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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2018.05.31

人材の多様性が会社を強くする:首都大学東京 大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子氏 × タナベ経営 若松 孝彦

 

若い人材の登用・育成で会社の未来に活力を

 

若松 一方、ホールディングス化によって子会社が増えることは、社長教育の場としてメリットが大きいとも感じています。

 

松田 社長育成のために子会社の経営を任せるのは良いと思います。子会社社長のポジションをOB対策に使うのはいいかげんやめた方がいい。次世代経営者の育成の場とすべきです。そうした機会に経営経験を積まないと、事業の親玉としては優秀でも経営のできない社長になってしまいます。事業の親玉はひたすら連続的な事業の改善、右肩上がりの成長を目指せばよいのに対して、経営者は事業のみならず財務や組織といったさまざまな要素を見極めた上で、相反する利害の中で全体としての最適解を求めなければなりません。時には事業撤退や事業ポートフォリオの入れ替えなど非連続的な手も打っていく必要があります。

 

若松 自ら乗っている船を沈める決断は自らできませんから、所属する事業を永遠であると思い込みます。撤退戦略を描けないのが子会社や事業の親玉的リーダーの問題です。バランスシートやキャッシュフロー、経営資源配分について全社的、またはグループ全体で理解しないまま、損益を立てるだけで社長になっては正しい意思決定が下せません。

 

松田 プロ野球と同じです。名プレーヤーだからといって名監督になれるわけではありません。せっかくプレーヤーとして申し分のない経験があるのですから、マネジメントのトレーニングとして子会社の経営者にすることは非常に意味があると思います。

 

若松 私たちもそのようなコンサルティングプログラムを提供するケースが数多くありますから、非常に共感します。経営者としてのトレーニングを積めば、新しいアイデアを持った若い世代に経営を任すことができます。世界と比較しても日本の経営者は高齢です。上場会社の平均は59歳、中小企業は60歳を超えるなど年齢が高くなっています。松田先生は「暴走老人」「逃走老人」という表現でご著書でも指摘されていますね。

 

松田 私の印象ですが、日本の社長の年齢は上がり過ぎています。海外では70代の経営者は非常に少ないですよ。40代、50代の働き盛りの世代が主流ですし、30代の経営者も決して珍しくありません。特に日本の大企業は社長になるまでのプロセスが長すぎます。早い時期に選抜してマネジメントを学んでもらい、40代、50代の方に経営者としてもっと活躍していただきたいですね。

 

若松 組織改革をしても、社長の年齢はなかなか若返りません。私はコンサルティングで承継のお手伝いをする機会も多々ありますが、ご子息・ご令嬢に代替わりすると周囲も若返って、会社全体に活力がよみがえります。私は300社以上の企業再生コンサルティングも経験していますが、再生を引き受ける条件として、経営者の若返り、次世代経営者の有無について重視してきました。

 

松田 日本の元気のなさの要因は、若手社員が活躍できないところにもあるように感じます。日々、学生と接していますが、いまの学生は「入社して10年間は雑巾がけ」と言われても納得しません。やる気の高い学生ほどライバルは海外の同世代だと考えていますから、このままでは活躍の場を求めて人材が流出してしまいます。

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新しい価値観を模索するためにも、「違うことを考える頭」がたくさんあった方が有利です。

 

ダイバーシティーが競争優位性を生む

 

若松 若手社員だけでなく、女性や外国人、障がいを持つ方など、多様な人材の活用は企業にとって大きな課題です。ダイバーシティーに取り組む企業が増えていますが、先生は現状をどのように感じていらっしゃいますか?

