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【特集】

ライフスタイルカンパニー

約27兆円の市場規模を持つライフスタイルビジネス(アパレル、 ビューティー、 雑貨、 ホーム、 スポーツ・アウトドア)は、いずれもマーケット縮小が予測されている。顧客との共創によって新たな「ライフスタイル価値」を生み出す企業のビジネスモデルに迫る。
2021.04.09

交通インフラの一部を自転車が担うまちづくり:ドコモ・バイクシェア

 

 

非接触で利用できるシェアサイクルは、電車・車に次ぐ新しい交通手段としてニーズが急増している

 

 

都心部で利用者を見かけない日はないほどシェアサイクルが好調だ。
急速な広まりの背景には、自治体や事業者と「ビジネスをシェア」する戦略があった。

 

 

買うものから借りるものへ意識転換が進む

 

「自転車は買うものじゃなくて借りるもの」。数年前にそう言えば、怪訝な顔をされていたに違いない。だが、漕ぐのが楽な電動アシスト自転車を借りたいときに借りて、返却はサイクルポート(専用自転車駐輪場、以降、ポート)のある場所ならどこでも乗り捨て自由。

 

充電もメンテナンスの手間もいらない上、駐輪スペースに頭を悩ませることもないとなれば、都市部での移動手段としてこれ以上便利なものはないだろう。

 

「ポート数が増えるにつれて徐々に便利さを実感いただけるユーザーが増えてきました。それが良い循環を生んでいるのだと思います」と分析するのは、ドコモ・バイクシェア経営企画部 経営企画担当課長の江﨑裕太氏だ。

 

同社の親会社であるNTTドコモが自転車のレンタル事業に乗り出したのは、2011年。初年度こそ利用回数は年間4万回だったが、年々、指数関数的に増え、2019年度には同1200万回に達している。ドコモ・バイクシェアとしてNTTドコモから独立した2015年度(同100万回)と比較して12倍だ。直営とシステム提供を合わせて全国34エリア、登録会員数は直営のみで95万人に上る(2020年12月現在)。

 

 

通信技術のノウハウを生かしシェアビジネスに参入

 

2011年時点で、通信会社であるNTTドコモに自転車という分野との接点はなかった。それにもかかわらず、この分野への参入を図ったのは、自社の強みを生かせるとの目算があったからだ。

 

「シェアサイクルビジネスの肝は、位置情報や会員情報をモビリティーに付けることです。これが会議室シェアのビジネスであれば、有線の通信ネットワークがあれば事足りる。移動するものだからこそ私たちの力を発揮できると考えたのです」と江﨑氏は話す。

 

当時、通信各社はパーソナルな通信を提供するだけでなく、医療や教育分野で通信技術を生かしたビジネスを展開できないか検討していた。全方位で事業の可能性を探る中、温暖化ガスの削減といった環境分野での貢献からひらめいたのがシェアサイクルビジネスだった。環境面で先進的な取り組みをしている北欧で、すでに普及が進んでいたことも追い風となったという。

 

もくろみは当たり、ビジネスは大きく拡大した。市場に他社も次々と参入し、「乗り捨てられるレンタル電動自転車」は一気にメジャーな存在となっていった。

 

 

ドコモ・バイクシェアが提供するアプリでは、最寄りのポートや利用可能な自転車を地図上で探せる。位置情報データの統計分析を用いて自転車の過不足が起こらないよう調整している

 

 

自治体や企業と積極的に連携しラストワンマイルを担う

 

ビジネスを進める上で、ドコモ・バイクシェアは3つの戦略を立てた。それは、どれもシェアリングエコノミーの発想に通じている。

 

1つ目はラストワンマイルを担う乗り物としての位置付けだ。

 

「私たちは、このビジネスを都市交通インフラの一部に組み込まれるものにしたいと考えました。公共交通の充実している都心部で自転車が使われるのは、もっぱら家から駅、駅から会社のラストワンマイルです。ここを補完するものとしてデザインすれば、最もユーザーのニーズを満たせます」(江﨑氏)

 

実際、東京・山手線の各駅前には、必ずといっていいほど、同社の赤い自転車が並ぶ一角がある。電車を降りたユーザーはそこで自転車に乗り換えて目的地を目指す。まるで、自転車が公共交通の一部であるかのようだ。

 

一方、ソフトバンク系のシェアサイクル「ハローサイクリング」は、駅前の「ステーション」(専用自転車駐輪場)における台数はそれほど多くないが、乗り捨てられるステーションの数は多い傾向がある。つまり、家からコンビニエンスストアを経由し図書館へ向かうといった使われ方に向いているということで、ドコモ・バイクシェアと好対照を成している。

 

2つ目は、自治体との共同事業という形を取ったことだ。実は、同社の自転車には「ドコモ・バイクシェア」というロゴが大きく打ち出されているわけではない。「ちよくる」(東京都千代田区)、「baybike(ベイバイク)」(横浜市)、「ぴーすくる」(広島市)など、車体にあしらわれているのは自治体が運営するシェアサイクル事業名で、同社はあくまでもシステム提供やコンサルティングなど裏方の立ち位置となっているのだ。

 

