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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2021.12.01

新しい事業を創造する変革力とM&A戦略でビジョン実現へ挑む:学研ホールディングス 宮原 博昭氏× タナベコンサルティング 若松 孝彦

出版事業から教育、医療福祉へと事業領域を広げる学研ホールディングス。成長の原動力となっているのが、新事業を生み出す組織、内部改革と独創的なM&Aだ。持続的成長を可能にするM&Aの在り方を中心に、学研ホールディングス代表取締役社長の宮原博昭氏に伺った。

 

 

【図表1】売上高構成の変遷

出所:学研HD資料よりタナベ経営作成

 

 

就任から3年間
M&Aを凍結し社内改革を進める

 

若松 宮原社長が学研ホールディングス(以降、学研HD)の代表取締役社長に就任されたのは2010年でした。業績の低迷が続いていた学研HDを再構築し、2008年度に780億円だった売上高は、2020年度には1435億円にまで伸長。中でも、M&Aで加わった企業の売上高がグループ売上高の約4割に上るなど、数字で見ても数々の戦略成果が見て取れます。(【図表1】)

 

宮原 メディアでは成功した部分をクローズアップしてもらっていますが、実際は成功の2倍ぐらい失敗しています。就任当初にM&Aで失敗して精神的に追い込まれたこともあります。ただ、そうした経験を重ねたことでM&Aの流れを理解できました。

 

若松 確かにM&Aが成長戦略の1つの原動力となっています。ただ、社長就任から3年間はM&Aをされていません。なぜでしょうか。

 

宮原 19年間、減収減益傾向が続いていたため、現実は倒産目前といった状況でした。グループ化と言っても「沈むドロ船に乗りたい」と言う人はさすがにいないと考えました。譲渡側の企業は大事な社員を送り出すのですから、私たちがきちんとした体制を整えるのが先だと考え、M&A凍結を決めて組織内部の立て直しに集中しました。

 

若松 改革を外に求めるだけではなく、「まず自分たちがやるべき改革があってこそのM&A戦略」という考え方に、企業のトップとして共感できます。「魅力ある会社」という企業価値づくりが経営の本質ですからね。その戦略線上にM&Aがあります。

 

社内改革では、具体的にどのような手を打たれたのでしょうか。

 

宮原 社屋を移転し、分散していた機能を1カ所にまとめた上で、ホールディングス化して分社化を進めました。「自分の飯代は自分で稼ぐ」という意識を社員に持ってもらうためです。さらに、全社員を対象とする3度にわたる早期退職者の募集、年功序列から成果に応じた評価制度への変更、若手人材の抜てきなど、1つずつ改革を積み重ねながら組織を変革していきました。

【図表2】セグメント別の売上高

出所:学研HD資料よりタナベ経営作成

 

 

既存事業から枝を伸ばして事業領域をつなげる成長戦略

 

若松 宮原社長が社長に就任した際、当時51歳と若返り人事の象徴でした。組織改革を進めながら、M&A再開後は医療福祉分野など教育以外の分野へも積極的にM&Aを行い、事業領域を広げました(【図表2】)。進出する分野をどのように決めるのか、方針をお聞かせください。

 

宮原 時代変化の認識というか、戦略のシナリオが大切です。まず、少子高齢化が進む中、医療福祉分野は絶対押さえるべきだと考えました。また、海外・国内市場であれば、デジタルや幼児、大人向けの教育はまだ成長できる重点分野と捉えています。事業展開の考え方はさまざまですが、私はツリー理論で考えることが多いです。

 

若松 ツリー理論とは、幹である既存事業から枝を伸ばすように新規事業を生み出していく、事業領域を広げていくということですね。私のコンサルティング経験でも、うまくいっている事業戦略やM&Aは、宮原社長の採っていらっしゃる戦略スタイルが多いです。

 

宮原 学研HDはもともと教材中心の出版社ですが、「教材を販売しても親が子どもに教える時間がない」「子どもが1人で勉強できない」といった課題が生まれ、教室事業がスタートしました。ただ、教室事業は小学生が対象だったので、中学生以上を対象とする塾が必要になる。そのため、出版事業から教室、塾へと展開しました。

 

さらに、子どもの学力向上に向けては、教室と塾を連携させて、トップ偏差値の高校を目指せる体制が必要です。各地方の進学塾を中心にM&Aを行い、グループ化を進めました。

 

若松 既存事業(固有技術)から社会やニーズの変化を読み取って新規事業を開発していく様子がよく分かりますし、その事業戦略上にM&Aがあることも同様です。一方、新しいドメイン(事業領域)である医療福祉分野には、どのような経緯で参入されたのでしょうか。

 

宮原 学研HDには教材を家庭訪問販売する営業部隊があり、各家庭を訪問して教材を直接販売していました。しかし、共働きの家庭が増える中、訪問時にお子さんのおじいさまやおばあさまとお話する機会が増加すると、「子どもたちに迷惑をかけたくない。住み慣れた場所で年金で暮らせる施設がほしい」という話をよくお聞きするようになりました。その声がきっかけとなり、サービス付き高齢者向け住宅事業がスタートしました。

 

さらに、介護事業を拡大する過程で、認知症の増加に対応していかなければという思いが強くなり、2018年にメディカル・ケア・サービス(以降、MCS)をM&Aし、グループインしました。MCSのM&Aは当社としては大規模な投資でしたが、非常に良い結果が出ています。

 

若松 事業領域拡大に向けたシナリオですが、既存事業や固有技術が幹となり、顧客ニーズ、現場主義の視点が枝葉となっている幹と枝の関係、ツリー理論に基づいています。私は「1T3D理論」と呼んでいるのですが、1つの固有技術(Technology)で3つの事業領域(Domain)を攻める、持てる事業戦略をデザインするのが良いとする理論です。その点からも賛同します。

 

 

 

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