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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2018.07.31

社員が持つポテンシャルの最大化は会社の責任:ジョンソン・エンド・ジョンソン 代表取締役社長 日色 保氏 × タナベ経営 若松 孝彦

 

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世界最大のヘルスケア企業であるジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループは、多様な人材を生かすダイバーシティー先進企業としても多方面から高い評価を受けている。2012年よりジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の社長を務める日色保氏に、組織と社員のポテンシャルを引き出すリーダーシップについて伺った。

 

 

14の業務・役職を経験し46歳で社長に就任

 

若松 ジョンソン・エンド・ジョンソン(以降、J&J)は世界60カ国に250以上のグループ会社を有する世界最大級のヘルスケアカンパニーです。2012年、46歳で社長に就任された日色社長は、新卒入社の生え抜き社員だとお聞きしました。なぜ、J&Jを選ばれたのでしょうか。

 

日色 理由はいろいろとありますが、実はJ&Jは一番に内定をいただいたのです。ラブレターをもらった途端に相手のことが気になってくるように、内定をいただいてからJ&Jの話を聞くうちに「良い会社だな」と思うようになりました。すでにJ&Jは世界中で事業を展開していましたが、日本ではまだ小さな会社で、知名度も低かった。そこにポテンシャルを感じましたし、ヘルスケアという人間の暮らしにとって必要不可欠な事業領域に興味を持ったことも理由です。

 

若松 一番に内定が出たということにも縁を感じます。社長に就任するまでさまざまな部署で仕事をされてきたそうですね。

 

日色 入社してすぐに医療機器の営業を担当しました。大学を出たばかりの社員が研修を受けて、大学病院などの手術室で外科医に対して医療機器の使い方を教える仕事でしたが、配属先の静岡市は支店がなく自宅をオフィスにして1人で営業に回っていました。近くに上司はおらず、病院の先生や取引先に育てていただいたといった感じでしたね。振り返ると、良い上司や縁、運に恵まれてここまできたことを実感しています。

 

若松 まさに「たたき上げ」ですね。20代でマネジャーになったそうですが、リーダーシップをどのように学ばれたのでしょうか。

 

日色 入社から3年後に名古屋支店のマネジャー(課長)になりました。新分野の成長を見込んで大量採用した結果、会社の規模が3倍になり管理職が足りなくなったため最後の1枠に私が選ばれたのです。よく分からないまま管理職として試行錯誤していました。転機となったのは28歳の時。それまで、日本のJ&Jには体系的な人材育成や会社全体としてスキルを上げていく仕組みはありませんでしたが、米国から赴任していたリーダーの提言で、私が2カ月ほど米国へ勉強に行くことになったのです。帰国後は東京勤務となり、学んだことを生かしてゼロから営業のトレーニングプログラムを開発。この時期は朝から晩まで必死に働きましたが、自分の作った仕組みが会社全体に大きな影響を与える経験を通して仕事の面白さを知りました。これがリーダーシップを磨く上で貴重な経験だったことは確かです。その後、米国赴任やグループ会社の社長など、現在までに14の業務・役職を経験してきました。

 

 

実行するための経営理念

 

若松 J&Jの「我が信条(Our Credo)」(以降、クレドー)は世界で最も有名な経営理念です。第一に顧客、第二に社員、第三に地域社会、第四に株主への責任が明記されていて、社員の行動を支える倫理規定でもあります。私は、経営理念は会社のカルチャーの基礎になるものだと考えています。

 

日色 当社が非常にオープンなのはクレドーのおかげです。私自身、新入社員時代は上司の目の届かないところで思うように仕事をさせてもらいました。型にはめることはなく、新入社員の意見でもきちんと耳を傾けるカルチャーがあります。

 

若松 1982年に起きたタイレノール毒物混入事件におけるJ&Jの迅速な商品回収などは、経営史上に残る優れた危機対応として語り継がれています。このような行動が可能だったのは、やはりクレドーの存在が大きかったように感じます。

※1982年、第三者によって『タイレノール』にシアン化合物が違法に混入された事件。J&Jはクレドーに基づいた迅速・誠実・公正な対応で、消費者の信頼を取り戻した

 

日色 当時のジェームズ・E・バーク会長は本当に良い判断をしました。クレドーで大事なのは、壁に掛けておくことではなく、生きたものにする取り組みです。実際に、同じような理念を掲げている会社はあると思いますが、J&JのCEOは本当に多くの時間をクレドーに使っています。CEOはメディアの前でも社員の前であっても、クレドーについて話さないことはほぼありません。

 

若松 経営理念に向き合う経営者の本気度が伝わってきます。私自身が社長であり、コンサルタントという立場からも、経営者が経営理念を浸透させる鍵を握っているというご指摘は非常に共感します。

 

日色 経営者の立場になると大切さがよく分かります。クレドーは、あれこれと議論しなくても社員が共通認識を持つ求心力の源。「クレドーを守らない人はJ&Jで働かなくてもよい」とされていることを社員は知っていますから、コンプライアンスに違反することなく、その手前で踏みとどまれます。経営者になってみて本当に「クレドーがあって良かった」と痛感しますし、同時に「これが一度腐ってしまったら二度と戻らない」という気持ちになる。だから、“水と栄養”を与え続けているのです。

 

 

ヘルスケア領域の生命線はイノベーションにある

 

若松 クレドーでは、責任の優先順位が明確にされています。第一は顧客に対する責任ですが、顧客のニーズに応えるための研究開発、いわゆるイノベーションにも力を入れていらっしゃいます。

 

日色 ヘルスケアを事業領域とする当社の開発テーマは、“unmet needs(まだ満たされていないニーズ)”。薬や医療機器には、まだ満たされていないニーズがたくさん存在します。また、市場に大きなインパクトを与えるには、イノベーションが必要です。J&Jグループでは年間1兆円の研究開発費を投入していますが、投資基準は「より大きなインパクトを与えられる領域」であること。どの企業が開発しても同じような商品となるような分野は対象になりません。ヘルスケアの生命線はイノベーションです。研究開発には10年かかりますから、どの領域に投資すべきかを踏まえてコーポレート・ポートフォリオの入れ替えを行っています。

 

若松 ポートフォリオそのものがイノベーションを生み出す方程式になっているわけですね。その成果として業績面では34期増収が続いています。経営者として数字にはどのように向き合っていらっしゃいますか。

 

日色 当然、営業や利益には目標があり世界中で伸ばしていこうと取り組んでいますが、ヘルスケアは商品を押し売りするような分野ではありません。例えば、より効く他社の薬があるのに自社商品を押し売りするのは、クレドーにある顧客に対する責任と照らし合わせても間違っています。イノベーションで負けたのなら仕方のないこと。ですから、研究開発におけるポートフォリオの質はとても重視しています。5年後、10年後を見据えてポートフォリオを構築しています。

 

若松 そのような視点から、日本のマーケットをどう捉えていますか?

 

色 マーケットサイズが大きいだけでなく、少子高齢化など課題先進国である日本のソリューションは海外にも影響を与えるはずです。イノベーションの領域でも、技術開発力があってシーズも豊富。顕在化している課題と開発の種が豊富にある有望な市場と捉えています。

 

 

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