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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2019.10.31

アドラー心理学のポジティブ思考を経営に生かす:ヒューマン・ギルド 代表取締役 アドラー心理学カウンセリング指導者 岩井 俊憲氏 × タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

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フロイトやユングと並び心理学の3大巨頭と称されるアドラー。「人間の行動には目的がある」とポジティブに捉え、現在を未来へどう生かすかを考える手法は、企業経営にも多くのヒントを与えてくれる。アドラー心理学を学び、30年以上にわたって講演・研修を続ける“勇気の伝道師”・岩井俊憲氏に、そのポイントを伺った。

 

人間観察から生まれたアドラー心理学

 

若松 アドラー心理学は、フロイトやユングに並ぶ3大心理学といわれます。経営に携わっていると心理学からの学びも多いため、今回の対談を非常に楽しみにしていました。まず、アドラー心理学には、どのような特徴があるのでしょうか。

 

岩井 フロイトが書斎で思考を重ねて理論構築したのに対し、アドラーはウィーンのカフェでコーヒーを飲みながら雑談をしたり、カウンセリングをしたりと、「現場」での観察から生まれた心理学です。また、フロイトは原因論、アドラーは目的論と、視点が異なります。

 

アドラーは理論ありきではなく、観察に基づいて現実との整合性から考察した。この現場での観察を「臨床の知恵」と呼んでいます。

 

若松 岩井先生はアドラー心理学と、どのように出合われたのですか。

 

岩井 勤めていた外資系企業でリストラを主導し、その後に私も退職。今までの経歴が通じない世界に飛び込んでみようと考え、不登校の子どもを預かる塾の手伝いを始めてアドラー心理学に出合いました。

 

塾で知ったのは、子どもが不登校になった原因を探ろうと過去を掘り下げても解決にたどり着かないこと。しかし、アドラーの「人間の行動には目的がある」という目的論を用いると、その子が今後どうしていくかの援助ができるようになりました。現在を未来にどう生かすかというアドラー心理学の考え方がピタリとはまったのです。

 

若松 アドラー心理学は、タナベ経営のコンサルティングと同様に臨床から導き出した理論なので共感できる学びが多いのだと分かりました。

 

未来に向けて行動するには目的が必要

 

若松 アドラー心理学の基本的な考え方の一つ、「自己決定論」とはどういう概念でしょうか。

 

岩井 人間は自分の行動を自分で決められるという考え方です。反対概念は、生まれ育った環境が影響を与え続ける「環境支配説」です。

 

アドラーは、「環境の影響はあるだろうが、支配されるものではない。人生を建設的に歩むか、非建設的=破壊的に歩むかは、自分で選ぶことができる」と捉えました。つまり、自分で決定できるという点でポジティブであり、未来志向なのです。

 

若松 当社の田辺昇一ファウンダー(創業者)も、「人生は遺伝・偶然・環境・意志の産物である」とよく言っていました。中でも「意志」が大事だと。「あなたはあなたの人生で何をやりたいのか」という「志」の重要性です。

 

岩井 それは自己決定論と目的論のセットですね。意志があれば、未来志向で動くのです。

 

若松 私は仕事柄、優秀な経営者によくお会いします。その際、「能力と運」「運命」について尋ねることがあります。すると、名経営者ほど「私は運が良かった」と答えられます。こうした経営者心理をどのように捉えられますか。

 

岩井 一般的には「過去は変えられないが、未来は変えられる」と考えますが、アドラー心理学では「過去も変えられる」と考えます。

 

過去に大変なことがあっても、現在が良ければ「自分の運が良くなる材料になった」と見方が変わる。現在から未来をポジティブに見れば、過去もポジティブに見ることができるのです。つまり、原因論へのアンチテーゼです。

 

若松 俗に言う「カイゼン活動」の「なぜなぜ分析」では、「なぜ」を5回繰り返して問題の原因を追求します。大切な思考ですが、一方で私はリーダーに必要なのは「目的の5乗」であるとし、「何のために」を5回繰り返せば、目標が目的、使命に昇華されると提言しています。

 

私自身も実践しており、「原因を追究する思考」と「目的へと昇華させる思考」のプロセスは大きく異なると感じています。

 

岩井 「なぜなぜ分析」は、誤解が多いのです。これは現場の知恵であり、「なぜ不良が発生したのか」と原因を徹底的に究明する考え方ですから、マネジメントやリーダーシップには向いていません。

 

部下がミスを報告してきた際に「なぜ」と問い詰めれば、心を閉ざしてしまって、その後ミスを隠すようになります。「なぜ+否定形」を3回繰り返すと、行動の否定ではなく人格否定になってしまうのです。現象や出来事など、人間の意思が関与しないものには有効な手法ですが、未来に向けて行動するには「何のために=目的」が必要です。そこを切り分けなければならない。

 

私は「なぜなぜ5回」と「目的の5乗」の両方が必要だと思います。過去・未来に対して、現場・現象・出来事、経営ビジョンに対して、両方必要であって、片方を切り捨てては成り立ちません。

 

若松 同感です。原因分析だけが独り歩きしている感じがします。「目的の5乗」を強く意識するぐらいが、ちょうどいいのかもしれません。

 

自己決定論や目的論への理解について、多くの企業と接する中で、どうお感じになりますか。

 

岩井 どうしても「何が悪いか」という原因論が中心になってしまいがちです。しかし、重要なのは「何ができているのか」です。アドラー心理学には、成果を評価するという「勇気づけ」の発想があります。ポジティブな側面を見ることが、より良い未来を呼び込むのです。

 

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