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メイド・イン・ジャパンに新しい光を
– 埋もれた技術や技を再発掘し、異なるスタイルで発信 –
メイド・イン・ジャパン・プロジェクト

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2016年9月号
 

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田清窯(たせいがま)「FUTAMON」


 

「特産品」と呼ばれる全国各地の伝統工芸品。
こうした地域の伝統工芸に新しい光を当て、その継承と発展を支援しているのがメイド・イン・ジャパン・プロジェクトだ。

 
 
 
マーケットに即した伝統工芸づくりを支援
 
佐賀県西部に位置する有田町。言わずと知れた有田焼の産地だ。1616(元和2)年、肥前佐賀藩主・鍋島直茂が朝鮮半島から連れ帰った陶工の1人、李参平(りさんぺい)が有田の地で良質な陶石を発見し、日本で初めて磁器を焼いたのが有田焼の始まりだといわれている。
 
それまで日本の製陶は、土を原料にした陶器が中心だったが、これにより有田での陶磁器生産は急激に発展。国内のみならず、17世紀半ばにはオランダ東インド会社によって海外への輸出も盛んに行われ、1900年のパリ万博に出展した際は、金賞(杯)を受賞するなどの輝かしい実績を残してきた。
 
2016年、有田焼は生誕400周年を迎えた。これを記念して佐賀県は「有田焼創業400年事業」を展開。その中の1つが「ARITARevitalizationつたうプロジェクト」(以降、つたうプロジェクト)である。世界中にあまたある陶磁器の産地の中でも、卓越した技術と品質の高さを誇る有田焼の魅力を、今までと異なるスタイルで表現して世界に発信しようというプロジェクトだ。
 
このプロデュースを手掛けたのが、メイド・イン・ジャパン・プロジェクト代表取締役社長の赤瀬浩成氏である。日本の伝統工芸などのブランド価値を高め、新しいマーケットを創造するプロジェクトを推進している。
 
「昔から日本の各地域に根付いている伝統工芸の多くは、今、瀕死の状態に陥っています。消費社会がグローバル化し、廉価な商品は中国製、高価なものはヨーロッパ製というように二極分化。そして残念ながら、昔からの技を生かした日本製は“ 古くてダサい”というイメージが定着しています。この状況を打破したいと考え、2005年に設立したのがメイド・イン・ジャパン・プロジェクトです」(赤瀬氏)
 
赤瀬氏がこのような考えを持ったのは自身の経験からだ。実家は岡山県の家具メーカー。26歳で実家に戻った際、経営は疲弊していた。婚礼たんすを製造するメーカーだったが、結婚の在り方や生活スタイルが多様化し、嫁入りの際にたんすを持参する風習は廃れていった。百貨店など流通側の意向を聞いて商品開発を行うが、売り出す頃にはすでに市場ニーズは大きく変わっていた。
 
「流通側の意見をうのみにするものづくりにも問題がありますが、売り手もしっかりマーケティングリサーチをして、長いスパンで販売戦略を立てることをしていなかったわけです。流通側が目先の利益を優先していたため、商品を供給する作り手は衰退の一途でした」(赤瀬氏)
 
そう感じた赤瀬氏は、事業を婚礼たんすから、リビングテーブルやダイニングテーブルにシフト。独自にマーケティングを行い、市場ニーズに即したものづくりをすることで自社の再建にめどを立てていった。
 
再建を果たし、40歳を前にしたとき、ある考えが浮かんだ。「この問題はうちだけじゃない。歴史や技術はあるのに売れなくて苦しむ産地や企業は多い。これからの人生は、そんな人々のために汗をかこう」と決めた。それがメイド・イン・ジャパン・プロジェクトの設立につながった。
 

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