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【特集】

地域創生ウェルネス

超高齢社会の進行による医療費の高騰、医療・介護リソースのひっ迫、医療制度改革、デジタル技術の進化、コロナ禍に伴う行動変容などを背景に、ヘルスケアやウェルネス分野の現場の課題が複雑化している。新規事業や既存顧客の深掘りで多角化を図る企業の成長戦略に学ぶ。
2021.06.01

「介護保険+保険外サービス」統合モデルの実現へ:エムダブルエス日高

 

 

 

 

デイサービスを利用してリハビリに励む要介護・要支援の高齢者。だが、元気な体を取り戻して介護保険から卒業しても、行き場を失ってしまうことが多い。エムダブルエス日高は、そんな現実がある福祉ビジネスの常識を打ち破り、介護予防メニューや送迎サービスなど多彩な保険外サービスを創出している。

 

 

健康なときから利用したくなるサービスを

 

マシンで汗を流し、バランスボールに腰掛けながらトレーナーと談笑する——。フィットネスジムでは見慣れた光景だが、利用者をシニア世代に特化しているのは珍しい。

 

カフェやパソコン、料理教室、シミュレーションゴルフも楽しめる通所介護事業所「日高デイトレセンター」。1日の利用可能人数が約400人という群馬県最大規模の施設が目指すのは、「元気になって、いつも利用したくなる次世代型デイサービス」だ。

 

「全員が同じリハビリメニューを行う従来型のデイサービスでは淘汰される。そう思って、団塊の世代の方々をターゲットに、多様なサービスを提供して自己選択型で自立を支援する、新たなマーケットを開こうと考えました」と、エムダブルエス日高の代表取締役、北嶋史誉氏は話す。要介護・要支援の高齢者だけでなく、元気なアクティブシニアも健康を維持し、地域コミュニティーに参加して楽しめる。そんな空間を、介護保険と保険外サービスを統合して実現する新モデルへの挑戦である。

 

エムダブルエス日高は、群馬県内で病院・クリニックを運営する医療法人日高会のグループ企業。退院した患者や介護支援が必要な高齢者の介護・福祉事業を担ってきた。介護保険外事業のフィールドを切り開く多角化展開は、地域の高齢者ニーズが出発点だ。地元のスーパーマーケットであるフレッセイ(群馬県前橋市)とコラボレーションした、介護事業所を定期巡回して宅配も行う移動販売車「フレッシー便」もその1つである。

 

「スーパーは買い物弱者の支援、私たちは買い物リハビリの提供、高齢者にとっては助かるサービス。『三方よし』の仕組みです」(北嶋氏)

 

フレッシー便の車内にPOSレジを導入し、売れ筋データを分析すると、面白い発見があった。「一番人気は重たい米袋の宅配」との仮説が、見事に覆されたのだ。「電子レンジで温める、個食パックのご飯が実際には最も売れます。大量にご飯を炊かない高齢者にとっては確かに手軽ですし、味もおいしい。こうした発見を重ね、マーケティングしながらサービスをつくっています」と笑顔で語る北嶋氏。POSデータは、デイサービスでは管理栄養士が料理指導に活用し、スーパーでは店舗内のシニア人気商品コーナーづくりに役立っている。

 

 

太田デイトレセンター
群馬県太田市にある延床面積4056㎡という大空間のデイサービス。室内に100mの歩行レーン(右の写真、赤色の部分)があり、天候に左右されることなく歩行訓練を行える。スポーツを楽しむように取り組めるリハビリメニューのほか、料理や陶芸、くもん学習療法、手芸などのリハビリ教室も開催

 

 

移動販売車「フレッシー便」
地元スーパーと共同運営する移動販売車「フレッシー便」。1号車は高崎、2号車は前橋、3号車は太田方面を毎日走っている

 

 

 

ICTリハ
「平成28年度健康寿命延伸産業創出推進事業」(経済産業省)にも採択された「ICTリハ」。介護度が改善した利用者の実績をデータ化し、有酸素運動や筋トレなど8つのメニュー、200超のコンテンツから、一人一人に最適なリハビリを選択し「パーソナルベスト」へと導く。トレーニングジムは、昼間の利用は55歳以上に限定。筋肉や関節に無理なく体力を付けるため、健康運動指導士が個別に指導する。

 

 

ビッグデータを蓄積・活用する「ICTリハ」

 

「健康なときから私たちのサービスを体感してもらい、要介護になったら真っ先に選んでもらえるように」。これまでにない次世代型デイサービスがロールモデルとなり、同社は全国の医療・福祉法人にノウハウを提供している。北嶋氏は「成否の鍵は利用者のプライドを傷付けないこと」と語る。

 

「『○○老人ホーム』といったステッカーの付いた送迎車だと、『自宅から離れた場所で降ろして』と要望する高齢者も多いのです。それをやめたら『北嶋さんは、よく分かってる!他のデイサービスには絶対に行かないから』と声を掛けてくれました(笑)」(北嶋氏)

 

介護福祉業界の常識を変える挑戦は、既存サービスのブラッシュアップにも及んでいる。とりわけ力を入れているのが、ICTによるビッグデータの活用だ。

 

8つのリハビリメニュー、細分化した200超のコンテンツなど、全10事業所の利用状況と改善成果を一元管理し、ビッグデータを生成。介護改善の再現性を追求する介護支援リハビリシステム「ICT REHA」(ICTリハ)を自社独自で開発した。

 

「勘や経験則に頼るだけでなく、何をどうすれば介護度が軽度改善・維持したのかをデータで蓄積。AIで一人一人に合うパーソナルベストのリハビリプログラムをモデリングしています」(北嶋氏)