 

松田 企業にとって多様性が大事なのは基本ですから、どんどん推進していただきたいと思います。ただ、今はダイバーシティー=女性活用になってしまっている点は残念ですね。ダイバーシティーは女性だけではなく会社全体の問題です。ダイバーシティーを推進する部署の責任者に象徴として女性を登用するよりも、むしろ会社にとって花形部署のエース人材を選んでほしいと思います。社内の注目度が高まりますし、会社の本気度が社員に伝わります。また、日本企業における一番のダイバーシティーは中途採用社員です。自前主義がまだまだ強いですが、第三者の目を持った人材が身内になって働いてくれるメリットは計り知れません。これも、ほんの数名入れる程度ではダメですが、一定割合を超えると会社が大きく変わっていきます。

 

若松 タナベ経営では新卒と中途の採用がほぼ半々ですが、中途採用社員は一人一人違った経歴や知見を持っていますから話していても発見が多くて飽きません。その中から新しいアイデアが生まれることも多々あります。中途採用社員が増えていくと、ダイバーシティーが進んでいくことは間違いありませんね。

 

松田 もう1つ。「出戻り社員」についても強くお勧めしたいですね。何か問題があって退社された方は別ですが、外で武者修行をしたり新たな知識やスキルを身に付けたりした人材は喜んで採用すべきだと思います。

 

若松 なるほど。自社のことをよく知る客観的な目を持った貴重な人材と言えます。現状は、働き方改革の一環としてダイバーシティーに仕方なく取り組んでいる企業もありますが、私は顧客の価値の変化に会社の構造を合わせていく意味でも、必要だと考えています。現在、あらゆるマーケットにおいて女性消費者の影響力が大きくなっていると感じています。消費マーケットの要請、顧客価値への対応の観点からも必要なのだと。残念ながら「男性限定マーケット」は縮小しています。クルマ、パチンコ、スナックなどですね(笑)。だからこそ、女性活躍が重要なのだと、私は提言しています。女性管理職を何人にするなどの目標数値も必要なのですが、それ以上に経営の現実が変化してきています。

 

松田 人類の歴史は「蒐集」の歴史であり、資本主義は蒐集するのに最も効率的なシステムであったといわれます。一般的な言葉で言えば「所有」に対する欲望ですね。女性に比べて男性は所有欲が強いともいわれますが、「マイ」ホームや「マイ」カーなどに象徴されるように、所有欲が経済を成長させる1つの原動力だったことは確かです。しかし、この流れがそろそろ終わりを告げていることは、シェアリングエコノミーが広がっていることからも明らかです。所有欲を前提として成り立っている産業はこれから大変でしょう。そうした前提から抜け出して新しい価値観を模索するためにも、「違うことを考える頭」がたくさんあった方が有利です。ダイバーシティーが競争優位性の一環というのは、おっしゃる通りです。

 

若松 シェアリングエコノミーなどの価値観の変化に気付く感覚は、企業のものづくりや意思決定の鍵になります。ですが、社内の人材が偏っていると感覚は鈍ってしまうもの。多様性が会社の強みとなって高度なサービスを提供できるように、私たちも本質を追求していきたいと思います。本日はありがとうございました。

 

首都大学東京 大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子(まつだ ちえこ)氏
東京外国語大学外国語学部卒業。仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士。筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。日本長期信用銀行、ムーディーズジャパン格付けアナリストを経て、コーポレイトディレクションおよびブーズ・アンド・カンパニーでパートナーを務める。2006年にマトリックス株式会社設立。11年より現職。企業経営と資本市場に関わる豊富な経験を生かし、企業の経営戦略構築・中期計画立案支援、グループ経営、コーポレートガバナンス、情報開示、M&A支援などに関するアドバイザリー、研究および教育を行う。日本CFO協会主任研究委員。公的機関、上場企業の社外役員などを務める。主な著書に『格付けはなぜ下がるのか?大倒産時代の信用リスク入門』(日経BP社)、『戦略的コーポレートファイナンス』『成功するグローバルM&A』(以上、中央経済社)、『グループ経営入門』(税務経理協会)、『これならわかるコーポレートガバナンスの教科書』(日経BP社)、『コーポレートファイナンス実務の教科書』(日本実業出版社)など。

 

タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ・たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院 (経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

 

 

 

 

 

 

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