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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2019.09.30

イノベーション戦略とアトツギベンチャースピリッツが日本経済を救う:神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 副研究科長・教授 忽那 憲治氏 × タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

イノベーション戦略とアトツギベンチャースピリッツが日本経済を救う:神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 副研究科長・教授 忽那 憲治氏 × タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

神戸大学の科学技術イノベーション研究科は、グローバルに活躍できるアントレプレナー(企業家)を育成する日本初の文理融合型の独立大学院である。同科の副研究科長を務める忽那憲治氏に、日米経営者の相違点や注目の事業承継スタイル「アトツギベンチャー」の取り組みについて伺った。

 

四つの先端科学系分野の融合×イノベーション

 

若松 昨今の産業界では、自社以外の組織と連携して技術やアイデアを取り込み、新たな価値を創出する“オープンイノベーション”が注目されています。また、成長分野の開拓や新たな雇用の担い手として、ベンチャー企業やスタートアップ企業への期待感も高まっています。このような社会ニーズに応えるため、神戸大学は科学技術イノベーション研究科を開設しました。その特色についてお聞かせください。

 

忽那 科学技術イノベーション研究科は、神戸大学の自然科学系分野と社会科学系分野を有機的に連携させた日本初の“文理融合型の独立大学院”です。教育研究の柱になるのが、バイオプロダクション、先端膜工学、先端IT、先端医療学からなる四つの先端科学系分野と、アントレプレナーシップ(企業家精神)に関連した社会科学系分野。これらを互いに融合させることで、先端科学技術分野における研究開発能力だけでなく、グローバルに活躍できるアントレプレナーシップを備えた理系人材の育成・輩出を目指しています。具体的には、学術的研究成果(科学技術上のブレークスルー)を、経済的・社会的な価値創造につながる新しい製品やサービスのコンセプト(イノベーション・アイデア)に昇華させる機会認識能力や、そのコンセプトを実現させる戦略(イノベーション・ストラテジー)を構築する戦略構築能力を一貫して育成します。

 

若松 日本の大学院においては、先進的、特徴的、戦略的な取り組みと言えます。どのような人材が在籍しているのですか。

 

忽那 修士課程の定員は40名で、工学、情報学、農学、理学、医療、薬学などの学部卒業生が集まります。一方、博士課程の定員は10名で、大半はイノベーションに取り組む社員が会社から派遣されたり、ベンチャー企業の創業者がブラッシュアップを目的に通ったりしています。

 

若松 私たちタナベ経営も、「チームコンサルティングスタイル」を求める中で、“ドメイン(事業領域)×ファンクション(機能)”というコンセプトを提唱しています。科学技術イノベーション研究科の“分野の融合”という考え方に近いと思います。

 

忽那 「専門家が見慣れた景色には大きな穴があいているかもしれない。そのような状況はイノベーションを妨げるから、その分野の“よそ者”こそがイノベーションのキーマンになる」という説があります。イノベーションのアイデアを創出するためには、異質な分野の組み合わせが重要です。さまざまな分野間のギャップを乗り越え、アイデアを絞り込んでストラテジーに落とし込むための技術戦略、事業戦略、財務戦略、知財戦略を指導しています。

 

 

【図表1】主要先進国の開業率と廃業率(2010年度)

主要先進国の開業率と廃業率(2010年度) 出典 : 2014年版「中小企業白書」を基にタナベ経営作成

出典 : 2014年版「中小企業白書」を基にタナベ経営作成

 

廃業率の低さが日本企業の収益力の低さを示唆

 

若松 忽那先生の専門は、「アントレプレナーシップ」と「ファイナンス」です。この分野に興味を持たれたきっかけは何ですか。

 

忽那 私が大学院生の頃、ファイナンスの問題を情報経済学で解決しようとする流れが起き、大企業よりも非上場企業を対象にした方が多様な研究ができると思いました。

 

そんな折、マサチューセッツ工科大学(MIT)のデイビッド・バーチ教授をリーダーとして、1979年に全米で実施された調査の報告書が大きな話題になりました。そこでは従業員20名以下の中小企業と創業4年目までのスタートアップ企業が、全米の雇用の約80%を創出しているという衝撃的な実態が初めて明かされていました。これが私の背中を押してくれました。

 

若松 先般、忽那先生が書かれた論文の中で私が一番驚いたのは、日本と海外の開業率と廃業率が大きく違うことです(【図表1】)。2010年度の開業率と廃業率は、日本が4.5%と4.1%であるのに対し、米国は9.3%と10.3%、英国は10.0%と10.6%、ドイツは8.6%と8.4%、フランスは18.7%と12.9%(2014年版「中小企業白書」)。この数字の背景には何があるとお考えですか。

 

忽那 日本は開業率も廃業率も“ずぬけて低い”状況です。開業率が低いのは、新しい事業機会を捉えてビジネスを始める人が数的・比率的に少ないということですね。

廃業率の低さは「会社をつぶさないのだから、良いこと」と思いがちですが、その考えは改めるべきです。目標とするリターンが出ていないにもかかわらず、「少しでも利益が出ているうちは大丈夫」と考えて廃業に踏み切れず、細々と事業を続けるケースが非常に多いからです。おいそれと失敗を許容できない国民性が大きく影響しているのでしょう。

 

若松 その通りですね。どうしても開業率に目が向きがちですが、スタートアップ企業やイノベーション活力において日本が他国に後れを取っている理由は、「廃業率の低さ」にこそあると私も思います。

 

忽那 日本に比べて米国の廃業率が高いのは、米国の経営者の能力が劣っているからではなく、高いリターンの目標を掲げて事業に取り組んだ結果、クリアできないので廃業したという要素がかなり含まれていることを認識すべきです。そして、自社の目標とするリターンをどう確保するか、そのためにビジネスモデルをどう変革するかといった議論を重ねていただきたいと思います。

 

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