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【特集】

サステナブル農業

離農や高齢化に伴う担い手不足、耕作放棄地の拡大、食料自給率の低下といった問題に直面する日本の農業。作業の効率化・省人化や面積当たりの収穫量アップなどの課題を最先端の技術で支えるアグリテック企業の取り組みに迫る。
2021.03.01

障がい者の生きがいを創る「農福連携」:三重県障がい者就農促進協議会

 

 

収穫の様子
障がい者一人一人に合った職場をコーディネート。「農業ジョブトレーナー」が就農をサポートする

 

 

農業の多様な担い手の確保と、障がい者の新たな就労の場の創出へ――。異分野だった「農業」と「福祉」をバランス良くつないで「架け橋」となる取り組みが成果を上げ、全国から注目を集めている。

 

 

経営者と行政、教育が連携し育む

 

経営と社会貢献、働き手の確保と、障がい者がいきいき働ける場づくりをつなぐ。その思いから発足し、2021年に6年目を迎える三重県障がい者就農促進協議会(以降、協議会)。代表理事の中野和代氏は「障がい者雇用率が全国最下位を争う状況を変えようと、三重県は県を挙げて取り組み、『農福連携』はその取り組みの1つ。その実現には、農業、福祉、企業、行政、地域、それぞれをつなぐ、中間支援的役割が必要と考えました」と語る。

 

協議会設立の胎動は、地元企業の経営者の手で生まれた。農園芸分野で障がい者の就農を支援する緑生園(名張市)代表取締役社長の前川良文氏と、自ら事故で障がい者となり、健常者と同様に働ける職場・環境づくりに取り組むレグルス(鈴鹿市)代表取締役社長の伊藤良一氏だ。

 

現在は協議会の業務執行理事を務めるこの2人が、農福連携による障がい者雇用の推進を開始。県の農林水産部も、担い手不足の解消を目指して一緒に動き出した。

 

中野氏は、特別支援学校の校長を務めていたころ、国の施策で教育現場が「養護」から「特別支援」へと変わる中、障がい者が自立した日常生活を送れるように、お金の自己管理や職場体験学習など、新たな学習指導を実践。人材育成の視座と実績を併せ持つ中野氏に、協議会のかじ取りが託された。

 

「前川さんと伊藤さんの先見の明に加え、協議会が公平な立場で、農業と福祉のどちらにも偏らず、教育の観点から話をさせていただくことで、農福連携が受け入れてもらいやすいと感じています」(中野氏)

 

協議会が真っ先に取り組んだのは、農業ジョブトレーナー(以降、JT)の育成だった。JTは、自分に合う仕事を見つけたい障がい者と、働き手を求める農業者の間に立ち、マッチングへと導く役割を担う。養成講座を開催し、2020年度までに395名の修了者が輩出した。

 

また、農業経営体が行う障がい者雇用や作業委託の推進、障がい者が作る農産物の販売や企業との連携による新商品開発の促進など、農福連携の支援拡充策を推進。厚生労働省三重県労働局「令和2年障害者雇用状況の集計結果」(2021年1月15日)によると、三重県の2020年の障がい者雇用率は全国22位へ向上し、県内民間企業の実雇用率は7年連続で過去最高を更新中である。

 

 

 

農業分野における障がい者雇用の支援体制

 

 

向き合うことの大切さと難しさ

 

「農業に取り組む福祉施設が飛躍的に増え、農業経営体への就職も少しずつ増えてきています。それでもまだ、県全体の取り組みにはなっていないのが現状です」(中野氏)

 

農業と福祉の連携は地域を活性化する期待が大きい。JTを目指す研修参加者は、障がい者が利用する福祉施設の職員、農家、自治体の農政担当者、農業部門を設立する企業など多様である。

 

関心の高まりは追い風だが、その風を吹かせるのは協議会の役割だ。養成講座は、開講した当初から単なる「学びの場」ではなく、「活動の広がりを生む啓発の場」と位置付けてきた。参加者同士が情報を交換することなどを通じて、農福連携の仲間としての強いつながりが生まれるため、リピーター参加者は多いという。

 

2日間の研修カリキュラムは、仕事の都合に合わせて部分受講を可能にし、参加しやすさを重視。JTのチーフとして実践指導に当たるのは、中野氏が農林高校の校長を務めていた時代に、部下であった中西則夫氏。百人百様の生徒を上手に育ててきた農業実習教員の指導ノウハウが生かされている。

 

「一人一人の特徴を観察し、その人に合った声掛けをできるようになるのが大切です。研修では農業と福祉の基礎知識を身に付けますが、一対一で障がい者としっかり向き合い、力になりたいと思える方なら誰でもできると伝えています」(中野氏)

 

もちろん、障がいの種類や度合い、特性が異なる障がい者にマッチングする農家や農作業を見極め、的確に支えるのは簡単なことではない。JTが障がい者の就農支援を行う場合は、作業内容や生活環境、既往歴などを確認。最初の1週間は、農作業を付きっきりで指導しながら障がい者の行動を観察する。会話が成立し、指示が理解できるようになれば、仕事を任せるには、どのように指導をすればよいかを見極めていく。

 

