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【特集】

サステナブル農業

離農や高齢化に伴う担い手不足、耕作放棄地の拡大、食料自給率の低下といった問題に直面する日本の農業。作業の効率化・省人化や面積当たりの収穫量アップなどの課題を最先端の技術で支えるアグリテック企業の取り組みに迫る。
2021.03.01

建設会社がつくる新しい農業のカタチ:東レ建設

 

 

高床式砂栽培農業施設「トレファーム」
過酷で難しかった農業を楽しく簡単な軽作業に変え、砂遊びの感覚で誰でも取り組める

 

 

栽培技術の継承、担い手となる人的資源の確保、そして地域価値を高めるコミュニティーづくりも、最新のICT・IoT技術で全てパッケージ化。農福連携から地域ブランディングへとつながるビジネスモデルで、人と農業がつながり、シェアする暮らしが始まろうとしている。

 

 

「農業×福祉」の連携にビジネスチャンスを見いだす

 

「高床式」と聞くと、古代の倉庫を思い浮かべる人が多いだろう。だが、21世紀の令和時代においては、新しい農業をひもとくキーワードになる。東レグループで建設事業と不動産事業を担う東レ建設が実証実験を行い、事業展開を進める高床式砂栽培農業施設「トレファーム」がそれだ。

 

腰の高さの栽培ベッドに砂を敷いて立ち座りの動作を解消し、プログラム化したワイヤレス灌水システムで手間のかかる水・肥料やりも自動化。ビニールハウス内の土壌温度はセンサーで感知され、リアルな画像データとともに遠隔管理する。楽に楽しく無理なく安全に農作業ができる場を提供し、地域雇用も創出する新しい農業ビジネスモデルである。

 

「初心者や高齢者、車いすの障がい者など、さまざまな人がおいしい野菜づくりを経験し、その方々の働く楽しさが健康や長寿命につながる。そんな新しい農業のカタチを作り出せると考えました」

 

そう語るのは、2017年の事業発足時からトレファーム事業推進室の室長を務める北川康孝氏である。ビジネスの可能性を見いだしたのは、高齢者や障がい者が農業を通して自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み「農福連携」のフィールドだ。北川氏には、農作物を作るだけではない農業モデルがあってもいいという確信があった。その実現に向け、東京農業大学(東京都世田谷区)と共同研究で挑んだのがトレファーム砂栽培における農業の新しい「セオリーづくり」である。

 

「東京農業大学野菜園芸学研究室の教授、峯洋子氏が、私たちが目指す新しい農業のカタチに共感してくれました。栽培研究だけでなく、高齢化や担い手の減少、技術継承の難しさなど、農業が抱えるさまざまな問題も解決できるように、と」(北川氏)

 

砂と液体肥料で栽培するため土づくりの必要がなく、連作が可能で、足腰への負担も少ない高床式砂栽培の良さをどう生かすか。配合する液肥の種類や点滴の回数とタイミング、栄養価や味わいに優れ、鮮度も長持ちする高品質野菜の栽培に適した土壌や養分を管理するために、栽培ノウハウとICT・IoT技術を組み合わせて、「健全に生育する新しいセオリー」を確立する。特に重視したのが「シンプルさ」だ。

 

「農業で最も難しいのは、土づくり、肥料選び、水やりと肥料やりのタイミングです。それを灌水システムで自動化すれば、人が行う作業は、種まき、苗植え、収穫、根取り、砂洗いの5つだけ。どれも楽で楽しい作業です。砂遊び感覚でトマトやメロンなど、付加価値の高いさまざまな農作物を高品質で安全に栽培できる。何よりも、誰でもできて、楽しめるのがトレファームの強みです」(北川氏)

 

 

 

高床式砂栽培
独自の農法で、おいしさや収穫後の鮮度が日持ちする、連作障害が起きにくく環境にも優しいなど、さまざまなメリットを生み出す

 

 

地域のサポーターやパート雇用を創出

 

誰でもできる農業を実現するトレファームにはもう1つの特徴がある。「シェアリング農業」への挑戦だ。

 

「貸農園とは違う農業へ新しい入り口をつくるアイデアです。実現には、誰でもおいしい野菜を作れる実証プロセスも必要でした。実証実験農園を立ち上げ、シェアリング農業というカタチで地域の方に参加いただけるようにしようと考えました」(北川氏)

 

実証実験農園は、けいはんな学研都市のトレファームラボ(京都府精華町)、グリーンファームかずさ(千葉県君津市)の2カ所に開設。東レ建設が運営するトレファームラボは、地元の住民や支援学校の生徒など200人を超えるサポーターが参加登録した。一方、グリーンファームかずさはプロ農家が運営し、地域のパート社員を雇用している。

 

「新鮮な野菜を楽に収穫したい、農業を身近に感じたいという声が多いですね。トレファームラボは高齢者の比率が高く、男性は居場所を、女性は友人をつくることができるのも魅力のようです。若い方は、地元の京都府立南山城支援学校など団体での参加が多く、不登校だった生徒さんも楽しく続けています。グリーンファームかずさでは、パートで農業をするイメージが薄い中、周辺住宅地にお住まいの農業未経験の方が気軽に参加してくれています。東京都などの都市部や他の地方からも参加いただいています」(北川氏)

 

UR都市機構(横浜市中区)は、2016年に高齢者から子どもまで集う団地の農場として、日の里ファーム(福岡県宗像市)にトレファームを設置。野菜栽培を通じて、生きがいやコミュニティーの形成を進めている。

 

また、伸こう福祉会(横浜市栄区)では、仕事付き高齢者住宅の自主運営農場としてトレファームを活用。働きがいや地域との触れ合い、収入を得られる仕事を通して充実感を生み出している。

