧客の担当者を1人ではなく、2人か3人のチームにするべきだ。そうすれば顧客担当チームの中で、交代して休むことができる。

つまり誰もが2~3週間の休みを取れる社会を築くには、「仕事は会社につく」という認識を社会全体に定着させる必要がある。有給休暇の消化率を引き上げるためには、お客さまの理解も極めて重要だ。

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Profile
熊谷 徹Kumagai Toru
1959年東京生まれ。早稲田大学卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツに在住。『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)など著書多数。
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