「自治体との共同事業にすることで、区有地の提供を受け、シェアサイクルの費用の一部を負担いただいています。駅前の自転車置き場を丸ごとポートとして提供してくださった例もあります。もちろん、私たちも民有地の確保を進めていますが、自治体と連携しなければ、このスピードでビジネスを展開することは決してかないませんでした」(江﨑氏)

 

公共交通の一部という考え方がベースにあれば、自治体との連携という道は必然だったのである。駅前に大きいポートを設置すれば、放置自転車が減り、駐輪場の管理も必要なくなる。自治体にも大きなメリットがあるのだ。

 

同社にとって大きなターニングポイントとなったのは、NTTドコモから独立した翌年の2016年に、東京都内にある複数の自治体のシェアサイクルサービスの広域連携が実現したことだった。

 

一部を除く区部のサービス利用者は、自転車をどの区で借りてどの区に返してもいい。隣駅ですら行政区が異なる東京都内では必須のサービスであり、ユーザー数の増加に拍車をかけた。

 

3つ目はIT上でのシェアだ。「NAVITIME」「ジョルダン乗換案内」など、知名度の高い経路検索アプリを使うと、同社のシェアバイク利用を見込んだルートが提案される。

 

東京メトロが2020年8月から提供を開始した新アプリ「東京メトロmy!アプリ」では、同社の提供するサービスやポートの情報を踏まえた経路検索が可能。「シェアサイクルを予約する」ボタンを押すと、検索結果を引き継いでドコモ・バイクシェアのアプリが立ち上がり、シームレスに予約できる。

 

現在、さらに快適なサービスを提供するため、JR東日本が提供するスマートフォン向けアプリ「Ringo Pass」にSuicaIDとクレジットカード番号を登録しておけば、Suicaタッチでドコモ・バイクシェアの自転車を開錠できるサービスも展開中だ。

 

 

MaaSを推進しより良い町をつくる

 

近年MaaS(マース、Mobility as a Serviceの略)という概念が北欧を中心に広がり始めている。直訳すると「サービスとしてのモビリティー」となり、全ての移動の予約や支払いがシームレスに1つのサービスで可能になるというものだ。

 

このサービスはフィンランドのMaaS Global 社が開発したアプリ「Whim(ウィム)」が先行しており、ドコモ・バイクシェアはWhimの日本での実用化を目指して千葉県・柏の葉エリアにおいて実証実験を2021年3月末まで行っていた。

 

この取り組みが本格的に始動すれば、ドコモ・バイクシェアはポートの運営だけでなく、アプリの上でも裏方に回ることになる。

 

「アプリのプログラムは公開しており、自由にそれぞれのサービスに使っていただけます。ユーザーにとって使いやすいものになってくれることが、私たちにとってもメリットになりますから」(江﨑氏)

 

課題は、メンテナンスと自転車の再配置だ。ユーザーの利便性を優先すると、自転車の返却場所はどうしても偏ってしまう。通勤や通学での利用が多いため、朝は住宅地から駅に、夕方は駅から住宅地に自転車の返却が集中するのである。

 

同社では、位置情報データの統計分析を行うことで、自転車を先回りして回収し、ニーズが高まりそうな時間・場所に再配置している。また、その際に、タイヤ空気圧や電池残量をチェックしてスタッフが充填・交換も行う。

 

チャンスロスを防ぐにはここで手を抜くことはできないものの、その分人的コストがかかってしまうことについて、江崎氏は「パンクレスのタイヤを使ったり、スポークを折れにくいものにしたりするなど、メンテナンスの手間を減らすことは考えています。再配置に関してもより詳細に分析して、コストの低減につなげていきたい」と話す。

 

「将来は、自転車にとどまらず、電動車椅子など次世代のモビリティーをメニューに加えてもいいかもしれません。健康で環境に優しいまちづくりに貢献することが当社のミッション。そんな機会があれば、積極的に関与していきたいですね」(江﨑氏)

 

 

ドコモ・バイクシェア 経営企画部 経営企画担当課長 江﨑 裕太氏

 

 

Column

個人所有のロードバイクをシェアリングするサービス

シェアサイクルといえば、ドコモ・バイクシェアのように企業や自治体から自転車を借りるのが一般的だが、一方で、近年は個人間で自転車をシェアするビジネスモデルも登場している。個人の自転車を他のユーザーに貸し出す、いわば、宿泊業で例えるなら民泊のようなものである。

 

受け渡しのアポイントはアプリ上で行う。貸し出されているのは趣味性の高いロードバイクやマウンテンバイクが多い。趣味の自転車を複数台所有している、あるいは、休日にしか利用しないなどといった、乗っていない自転車を貸し出すことで有効に活用できる。借り手は価格の高い自転車を何台でも試せるため、メリットが大きい。

 

ほとんどの事業者は、万一に備えて保険を付帯できる仕組みを整えているため安心だ。ユーザー同士の交流が広がっていけば、新たなビジネスチャンスが生まれる可能性がある。また、コロナ禍でも取り組める趣味としてサイクリングを楽しむ機運は高まっている。今後の業界の動向が注目される。

 

 

PROFILE

  • (株)ドコモ・バイクシェア
  • 所在地:東京都港区虎ノ門3-8-8 NTT虎ノ門ビル6F
  • 設立:2015年
  • 代表者:代表取締役 堀 清敬
  • 売上高:20億円6400万円(2020年3月期)
  • 従業員数:48名(役員・派遣社員含む、2020年12月現在)
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