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【特集】

ミッション経営

「道徳経済合一」。近代日本資本主義の父・渋沢栄一の経営哲学は、今なお多くの企業家のポラリス(北極星)として輝き続けている。ミッションを掲げ、より良い社会の実現に取り組む事例から、持続的経営を可能にする組織・風土づくりを学ぶ。
2020.11.30

「アワ クレド」で強固なチームワークをつくる:ヨリタ歯科クリニック

社員と1つの船に乗り、一緒に大海原を航海して、理想の姿を探し求める旅 ――。青天の霹靂だった開業直後の苦境を糧に、スタッフ一人一人が主役になって輝き、応援し合う文化が根付く姿を目指してたどり着いた「実践型経営」とは。

 

 

 

 

患者とスタッフから支持される医院に

 

「日本ラグビーの聖地」と呼ばれる東大阪市花園ラグビー場。その近郊に医療の世界で高い知名度を誇る医院がある。ヨリタ歯科クリニックだ。

 

鉄道沿線の駅前立地で、患者が徒歩や自転車で通う地域密着型の歯科医院。ありふれた存在に思えるヨリタ歯科だが、実は口腔ケアの予防歯科に、国内でいち早く注力した先駆者である。

 

「予防をベースに、永久歯へと歯が生え替わる子どもたちや、歯周病の罹患率が急激に高まる40歳代以上の女性をターゲットにしています。とは言え、最初から予防だけに来院される方は少ない。まずは虫歯痛など困り事を解決する治療で満足いただき、さらに私たちの思いに共感した方が持続的に通院され、口コミで評判を広げてくださっています」

 

このように院長の寄田幸司氏は語る。「私たちの思い」とは、ヨリタ歯科が目指す「理想の医院」の姿だ。それは、来院される患者さまに「感動を与え続ける」、来院者・チームメンバー・取引先から「感謝の言葉があふれる」、社員が「ワクワク楽しい」こと。その実現に向けて「スマイル&コミュニケーション」の理念と行動指針「アワ クレド」を掲げた2000年からは、ミッション経営に取り組む歯科医院として注目を集めてきた。

 

その胎動は開業直後の苦い経験にさかのぼる。3名の歯科衛生士が、互いの人間関係を理由に一斉退職したのだ。その後もスタッフが長続きしない時期が続いたため、寄田氏は一念発起して経営本を読みあさり、経営セミナーにも参加した。そこで理念経営やクレドの必要性を実感した時、初めて気付いたことがあるという。

 

「それまでは、ドクターの私が言う通り、手足のように動いてくれるスタッフが『有能』で都合のいい人でした。でもそれでは、ヨリタ歯科で働いて成長できた、楽しく人生が豊かになったとは思えないでしょう。お金のためだけでなく、社員一人一人の夢がかない、強固なチームワークをつくっていくリーダーシップが自分にないことを思い知らされました。本当につらかったですが、あの貴重な経験があったからこそ今があります」(寄田氏)

 

20もの項目から成るアワ クレドは、寄田氏が熟慮を重ねて思いの丈を紡いだものだ。同時に、その実現に向け、当時の日本では数少ない予防歯科に方向転換するビジョンを示した。

 

「クリニックは患者さまにとって『治療のために仕方なく行くけど、できれば避けたい場所』でした。でも、健康であり続けるために通う予防歯科なら、患者さまに支持され、来院が楽しみな場所にできます。

 

いつまでに何を、どうするのか。なぜ、どんな意味があってそうするのか。3つの『理想の医院』でありたい姿を示し、理念とアワ クレドを定めて『これに沿って発言、行動してほしい』と伝えました」(寄田氏)

 

だが、スタッフからは厳しい反応が返ってきた。「現状でも患者数が多く人手が足りないのに、予防歯科に切り替えたら1人の患者さまの来院頻度が増えてさらに忙しくなる」「診療報酬が高い治療から効率の悪い予防にシフトして経営は大丈夫なのか」。ビジョンと行動指針への不満と不安、そして「ワクワク楽しい医院なんて、できるわけがない」と、およそ半数のスタッフが辞めてしまった。

 

再びつらい瞬間を迎えた寄田氏だが、思いがブレることはなかった。

 

「辞めた人の数だけ、思いに共感してくれる人を新たに採用できました。それに、残ってくれたスタッフのためにも『みんなが最高に輝くチームとなるよう絶対にやり抜いてみせる』と自身を奮い立たせました」(寄田氏)

 

 

生き生きと働くスタッフはヨリタ歯科クリニックの魅力の1つ

 

 

スタッフが輝く実践型の「ヨリタメソッド」

 

不退転の決意から20年がたったいま、大阪府下随一の23台の診療ユニットを備え、1日に来院者数は220名以上、初診者は毎月150名を超える。また、歯科衛生士が25名所属している歯科医院は日本中探しても例を見ない。寄田氏が実践し続けたのが、具体的な行動を起こす環境と機会をつくる「ヨリタメソッド」だ。

 

「理念とアワ クレドだけなら、絵に描いた餅でしかありません。いかに行動して形にするか。スタッフが主役になり『やってよかった』『仕事が楽しい』と思える企画やイベントを私なりに考え、実践してきました。そして、呼び掛けました。感動・感謝・ワクワクを、一緒につくり出しましょうと」(寄田氏)

 

その1つが、カムカムクラブである。3~15歳の子どもが3カ月に1回、スタッフ主催のイベント「カムカムフェスタ」に参加し、口腔ケアの予防をする仕掛けである。保育園や小学校の口コミで、会員数は1000人まで増え、ヨリタ歯科の代名詞になっている。


思いに共感するスタッフも、口コミで増えてきた。治療のアシスタントをこなし、空いた時間にブラッシング指導をするのが歯科衛生士。そんな業界の常識を覆し、ヨリタ歯科では担当患者を持ち、治療計画を立て、スキルアップしながら口腔ケアを持続的にサポートできるよう育成。向上心を持つ歯科衛生士が全国から集まるようになった。さらに、一人一人が輝くチームづくりへ、スタッフの役職を12の専門職に細分化している。

 

「感動・感謝・ワクワクは、兼務の片手間では生み出すことができません。スタッフが考えたアイデアを、イベント開催などさまざまな形で実現するのが、感動クリエーター。ヨリタ歯科のブランドを築いてくれる人です。スマイルクリエーターは、待合室全体を笑顔で包んでくれる受付の専任スタッフ。当院の第一印象を左右する大事な役割です。どの役職も誰か1人が欠けてしまえば、理想からゼロに戻ってしまいます。サービスは掛け算ですから」(寄田氏)

 

専門特化だけでなく、職種や世代が異なるメンバー構成でプロジェクトチームを編成。ヨリタ歯科全体で、「感動・感謝・ワクワク」の種まきから芽生えのプロセスを共有して「見える化」することで、決めたことをやりきる力を高めている。

 

理念が根、アワ クレドが幹となり、「理想の医院」の枝葉が広がり大樹となっていく。そんな成長が持続する秘訣や工夫は、あるのだろうか。

 

「実践型医院なので、入社したスタッフができるだけ早く主役になる機会をつくるようにしています。私は『成功体験を共有する』と言っていますが、小さなことでいいのです。院長が言っているのはこういうことか、と納得する瞬間があれば、後は大丈夫。自立し、主体的に行動してくれるようになります」(寄田氏)

 

 

 

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