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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2021.09.01

世界標準の経営理論。今こそ、夢や理想の未来を描く経営が会社を成長させる:早稲田大学 大学院 経営管理研究科 教授 入山 章栄氏× タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

 

長期ビジョンの浸透に有効な「センスメイキング理論」

 

若松 何のためのDXか。つまり、入山先生のおっしゃる目的、ビジョンが先にこなければなりません。前述した入山先生の著書でも、ビジョンの重要性について触れていますね。

 

入山 経営学的にビジョンと親和性が高いのは「センスメイキング理論」。これは日本で最も普及してほしい理論です。

 

簡単に説明すると、センスメイクとは「人を腹落ちさせる」こと。変化の激しい時代に大事なのは、正確な将来予測ではなく、納得性です。なぜなら、正確な将来予測を立てたとしても、変化が激しく状況は変わってしまうからです。だからこそ、腹落ちするビジョンを持つことが大事だと私は思います。

 

しかも、10年、20年、30年先を見据えた長期ビジョンであることが理想です。遠い未来に、「自社にどのような価値があるのか」「どのような価値を出していくのか」をビジョンとして語り、社内や取引先、銀行にも納得してもらって一緒に実現させる。これがいま最も大事なことですが、一般的に日本企業の弱い部分と言えます。

 

若松 ご紹介いただいたセンスメイキング理論は経営現場に不可欠です。私は、「変化を経営する会社だけが持続的に成長する」「未来は予測するものではなく、創るものだ」と言っています。歴史的にも、創業者には魅力的な夢やビジョンを語る人が多いですね。ですが、トップの交代につれて、理念やビジョンが見えづらくなるケースが多々あります。特に、大企業ほどそうした傾向が高いように思います。

 

入山 優秀なトップクラスの経営者は、総じて人を腹落ちさせる能力が非常に高いと思います。しかし、社長が短期間で交代する会社ほど、遠い将来のビジョンや夢をあまり語っていないように思います。

 

一方、グローバル企業はビジョンの浸透を仕組み化しています。例えば、米・デュポンであれば100年先のビジョンを掲げていますし、独・シーメンスも「シーメンスとは何か」「50年後の未来に向かって何をするのか」を徹底的に議論しています。

 

組織の中から異なる意見が出てくるのは良いことですが、どこを目指すのかという方向性はそろっていないといけません。青臭いように思えますが、経営は人間がするもの。そこが大事だと私は思います。

 

若松 「青臭い」とは良い言葉ですね。実は、TCGの経営理念には「企業を愛する」という言葉が冒頭に入っているので、私は「企業を愛するとはどういうことだろう」と、青臭い質問をよく社員に投げかけています。私たちはそれを「ビジョンマネジメント」と呼び、大切にしています。

 

 

暗黙知を形式知化、デザインする「知識創造理論」

 

入山 グローバルに生き残っている企業は、属人的な部分をうまく仕組み化しています。役員会に一流の専門家を呼んで数十年先の未来を考えるなど、組織的に設計されている。一方、日本では大企業でもほとんど仕組み化されていません。言語化されない理由はそこにあると思います。

 

若松 「腹落ち」という意味では、米・マイクロソフトの「Productivity Future Vision」という動画をシリコンバレーで見て非常に参考になりました。2050年のマイクロソフトの未来を映像化したもので、目指している世界観が伝わってきますし、何より見ていてワクワクしました。事業の方向性や使命を共有できるビジョンマネジメントだと感じました。

 

入山 映像化は、暗黙知を形式知化する良い方法です。拙書でも紹介した、日本を代表する世界標準の経営学者である野中郁次郎先生の提唱する「組織の知識創造理論」では、暗黙知と形式知の間を往復する中で新しい知が創造されるとありますが、動画もそれに当てはまります。

 

創業者がトップのうちはビジョンが腹落ちしていても、2代目、3代目と社長が交代するうちに形骸化してしまう。その原因は、ビジョンが言語化や形式知化されていないからです。実は、人間は形式知より暗黙知の方が豊かです。思いや感情、感覚といった言語化されない部分が圧倒的に多い。そこを言葉にして形式知化する作業をしないと、ビジョンがズレて求心力は低下していきます。

 

若松 私たちのビジョンマネジメントでは、「書かざる意志は実現しない」と言っていますが、まさに「野中理論」ですね。日本の現場論として語られることも多いですが、私自身、野中先生の論文を読み直すたびに普遍性を感じていました。あらゆるテーマ、分野に当てはまるのではないでしょうか。

 

入山 これからの世界は、ほぼ野中理論が当てはまると思います。例えば、暗黙知を形式知する「デザイン」は完全に野中理論。また、イノベーションにも形式知化が重要です。なぜなら世の中に存在しない製品・サービスには、それを説明する言葉が欠かせないからです。

 

建設機械・鉱山機械のメーカーである小松製作所の「スマートコンストラクション」はその典型例で、大成功を収めました。アイデアをまとめたポンチ絵(手書きの概要図)を役員会に提出して承認された後、最初にスマートコンストラクションという名称を決め、それが行き渡ったらどんな世界になるかをショートムービーとして形式知化しました。

 

若松 これらは書くことに加えて、イメージできるデザイン・映像にすることで納得性が一気に高まります。今後、TCGのビジョンマネジメントメソッドにも、デザイン・映像・サウンドなどを加えています。

 

私たちにもフューチャービジョンと呼ぶ長期ビジョンがあり、その中で「プロフェッショナルDXサービス」「チームコンサルティングブランド(TCB)」「コンサルティング・テックⓇ」というオリジナルの言葉を生み出しています。その点からも非常に共感できます。

 

入山 暗黙知を形式知化する方法は、小説などでも良いと思います。実際に、ビジョンをSF(サイエンス・フィクション)小説として形式知化するサービスが海外にあります。無味乾燥なビジネスモデルを発信していくよりも、物語の中で顧客の幸せや会社の未来を表現する方がイメージしやすいと思います。

 

若松 私は「組織は戦略に従い、戦略は理念に従い、理念は組織で実行されて成果となる」と言ってきました。チームコンサルティング理論からの知識創造アプローチかもしれません。

 

 

※小松製作所が2015年にスタートさせたソリューションサービス。建設現場のICT化によって、人材不足解消や安全・生産性の向上を実現させる取り組み

 

 

 

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