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【メソッド】

経営者に贈るアドラー心理学の知恵:岩井俊憲

18万人以上にアドラー心理学の研修・講演を行ってきた岩井氏が、リーダーシップ、コーチング、コミュニケーションの観点から経営に必要なマインドとスキルについて解説します。
メソッド2020.06.30

Vol.9 [特別編]コロナショックに対する経営者の心構え

新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威をふるい、各国・地域が甚大な人的・経済的ダメージを受けています。今回は、少し連載から離れた特別編です。すぐ先の展開が誰にも見通せない経営環境の中、企業が生き延びるために必要な心構えとは何か、アドラー心理学の立場からお伝えします。

 

 

突然のミニ氷河期、企業存続は可能か?

 

生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである―。「進化論」で有名な英国の自然科学者、チャールズ・ロバート・ダーウィン(1809~1882年)の言葉として知られているものです。

 

売上高の8割を研修が占める私の会社、ヒューマン・ギルドは、2020年3月、4月の研修部門の売り上げが無残な結果に終わりました。ほぼゼロでした。現時点でも昨年対比でひどいありさまです。1985年4月の設立以来、初めての事態です。

 

私は自社の目標を「サバイバル(生き残ること)」に軌道修正し、社員と共有し合いました。まさに存亡の機に瀕したからです。

 

新型コロナウイルス感染拡大の緊急事態措置として2カ月も経営活動が止まってしまうのは、多くの企業にとって大打撃です。一部の政治家・評論家は「戦争」に例えていましたが、私は急に襲ってきた「ミニ氷河期」と捉えました。

 

氷河期に多くの生物が絶滅したように、この大変化を促す課題に直面し、様子をうかがって手をこまぬいている間に絶滅が危惧される人や組織が、ビジネス上では確実に存在します。変化にどう適応するか、それが急務です。

 

「何とかなるだろう」という楽観的な対応や、行政頼みだけでは危険です。「存亡の機に瀕して最悪の事態に対処せよ」のスローガンなくしてこの時期を乗り越えるのは困難と言えるでしょう。

 

 

 

協力と勇気づけで危機に適応する

 

ここで、アドラー心理学の出番です。氷河期にさまざまな生物が絶滅していったのに対し、種としては弱いヒトがなぜ存続できたのか。さらには、他の生物に比べて速く走れず、泳げず、空を飛べず、鋭い歯も持たない人間が、なぜ万物の霊長になり得たのか。

 

答えは簡単です。「人間には劣等感があったからだ」とアルフレッド・アドラーは説いています。アドラーによれば、劣等感は「健康で正常な努力と成長の刺激」(『個人心理学講義―生きることの科学』アルフレッド・アドラー著、岸見一郎訳、アルテ)なのです。

 

アドラーが書いたことをかいつまんで次に紹介します。

 

種として弱い存在であった人間は、外敵に囲まれて恐怖に直面したり、洞窟の中で不安におびえたりしながらも、共同体の中での所属感と信頼感に基づいて仲間に共感を抱き、協力する態度があったからこそ生き残れたと考えられます。さらには、信頼する仲間と共に分業が進み、狩りに出るグループ、洞窟内を守るグループに分かれて生活を守り、やがては農耕生活を営むようになりました。協力の精神を発揮しながら共同体を維持した先祖がいたのです。彼らが危機に直面したときの目標は、存続であったに違いありません。

 

まとめながら一部に付記します。

 

存続という目標に向かって、所属する共同体の中で信頼感を基につながり、仲間に共感しながら協力できたことが、人類が生き残れた理由ということです。現代においても同様で、新型コロナ危機に対して適応できるかどうかが、企業の行く末を占う基準になりそうな気がします。

 

この難局を乗り切るためには、危機の状況にふさわしい経営理念と、現状を克服する目標設定からスタートして、所属感・信頼感・共感に基づく協力を目指す必要があります。組織の構成員の一人一人の持ち味を最大限に発揮できる勇気づけの風土があれば、現代のミニ氷河期を越えられると私は信じています。

 

 

 

企業存続の危機は事業再構築の機会

 

話を当社の状況に戻します。

 

ヒューマン・ギルドでは、急速にオンライン化にかじを切りました。研修と言うと、どうしても集合研修をイメージしがちですが、Zoomなどのビデオ会議ツールを使えばオンラインでの研修が十分に可能であることを、走りながら考えて結論付けました。

 

一方で、新たな手法としてのオンライン化の推進によって、新たな顧客層を開拓することができました。東京の研修室に来ることが困難な人たち(一部は海外の人たち)にも裾野を広げられるようになったのです。まさにイノベーション(変革)が起きたわけです。

 

いま経営者に問われていることは、ミニ氷河期に例えた今回の事態を脅威と捉えるか、機会と捉えるか、という心構えの選択です。

 

漠然とした不確定要素は、未来に対する否定的な捉え方を誘発し、強い不安心理を伴わせます。しかし、アドラー心理学の立場からすると、「不安」と「期待」はコインの裏表です。未来の不確定要素をネガティブに捉えれば不安ですが、同じ不確定要素をポジティブに受け止めると期待に代わります。

 

さらに、自分の可能性を卑下して「対処不能」だとしてしまえば、不安はますます強まります。しかし、「どうすればできるか?」を考えて、さまざまな手を用意しておけば、できる可能性が強まって期待が持てるようになります。

 

そのように心を方向付ければ、「できない」ではなく「どうすればできるか?」と自分に問い直すことができます。組織を志の共同体として定義し直し、互いの持ち味と知恵をつなげれば、企業の存続を危うくする今回の危機を、事業の再構築を図る機会と受け止められるのです。

 

経営者の皆さまがこれを機会とし、勇気を持って対処してくださることを心より願っています。

 

 

 

「アドラー心理学」とは201912_adler_02
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Profile
岩井 俊憲Toshinori Iwai
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)、『経営者を育てるアドラーの教え』(致知出版社)、『アドラーに学ぶ70歳からの人生の流儀』(毎日新聞出版)ほか50冊超。
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