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Vol.7 「目的」をスタートに2

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2020年5月号

 

 

今回は「目標の細分化」の効果について、具体的なエピソードを紹介しながら説明します。技能オリンピック参加者のメンタルコーチを務めた際のお話です。

 

 

達成目標よりも究極目標

 

前回(2020年4月号)は「何のために」という根源的な問いに対する回答が「目的」であり、この目的は「どこに向かって」=「目標」に優先すると述べました。さらに、それが理解できていないと「目的→目標→計画→実行」の「実行」段階でアンバランスが生じるとも書きました。

 

ただし、「どこに向かって」を長期にわたって何度も追っていくと「究極目標」に達し、それ以上は進まなくなる次元に到達します。その次元に至ると、「何のために」という問いへの回答である「目的」と≒(ニアリーイコール)になってきます。

 

 

技能オリンピック参加者への指導事例

 

具体的なエピソードとして、2014年に私がメンタルコーチを務めた、大手A社の技能オリンピックプロジェクトのケースを取り上げます。

 

私の前任のメンタルコーチは、メダル獲得数にこだわるタイプでした。イチロー選手に代表される野球やスポーツ界の一流選手を例に挙げ、「どうすればメンタル面を強化できるか」を中心に指導していました。さらに、実際に指導に当たる指導員の多くは、過去にメダルを獲得した自分の体験を基に、「達成できない要因探し」(いわゆる「ダメ出し」)をしていました。

 

私はその事実を知って、選手と指導員との間で「共感」と「信頼関係」による「協力」を構築すべく研修を計7回行いました。その研修の最初に強調したのは、「目標の細分化」でした。技能オリンピックと聞けばすぐ「目指すはメダル」となってしまう状態だったので、その短絡さを避けるために【当面の目標:チームスピリットの形成】→【達成目標:メダル獲得】→【究極目標:人間としての成長】という3段階に区分したのです。

 

【達成目標:メダル獲得】にこだわってしまうと、このプロジェクトに参加したにもかかわらずメダルを取れなかった人が挫折感を味わうだけでなく、その挫折体験がその後の人生に大きな後遺症をもたらすからです。

 

大事なことは、【究極目標:人間としての成長】の浸透です。技能オリンピックに選抜されて2年間の技能養成課程に入れたのは、各選手が所属する職場の理解と後押しがあってのことです。マンツーマンで教えてくれる指導員に恵まれ、志を共にし、切磋琢磨し合う仲間たちもいます。職場や職業訓練校とは違った環境に置かれるのです。これを体験すれば、人間として成長しないはずがありません。

 

次の段階は、指導員と選手が目標を「グ・タ・イ・テ・キ」なレベルに置き換え可能という合意を形成することでした。ちなみにグ・タ・イ・テ・キとは、「グ:具体的」「タ:達成可能」「イ:意欲的」「テ:定量的」「キ:期限付き」の頭文字です。

 

達成目標は、技能オリンピックでメダルを何個獲得するかで、「具体的」「定量的」「期限付き」なのは当然であるため、ここでは「達成可能」と「意欲的」について補足説明をします。

 

私の前任のメンタルコーチは、一流スポーツ選手をモデルにしていました。このことに対しては、選手ばかりでなく指導員も「(そんな域に達するのは)とても無理だ」という印象を持っていました。アドラー心理学の立場でよく使われる言葉で表現すると、「高すぎる目標は勇気をくじく」です。目標と現実の落差が激し過ぎて、自己否定に追いやられてしまうのです。さらに、指導員が自分の成功体験に酔いしれて語ると、選手は「自分はとても追い付けない」と意欲を失ってしまいます。

 

そこで、「達成可能」にするために私が指導員や選手と合意したのは、全員一律に金メダルを目指さないことです。選手8名は全員、指導員と合意しながら個々に達成目標を決めました。

 

続いて「意欲的」にするために、アドラー心理学の「勇気づけ」の理論と実践法を基に「勇気をくじく言葉」に代わる「勇気づけの言葉」を指導員に徹底して教育しました。

 

さて、技能オリンピックの結果はどうだったか。私が指導した年は、前年の1.5倍のメダルを獲得できました。目標の細分化と勇気づけが功を奏したのです。

 

なお、勇気づけについては、次回(2020年6月号)以降に触れることとします。

 

※中央職業能力開発協会(JAVADA)が主催する「技能五輪全国大会」。青年技能者の技能レベルの日本一を競う技能競技大会である

 

 

 

 

 

 

「アドラー心理学」とは201912_adler_02
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。

 

 

 


 

 

筆者プロフィール


ヒューマン・ギルド 代表取締役
岩井 俊憲 (いわい としのり)
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)、『経営者を育てるアドラーの教え』(致知出版社)、『アドラーに学ぶ70歳からの人生の流儀』(毎日新聞出版)ほか50冊超。