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vol.9 ラグジュアリーブランドを確立するには

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2019年7月号
 

今回は欧州市場でのアートやラグジュアリーブランドとは何か、その作り方について私のアイデアを書きたい。関心があるものの、どのような視点の持ち方をすれば良いか、勘所がつかめない企業の参考になると考えている。

 
 


 

ラグジュアリーブランドに目を向ける

 
前回(2019年6月号)、日本とイタリアの工芸技術を使い、デザイナーが製品開発するブランド、Handson Design(ハンズ・オン・デザイン)を取り上げた。そこでイタリアの工芸技術に基づいた商品は、欧州はもとより日本でも売りやすい。他方、日本の工芸技術によった商品は、欧州では売りづらいとの実情を書いた。
 
さらに、今後の彼らの意向として、日常生活の「用」を足すことを目的とした商品だけでなく、用と無縁のオブジェ的な商品にも力を入れていくと紹介した。用を明確にしない商品こそが差別化になって、利幅を大きく取りやすくなるからだ。よくいわれる表現を使うと、「アート的カテゴリー」への試みである。
 
そうした文脈で、スポーツの用におけるラグジュアリーブランドという路線をとったのが、前々回(2019年5月号)に紹介したレインディアである。スキー板に日本の工芸技術を入れ込み、欧州のウインターリゾート地で富裕層の顧客にアプローチしている。
 
実はアートとラグジュアリーは、位置としてとても近いところがある。コンテンポラリーアーティストとコラボレーションした商品を作ったり、グループやオーナーファミリーの財団でアート美術館を運営したりしているラグジュアリーブランドは少なくない。
 
 

ブランドの確立には20~30年かかる

 
ご存じのように、新しいラグジュアリーブランドの構築方法は、いま、世界中のさまざまな業界が注目している。その理由はいくつかある。
 
一つは、企業も消費者も、低価格の大量生産に極端に偏ったことによる疲弊と飽きがある。大量にさばくには相当の企業体力が必要で、超が付く大企業でないとビジネスの継続が厳しい。しかも、低価格帯の製品は一部の装置産業を除き、労働集約型の生産であるため、人件費の安い開発途上国に拠点が移り、先進国の製造業の衰退を招いてきた。
 
一方、消費者は、価格だけでなく、日常生活の機能的欲求に満たされた人たちの欲望の先が「心が満たされる質」に向き始めた。それは工業化された均一性への嫌気だけでなく、サービスに重きを置いたエクスペリエンスがビジネスのコアになってきたからだ。あるモノを買った時に付随されるエクスペリエンスが期待されているならば、薄利多売モードは相性が悪くなる。
 
実のところ、低価格帯と高額帯の二分化が激しくなったので中間価格帯が空洞化し、質を求めたときに高額帯にしか勝負の領域がなくなったのが、ラグジュアリーブランドへの注目の背景ではないかとも私は思う。
 
つまり、本当は中間価格帯が理想なのだが、その在り方を「中途半端」と受け取られるリスクがあり、一気にラグジュアリーブランドを「目指さざるを得ない」との事情が絡む。
 
そのような状況で語るラグジュアリーブランドである。そして、そのモデルは時代によって変化しているはずだが、日本ではラグジュアリーブランドというと、フランスのLVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)やエルメスの歴史が語られやすい。そして19世紀の貴族や新興ブルジョワに愛好されたエピソードを持ち出してくる。
 
だが、21世紀のいま、19世紀の歴史を繰り返す必要はない。イタリアのファッションブランドを見ても、グッチこそ20世紀前半の創立であるが、ジョルジオ・アルマーニは1975年のスタートだ。ブルネッロ・クチネッリは1979年である。「揺るぎないブランド」と称されるには、ある一定の時間が必要なのは確かであるが、世紀単位であることもない。
 
また、ルイ・ヴィトンにしてもラグジュアリーブランドというジャンルの構築を経営方針として採用したのは、1970年代といわれている。創立時にラグジュアリーブランドを意識していたわけではないようだ。
 
グーグルやアマゾンなどデジタル分野のブランドは何十年も要さない。1桁と変わらない年数で確立している。物理的なモノに関わるラグジュアリーブランドに関して1桁台の年数は難しいが、20~30年あれば可能である。そう歴史が語っている。
 
 

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