TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

プラットフォーム型ホールディングス

事業会社に必要な経営資源を持ち株会社が提供するプラットフォーム型ホールディング経営が増えている。事業を創出し経営者を育む、逆三角形型組織モデルの強さに迫る。
2021.07.01

クリエーティブを生み出すデザインリテラシー:温泉道場

 

 

 

 

閉鎖や経営難に直面した温浴施設を譲り受け、リノベーションを手掛ける温泉道場。風呂とカフェが融合した新しいスタイルの空間とサービスで人気を集める温浴施設は、地域コミュニティーの発信拠点へ生まれ変わり、認知度を高めている。

 

 

心地良い空間とサービスの「おふろcafé」

 

温泉道場の創業者である山﨑寿樹氏は、全国2000軒超の温浴施設を訪ね歩いたフィールドワーカーだ。

 

「スーパー銭湯や健康ランドなど、どの温浴施設も同じようなサービスで、まるで金太郎あめのようでした。そんな業界に一石を投じる店やブランドをつくりたかったのです」(山﨑氏)

 

経営コンサルティング会社で温浴施設の運営を支援していたとき、その手腕を見込まれて施設オーナーから経営を託され、2011年に同社を起業。ユーザー視点に立った店づくりを考え抜き、2年後の2013年、閉鎖された温浴・宿泊施設をリノベーションした「おふろcafé utatane」を埼玉県大宮市で開業し、自社ブランドを立ち上げた。

 

風呂でリラックスし、ラウンジでコーヒーを味わい、コミックやマッサージチェアなどの無料サービスも堪能できる。機能性とデザインセンスを併せ持つ、従来の温浴施設にない空間とサービスは、業界に波紋を起こした。

 

「風呂は地域コミュニティーのハブになる施設です。そこを1つのメディアと捉えて、その地ならではの価値や魅力、文化を発信する拠点に変え、居心地も良くして、地域のショールームのような存在にしていこうと考えました」(山﨑氏)

 

8年目を迎えたおふろcaféブランドは今、地元・埼玉を中心に直営店・FC(フランチャイズ)店を合わせ、7店舗に増加。他にも3つの温浴施設を展開する同社は、全国の温浴施設の運営サポートや農園キャンプ場とコラボしたリゾート開発、遊休不動産の新規開発事業の可否診断なども手掛ける。民間企業だけではなく自治体からも保有施設の再生を託され、埼玉県越生町の温浴施設は、2019年にホテル&スパのリゾート施設「O Park OGOSE」へと生まれ変わった。

 

「不採算・老朽化の温浴施設を居抜きでリノベーションし、事業再生を行っています。昔からあるものを否定するのではなく、長所を伸ばす考え方を大事にしています」(山﨑氏)

 

それは、同社の行動指針「長所進展:良いところをとことん伸ばす」を実践する姿だ。過去の施設オーナーたちは、長所に気付かずに、あるいは気付いても伸ばし方が分からずに行き詰まっていたという。

 

「競合店をリサーチするだけでも、自社の価値とポジションが相対的に分かります。また、当社は必ず事業再生の全責任を負います。自治体の施設は、指定管理ではなく長期賃貸契約で物件をお預かりし、全て当社の責任のもとで自社投資を行っています。制約の枠組みや意向を伺う必要がない自由度の高さも、事業再生にはとても重要です」(山﨑氏)

 

官民を問わず全国の温浴・宿泊施設から事業再生の相談が数多く寄せられるが、実際に手掛けるのは50分の1程度。安請け合いしないのは、再生が決して簡単ではないからだ。おふろcaféブランドの各店舗にもコロナ禍が直撃し、厳しい状況にあるが、3密を回避するアウトドアのアクテビティーやグランピングなど、新たなサービスで反転攻勢を仕掛けている。

 

「しっかりとマーケティングし、変化に合わせてポートフォリオを変えていくのが、経営者の役割だと再認識しました」(山﨑氏)

 

 

全国に7店舗を展開する自社ブランド「おふろcafé」。地域活性化と人材育成の仕組みとして「2018年度グッドデザイン賞」(日本デザイン振興会)を受賞した

 

 

 

グランピング温浴施設「おふろcafé bivouac(ビバーク)」(左)、1号店の「おふろcafé utatane」(右)

 

 

体験価値を提供する「イケ店視察研修」

 

これまでに培った経営資源の長所に気付き、伸ばす。おふろcaféブランドは、その良きソリューションモデルとなっている。

 

1号店のおふろcafé utataneは、鉄道博物館に隣接する鉄道ファン向けの宿泊付き温浴施設のターゲットを女性向けに転換。のんびりとうたた寝しながらくつろげる居場所をデザインコンセプトに、ワークショップやライブなどのイベントも開催している。フリータイム制で、顧客自ら「ワクワクする楽しみを見つける」スタイルを提案し、新たなファン顧客の開拓に成功した。

 

また、O Park OGOSEでは、もともとは温浴施設が中心にあるバーベキュー場だったが、自然豊かな里山の立地を生かす宿泊キャンプやバーベキュー場のサービスを強化し、新たな収益の柱に育てた。それぞれのデザインコンセプトで独自のワクワクを体験価値として提供できるのが、おふろcaféの特長だ。

