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【メソッド】

経営者に贈るアドラー心理学の知恵:岩井俊憲

18万人以上にアドラー心理学の研修・講演を行ってきた岩井氏が、リーダーシップ、コーチング、コミュニケーションの観点から経営に必要なマインドとスキルについて解説します。
メソッド2020.01.31

Vol.4 経営におけるマインドとスキル4

マインドなきスキルは危険であり、スキルなきマインドは野蛮である—。前回(2020年1月号)、組織に不可欠なマインドは「リスペクト(尊敬)」と「信頼」だと申し上げました。今回は、もう一つの大切な要素、「共感」についてお伝えします。

 

 

『町の愚か者と迷子のロバ』の物語 ― 共感のテクニック

 

前回まで、スキル(生産性)とマインド(人間性)を車の両輪にたとえ、組織のありようは「共同体的機能体」であるとし、組織の人間性回復のために「リスペクト(尊敬)」と「信頼」が不可欠だと書いてきました。実は、もう一つ大切な要素があります。それは「共感」です。「相手や置かれている状況に関心を持つこと」。共感をとりあえずそう定義しておきます。

 

共感について、私が監訳した『どうすれば幸福になれるか(下)』(W.B.ウルフ著、仁保真佐子訳、一光社)第12章の「共感のテクニック」にこんな話が出てきます。少々長いのですが、共感を理解するためにとても大事な話ですので、転載します。『町の愚か者と迷子のロバ』の物語です。

 

ロシアのある小さな町の自慢は、たった1匹のロバだった。そのロバがどういうわけか突然にいなくなってしまったので、町じゅうが大騒ぎになった。町の長老たちの秘密の会議が招集され、三日三晩、長老たちはその席でロバがいなくなった理論上の動機と原因は何か、どうすればロバを見つけられるかを真面目くさって話し合った。

 

重々しい空気が漂う会議の最中、誰かがドアをノックする音が聞こえた。町の愚か者が入ってきて、迷子になったロバを見つけたと言うのである。長老たちが集まって知恵を絞ってもだめだったのに、どうやってロバを見つけることができたのか、と愚か者に尋ねると彼は答えた。

 

「ロバがいなくなったと聞いて、私はロバの小屋に行き、ロバと同じように壁に向かって立ってみました。そしてロバになったつもりで、私だったら小屋を抜け出してどこへ行くだろうか、と考えてみたのです。それからその場所に行き、ロバを見つけました」

 

ここで、アルフレッド・アドラーが共感について何度も言っていた言葉を紹介します。

 

「他者の目で見、他者の耳で聞き、他者の心で感じること」

 

共感と相反する言葉は「独善」です。アドラーの言葉をもじれば、「自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の心で感じること」。「他者」を「自分」に置き換えてみただけです。

 

『町の愚か者と迷子のロバ』の物語に話を戻すと、長老たちは「町のエリート」のつもりで三日三晩、会議を開きましたが、誰一人として現場に行かなかったし、ロバとは無関係に人間の立場で会議をしていました。「人間の目で見、人間の耳で聞き、人間の心で感じた」、共感能力のない人たちだと言っていいでしょう。

 

それに対して、「町の愚か者」と呼ばれていた人は、何はさておきロバ小屋に行き、ロバの身になってみた共感能力のある人でした。「ロバの目で見、ロバの耳で聞き、ロバの心で感じた」人だったのです。

 

 

 

共感は、なぜ必要なのか?

 

この話は、オフィスの中で数字の分析データや自分に届く報告にばかりとらわれ、現場・現実を忘れて経営を進めがちな経営者に警告を与えてくれます。優秀な経営者は、間違いなく高い共感力を有しています。共感力を通じて、現場・現実から学ぶ知恵者です。

 

そもそもなぜ共感が必要なのでしょうか? 私は、次の三つのために共感のスキルを持ち合わせていなければならないと考えています。

 

①部下を理解するため
②お客さまのニーズを探るため
③状況を俯瞰するため
④自分自身をモニタリングするため

 

アドラーの「他者の目で見、他者の耳で聞き、他者の心で感じること」の「他者」に、「部下」「お客さま」「現場・現実の状況」を当てはめてみれば分かります。自分本位の独善とはかなり違った立場から発想することができるはずです。

 

スティーブ・ジョブズが語ったとしてインターネットに流れている言葉があります。

 

「美しい女性を口説こうと思ったとき、ライバルがバラを10本贈ったら、君は15本贈るかい? そう思った時点で君の負けだ。ライバルが何をしようと関係ない。その女性が本当に何を望んでいるのかを、見極めることが重要なんだ」

 

また、中村天風は、『君に成功を贈る』(日本経営合理化協会出版局)でこんなことを語っています。

 

「いいかい、重要なことを聴くときは、恋人の言うことを聴くような気持ちでもって、聴くようにしてごらん」

 

この2人の言葉は、部下を理解したり、お客さまのニーズを探ったりするためには、まるで恋人の話を真摯に聞くような態度で臨むべきであることを示しています。共感的態度の一側面です。

 

ただし、共感にはもう一つの側面があります。それは、「鳥の目」を持つこと。置かれている状況を大所高所から冷静に眺め、自分自身の振る舞いを、まるでビデオで収録しているかのように見ることです。

 

アドラー心理学のカウンセリング技法では、「その瞬間をとらえる」という言い方をすることがあります。ついフライングを侵しそうなその時、その場面をキャッチし、志にそぐわない行動を自制するためにも、共感の目と耳と心を保つ必要があるのです。これは、パワーハラスメントやコンプライアンス違反を抑制する作用としても働きます。

 

 

「アドラー心理学」とは201912_adler_02
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。

 

 

 

 

 

 

 


Profile
岩井 俊憲Toshinori Iwai
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年㈲ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)ほか50冊超。
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