 

重視したのは「医学×統計学」によるエビデンスだ。認知症予防で注目を集めるフィンガー研究をベースに、医学は日高会グループの学術研究センター、統計学は前橋工科大学の協力を得た。ビッグデータが示す、学術的なエビデンスに基づいた最適な選択によって納得性が高まり、高齢者がリハビリや健康維持へ前向きに取り組むようになった。維持改善率は2017年度に80%超を記録した。

 

「腑に落ちるICTリハで生活習慣に行動変容を起こすことに成功しました。年齢や介護度の違いもあるので、改善率だけで優劣は判断できませんが、今年より来年が良くなる数値指標は必要です。まずは自社実績をベンチマークに、将来は社会全体でより良いヘルスケアを共創する指標になっていくと思っています」(北嶋氏)

 

介護職員にも、行動変容が生まれている。ICTリハの伝言システムで多様な専門職が全員、利用者データを共有。保険外サービスの提案も相次いで生まれるようになった。

 

「お世話は介護福祉士、元気にするのは機能訓練指導員と、仕事を職種で分けると見えない壁が生まれやすい。『みんなで元気にするマインド』へとパラダイムシフトを起こすことで、モチベーションが向上しました。チームリハビリなどの保険外サービスも現場の提案で生まれました」(北嶋氏)

 

ICTリハは、介護予防・介護改善のリハビリプラットフォームとして、経済産業省「平成28年度健康寿命延伸産業創出推進事業」に採択された。その成果は、2021年度に始まる厚生労働省の「科学的介護情報システム(LIFE)」にも生かされている。

 

「自己選択型の次世代デイサービスは、高齢者がやりたいことだけをやり、回復に必要とされることをやらなくなるというデメリットもあります。そこで、当社は第3世代型のICTリハ(データへルスケア)によって最適なリハビリを提案し、パーソナルベストの行動変容へと導くステージに立っています」(北嶋氏)

 

 

※高齢者の状態やケア内容などのデータベース「CHASE(チェイス)」と、通所・訪問リハビリ事業の質の評価データベース「VISIT(ビジット)」を統合。2021年4月からデイサービスの介護報酬の点数加算改定とともに導入予定

 

 

 

福祉Mover
北嶋氏が設立した(一社)ソーシャルアクション機構が旅行業の資格を取得し、連携して事業化が進む「福祉Mover」。AI自動配車システム「SAVS」との連携でスピーディーなサービス提供を実現した

 

 

デイサービス配車+送迎ナビを「第三の交通網」に

 

コロナ禍の逆風で、2020年5月はデイトレセンターなどの利用者が半減した。その後も厳しい状況が続く中、同社はZoomを使ったリモートの「ハイブリッドデイサービス」を開発。利用者が自宅で測定した血圧を介護士がチェックし、運動療法士がライブ動画でトレーニング指導を行うという、ウィズコロナ時代に提供可能なサービスをつくり上げた。

 

新たな保険外事業も2021年3月からキックオフした。送迎ナビシステム「福祉Mover(ムーバー)」である。デイサービス送迎車を、多目的な乗り合い利用に発展させる交通弱者の移動支援サービスだ。

 

「送迎効率の悪い、複雑な送迎ルート設定は残業の温床でした。しかし、福祉Moverなら利用実態に応じて効率的な最適ルートを選定し、空いたシートを地域の足としても活用できる。これは融合できるぞ、と」(北嶋氏)

 

自社開発したスマートフォンアプリ「福祉Mover」を、はこだて未来大学(北海道函館市)などが共同開発したAIプラットフォームの自動配車システム「SAVS(Smart Access Vehicle Service)」と連携。いつ、どこからどこまで、何人乗りたいか、利用情報を送信すればすぐに相乗りできる。

 

このシステムは2020年10月から2021年2月まで経済産業省の実証実験事業(地域・企業共生型ビジネス導入・創業促進事業補助金事業)に採択され、コロナ禍でも利用は2141回を数えた。2021年3月から自社事業「お出かけサービス」として、高崎市と前橋市の一部エリアにおいて無料で始動。エムダブルエス日高のデイサービスへ変更を希望する利用者が増えたほか、新型コロナワクチンの集団接種の移動手段として、自治体で利用の検討も進んでいる。

 

高齢化が進み、バスなどの移動手段も脆弱な地域で、交通弱者が利用しやすい外出プラットフォームとなる「第三の交通網」が、日本の介護予防を変えていこうとしている。

 

「高齢者の移動手段の確保は日本中の課題です。地域に必要とされ、高齢者の外出ニーズに応えるサービスだと、実証実験で確信しました。全国にあるデイサービスの送迎車が地域の交通インフラの1つになり、ビジネスとして成立する可能性も高い。

 

外出すると、自然と運動量が確保できる。外出支援=健康づくりですし、また、高齢者からは慣れ親しんだ商店街に行きたいとの声も多く、いわゆる『シャッター通り』の活性化にも貢献できます。外出支援の移動づくりは、健康づくりと街づくりにつながる。その役割を介護業界全体が担いながら、保険外事業を経営の柱に育てていきたいですね。

 

当社も保険外事業の売上高構成比はまだ高くありません。経営の柱に成長できるか、本当の挑戦はこれからです」(北嶋氏)

 

 

エムダブルエス日高 代表取締役
北嶋 史誉氏

 

 

PROFILE

  • (株)エムダブルエス日高
  • 所在地:群馬県高崎市日高町349
  • 設立:1977年
  • 代表者:代表取締役 北嶋 史誉
  • 売上高:34億1000万円(2020年12月期)
  • 従業員数:857名(パート含む、2021年2月現在)
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