「サポート期間は1カ月。長くても3カ月としています。そんなに短期間で見極められるのか、疑問ですよね。しかし、期間が長くなるとJTを頼ってしまって、いつまでも自分で判断して動こうとしないのです」(中野氏)

 

期間だけでなく、JTとしてどのような人物を派遣するかも重要だ。しっかり向き合おうとしたJTが、初対面で根掘り葉掘りヒアリングした結果、翌日から障がい者が職場に来なくなるケースがあった。「少しずつ障がいを理解しながらJTにサポートしてほしかった」という障がい者の声は、「しっかり向き合う」ことの大切さと難しさを物語っている。

 

JTの育成だけではない。団体会員97件、個人会員180名で構成される協議会は、農作物の直売イベント・マルシェの開催など販路の開拓・拡大や加工商品の開発など、農福連携が持続できる道づくりも推進している。JAのファーマーズマーケットや百貨店催事へは、協議会が窓口となり交渉役を担い、価格設定や商品の並べ方などを出店者に教える。JAや百貨店は社会貢献のイメージアップにつながるため、Win-Winの関係を築いている。

 

 

就農施設での苗植えの様子(左)イチゴハウスで行われた実践的なJTの研修(右)

 

 

障がい者の自立と地域の元気を生み出す

 

啓発から始まった農福連携は、信頼を高めるブランド化へ結び付こうとしている。「『協議会と連携している農家の野菜はおいしい』といわれる作物を作り、市場やレストランからの注文栽培や委託栽培を増やしていきたい」と中野氏は話す。

 

三重県は47都道府県が参加する行政ネットワークの事務局を担っており、協議会の取り組みを参考に農福連携の課題を集約し、国に政策実現を要望している。最も注力するのが「ワンストップ窓口」の創設だ。

 

「担い手が欲しい農家さんと、働き口を探す障がい者さん。互いの声が届き、そこへ行けばコーディネーターやトレーナーがいて、マッチングを軌道に乗せてくれる。そんなワンストップ窓口を全国へ広げようとしています。三重県では私たちがその役割を担っていますし、香川、島根の先進県をはじめ、静岡や岐阜などでも始まっています」(中野氏)

 

県独自の課題もある。兼業農家が多く正規雇用が難しいことだ。繁忙期は農作業に従事し、それ以外の時期には違う仕事をするといったように、障がい者の自立を可能にする仕組みが必要となる。障がい者が働く対価を高め、将来のキャリアをどう描き出すかが重要なテーマだ。

 

「雇用労働と対価の給料ということだけに捉われる必要はないと思います。障がい者が親子で小規模な田畑を耕す姿があってもいい。農家や福祉施設と一緒に、働き手として地域の方と共に生きる。そんな環境を三重県で実現するという夢を、私たちは抱いています」(中野氏)

 

それは決して夢物語ではない。いま、地産地消による環境ロスの低減など、積極的に地域を担い共生する経営が求められている。社会貢献にとどまらず、商品開発や品質・収益の向上など「自社の価値づくり」へと生かすことが、障がい者の自立と自信、地域の元気や活性化を生み出す力となっていく。農業部門の新設を含め、障がい者雇用を検討する企業へのアドバイスを中野氏に聞いた。

 

「自社の事業活動の何につながるのか、できることは何か。ビジネスの視点から考えていただきたいですね。農福連携への理解を高めるだけでなく、中身をより良くしていく力がビジネスにはありますから」(中野氏)

 

 

三重県障がい者就農促進協議会 代表理事 中野 和代氏

 

 

Column

農業だからできる「私の仕事」づくり

収穫野菜を手にした障がい者に笑顔があふれ、農作業をするほど元気になる――。そんな声が農家や福祉施設から届くたびに、障がい者雇用の確保と農業人口の拡大につながる農福連携のメリットがふに落ちると、中野氏は語る。

 

「百の仕事をこなすことから“百姓”といわれるように、農作業は、土づくり、種まき、草取り、収穫など仕事が多岐にわたります。障がい者にとっては、農業の分野で得意な作業を見つけやすいと言えるでしょう。一人一人が『私の仕事』を見つけ、役割分担し、グループで仕事を進める――。それは、農業だからできることです」(中野氏)

 

さらに協議会では、「農業で働きたい人」を育てたいと、三重県教育委員会及び三重県立特別支援学校(知的障がい)と連携し、「特別支援学校における農業教育プログラム」を作成し、「作業学習」の取り組みを支援。また、高等部の進路指導の一環として実施されるインターンシップにJTを派遣し、卒業後、そこで働くことを念頭に実習の指導に当たり、農業経営体の方々に、対象生徒の障がいの特性や作業の指示の出し方などを伝え、就農に向けたサポートを行う。

 

農業の好きな人が育ち、自立した暮らしと生きがいへの進路として、地域に働く場がある。その地で暮らす「全ての人を生かす」挑戦が、農福連携の真価と言えよう。

 

 

PROFILE

  • (一社)三重県障がい者就農促進協議会
  • 所在地:三重県津市桜橋2-142 三重県教育文化会館1F
  • 設立:2015年
  • 代表者:代表理事 中野 和代

 

 

 

 

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