 

参加しやすい仕組み「スマイルシェア」も独自に開発した。トレファームの管理者が、IoTで管理する栽培情報を基に、人の手で担う5つの農作業の種類、作業時間、必要人数を入力。あらかじめ登録されたサポーターの作業希望日時などとマッチングさせることによって、仕事をつくる。管理者は必要なときに必要な人手を、サポーターは短時間でも都合のいい時に集まり、育てる楽しみを分かち合える。

 

作業の種類や時間帯によって過不足はもちろんあります。しかし、それは1日単位の話で、1週間単位で見るとうまくバランスが取れています」(北川氏)

 

トレファーム導入施設の管理者も農業経験のない人ばかりだが、ラボの1日体験ですぐに運用ノウハウを習得できる。

 

「トレファームの管理者に必要なのは、農業の知識よりも『楽しい農業をやりましょう!』と皆を誘える場づくりの力です。一度やれば楽しさはすぐに伝わり、人に勧めたくなるからです。トレファームラボのサポーターには、『楽しく作業しておいしい野菜が食べられるよ』と料理レシピをインスタグラムで紹介し始めた方がいて、今は私たちもサポートして当社ウェブサイトでも紹介しています」(北川氏)

 

育てる楽しみから味わう喜びまで、「農業」が広がっていく。

 

 

灌水化システム
手間がかかり、栽培の経験や勘所が必要な水・肥料やりを全自動化。東京農業大学と共同開発した

 

 

自治体やプロ農家とも連携を広げる

 

トレファームには、東レ建設が建設業界で培ったノウハウも生きている。砂を載せる栽培ベッドは、堅固で汎用性の高い建設資材を使用することにより、安全で作業しやすい高さを実現した。

 

「持続可能なビジネスモデルとして農業に携わるからには生産性は重要です。ただ、効率化だけを目指すのではなく、労働力が足りない数合わせだけでもなく、地域の方と連携して品質を高めることで、生産性も上げていきたいと考えています」(北川氏)

 

品質向上はトレファームの栽培システムがサポートしている。鍵を握るのは、「楽しく農業をする工夫にある」と北川氏は語る。苦しい思いをして高品質の農作物をつくるのは既存の農業の話。楽で楽しいトレファームなら、作業が丁寧になり、品質が向上し、高値でも売れ、結果的に生産性が高まる。農作業を効率良く進めることだけが生産性の全てではないということだ。

 

「土耕栽培や水耕栽培よりも、砂栽培だから上手に育つ品種もあります。トレファームラボではメーカーとの共同研究で、薬品・工業的に使う作物の栽培を進めています。道具は身近なものを使うようにしています。100円均一ショップの園芸コーナーにあるかわいいプラスチック製のスコップなんて、従来の農業では使わなかったもの。でもトレファームの設備であれば、これで十分です」(北川氏)

 

農福連携の事業は、高齢者や障がい者の生きがいづくりに注目が集まりがちだが、トレファームは高品質・高付加価値の農作物を育てる「地域のブランディング事業」として軌道に乗せることで、収益にもつなげる未来モデルだ。それは絵に描いただけの理想ではなく、実現可能な姿と言える。

 

「自治体・行政も農福連携の重要性を分かっていますし、将来的にはプロ農家や専業農家の方々の選択肢にもなっていきたいですね。農業と今まで縁のなかったさまざまな方々とも新たな連携をつくり出して、地域のブランディングを実現し、地域の雇用や活性化に貢献していきます」(北川氏)

 

 

東レ建設 トレファーム事業推進室 室長 北川 康孝氏

 

 

Column

地域農業の拠点となる「ソーシャルファーム」に

真剣なまなざしに歓声を上げる笑顔。トレファームラボで、サポーターとして農業を楽しむ京都府立南山城支援学校の生徒たちの姿だ。そんなシーンがいま、全国へ広がっている。

 

長野県長野市では、日本郵便(東京都千代田区)がトレファームの自社農場で高糖度のフルーツトマトを栽培する「さやまるプロジェクト」を始動。「さやまる」のネーミングは長野市の郵便番号「380」に由来し、オリジナル商品の開発を通して、高齢者も健康に働ける地域雇用の場づくりを目指している。

 

「誰でも簡単にできて、地域の方に参加いただく農業を推進したいという思いは、私たちの理念と同じ。郵便局の通販や銀座の無印良品の野菜コーナーでも、付加価値のある価格で販売しています」(北川氏)

 

地方自治体とも新たな連携を仕掛けている。地元企業を巻き込み、トレファームをコミュニティーづくりに生かし、カフェや保育園も併設。「地域のおでかけ拠点をつくろう」という新たな挑戦だ。

 

海外でも欧州を中心に、CSA(地域支援型農業)の取り組みが増えている。農業が地域の軸となって暮らしのシーンが広がる光景は、トレファームが目指す「ソーシャルファーム」にも似ている。

 

「多世代の地域交流の場となり、地域農業の拠点としてブランド農作物を作り出し、ビジネスとして持続していく。それが私たちの考えるソーシャルファームです」(北川氏)

 

誰でもできる農業が世界へ羽ばたく日も、遠い未来ではないはずだ。

 

 

PROFILE

  • 東レ建設(株)
  • 所在地:大阪府大阪市北区中之島3-3-3 中之島三井ビルディング19F
  • 設立:1982年
  • 代表者:代表取締役社長 冨山 元行
  • 売上高:403億9800万円(2020年3月期)
  • 従業員数:369名(2020年12月現在)

 

 

 

 

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