 

それが可能な理由を、「インハウスのクリエーティブ力があること」と山﨑氏は語る。20超のプロジェクトを並行して進める温泉道場のブランドデザイン室は社長直轄で、全部門が横軸で連携する「デザイン経営」を推進。視野を広げ、さまざまな価値観に触れながら、デザイナーと他部門の社員がデザインを共通語にコミュニケーションできる組織体制と環境を整備している。

 

だが、同社に視察研修で訪れる施設オーナーからは、外部のデザイン会社の活用法に関する相談が多い。

 

「当社に相談をいただく方の多くは、『お金でクリエーティブを買える』と誤った認識をされています。社長にデザインリテラシーがあって外部デザイナーに委託しても、自社に受け入れる素地がないと良い提案が生かされず機能しません。特に、営業部門にデザインリテラシーがない組織は、ロゴやパッケージなど目に見える部分だけを評価してしまうので、本当に格好良い店や魅力あるブランドはつくれないでしょう。

 

デザインを大事にするカルチャーや組織的なデザイン経営の推進こそが、他社との明確な差別化につながります。そこがFC店や他社の運営サポートでも苦労するところです」(山﨑氏)

 

「職位の高い社員ほどデザインリテラシーを持つべき」と山﨑氏は続ける。一方で、楽しみながら体験を通して育むことも大事にしている。同社では、山﨑氏自らガイド役を務めるバスツアー「イケ店(イケてる店)視察研修」を定期的に開催。視察先の見学、体験を通して未知のデザインや楽しみ方に出合い、運営業務に生かすのが狙いだ。

 

「多様な施設の特徴や見方を知るためのフィールドワークです。センスがない人でも、デザインの重要性を知っていれば、それなりにコミュニケーションができるようになり、次の方向性を導き出せます。戦略・戦術にデザインの一貫性が生まれると、業績にインパクトを与えられる。その手応えを実感しています」(山﨑氏)

 

 

事業再生を成し遂げる原動力の1つが、全社組織にデザインリテラシーを育むデザイン経営だ。デザインを大事にするカルチャーや組織的なデザイン経営の推進が他社との明確な差別化につながっている(左)。温泉道場 代表取締役社長執行役員兼グループCEO 山﨑 寿樹氏(右)

 

 

ブランディングにゴールはない

 

創業時から事業再生に取り組んで10年、想定外の価値や魅力に気付かされることも多かったと山﨑氏は振り返る。

 

「仮説をすぐに修正し、こだわり過ぎないことも重要です。コンセプトは育てていくものですし、正解は時代の変化とともに変わるもの。ブランディングにおいても、ゴールはありません。常に新たな目標を明確に定めていく必要があります」(山﨑氏)

 

評価のものさしが絶えず変化するからこそ、価値の伝え方にも工夫を凝らしている。SNSやメディアでの公式な店舗情報の発信に加え、社員が個々で発信することも奨励する。統一感を重視するブランディング戦略とは対極に位置する取り組みに見えるが、決してそうではない。

 

「公式に発信するきれいな情報は、商業色が強くなってユーザーに伝わりにくいのです。最低限の決まりごとだけ守れば、それ以上は統制せず、適度な素人感で発信してもらうことで、店の支配人やスタッフの顔が見えるようになります。そこから複合的なつながりが生まれ、ニーズもしっかりと拾い上げることもできます。支配人のファンクラブのようなコミュニティーが生まれた店も登場しています」(山﨑氏)

 

自らの言葉で発信することがブランディングを深く考える体験になり、画一化したサービスにならず、社員の成長にもつながる。

 

地元・埼玉県内ではブランドの認知度も年々高まっている。如実に表れているのが採用活動だ。ローカルベンチャーであっても採用に困ることはなく、温泉道場のミッションと価値観に共感する人が続々と入社している。山﨑氏の講演会でも、「おふろcafé に行ったことがある」という聴衆が大多数を占めるようになった。

 

同社は今後も取り組みを広げていく。2020年には飯能信用金庫と地域活性化の包括連携協定を締結。2021年3月にはサバの陸上養殖事業への参入を決め、「おふろcafé 白寿の湯」に生け簀を設けて稚魚を育成し、海のない埼玉県で新鮮なサバが味わえる文化の醸成を目指す。

 

「目標店舗数100店舗や売上高100億円といった数値的な目標よりも、『当社にしかできないこと』を大事にしています。面白い仕事がないなら、創り出して雇用を生む。後継ぎがいないなら、事業を承継しリーダーを育てる。いまあるリソースを最大化しながら人材を輩出することが最上位のミッションです。今後も、温浴事業にとどまらず、地域ならではの課題を解決する仕事や事業を幅広く手掛けていきます」(山﨑氏)

 

 

PROFILE

  • (株)温泉道場
  • 所在所在地:埼玉県比企郡ときがわ町玉川3700
  • 設立:2011年
  • 代表者:代表取締役社長執行役員兼グループCEO 山﨑 寿樹
  • 従業員数:354名(連結、2021年5月現在)
プラットフォーム型ホールディングス一覧へ特集一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo