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【特集】

サステナブル農業

離農や高齢化に伴う担い手不足、耕作放棄地の拡大、食料自給率の低下といった問題に直面する日本の農業。作業の効率化・省人化や面積当たりの収穫量アップなどの課題を最先端の技術で支えるアグリテック企業の取り組みに迫る。
2021.03.01

野菜の自動収穫ロボットで農家を支援:inaho

 

収穫に適しているアスパラガスをAIが判断し、適したものだけをロボットアームで刈り取って搭載されたかごに入れる。
白線でルートをつなげば、ハウスからハウスへの移動も可能だ

 

 

アスパラガス自動収穫ロボットを開発したアグリテックベンチャーのinaho。体への負担が大きい収穫作業を軽減するだけでなく、導入・メンテナンス費無料のRaaS(Robot as a Service)モデルで農家とパートナーシップを結び、二人三脚で「儲かる農業」を目指している。

 

 

体への負担が大きいアスパラ収穫作業を自動化

 

農作物の収穫は過酷な作業だ。時期になると毎日休みなく収穫する必要があり、作業中は足腰に負担がかかる姿勢を取り続けなければならない。

 

農家の高齢化が進む中、こうした課題をAIの力で解決しようと自動収穫ロボットを開発したのが、神奈川県鎌倉市に本社を構えるアグリテックベンチャー、inahoである。ビニールハウスで栽培するアスパラガスの自動収穫ロボットを農家に提供し、収穫作業の軽減に貢献している。

 

「農業×IT」のビジネスを発想したのは2015年ごろだったと、代表取締役CEOの菱木豊氏は振り返る。

 

「AIを使って新規事業ができないかと考えていたとき、米国のブルー・リバー・テクノロジー社がAIを使ってレタスを間引くロボットを開発したと知りました。これは日本の農業にもニーズがあるはずだと考え、鎌倉で農業を営む友人に聞いたところ、畑の雑草取りが大変とのこと。そこで、最初は雑草処理ロボットの開発を想定しました」

 

しかし、その後ヒアリング対象を全国に広げると、「収穫作業が重労働で長時間できない」という悩みを持つ高齢の農家が多いことが分かった。また、耕作面積を増やしたくても、作業の負担が大きいため断念せざるを得ないという事情も知った。自動で作物を収穫するロボットがあれば、多くの農家の経営支援につながる。目標を雑草処理から収穫の自動化に切り替えた。

 

「悩みを聞かせてくれたアスパラガス農家に収穫の仕方を聞くと、腰をかがめながら、収穫用のはさみの上に付いた棒で長さを1本ずつ測り、収穫適期を判断して採るとのこと。負担の大きさを知り、まずはアスパラガスに絞り込んで開発を始めました」(菱木氏)

 

 

※機械学習や画像認識、ロボット技術を組み合わせ、個々のレタスの発育状況を観察して不要な対象にだけ除草剤を投与・塗布するロボット「レタスボット」

 

 

 

 

 

ロボット利用料は収穫高の15%
RaaSで農家の資金負担を低減

 

菱木氏は、実はエンジニアではない。米・サンフランシスコへ留学後、調理師専門学校を経て不動産投資コンサルティング会社へ入社し、キャリアを積んで独立。人工知能について学んだのは2014年ごろからだ。そこで、自動収穫ロボットの開発を引き受けてくれる大学を探し、協力を申し出た研究室と開発に着手した。

 

開発は簡単ではなかった。天気によって明るさが変化する屋外ハウスでアスパラガスと雑草を正確に区別することが難しかったり、作物を収穫するアームが思うように動かせなかったりなどの技術的な課題を乗り越えながら開発を進めていった。同時に、菱木氏は開発資金の確保に奔走。まずは自己資金を開発費に充て、その後は投資ファンドや個人投資家から資金を集めた。

 

約2年の開発期間を経て、菱木氏と共同経営者の大山宗哉氏(代表取締役COO)は、2017年にinahoを設立。実用化に向け、アスパラガス出荷量が多い佐賀県のアスパラガス農家の協力を仰ぎながらロボットを改善していった。2019年8月には、伊藤忠テクノロジーベンチャーズ(東京都港区)などからの資金調達を完了。同年9月、サービス提供を開始した。

 

収穫ロボットは、「収穫開始ボタン」をタップするとハウス内に敷いた白線に沿って自動走行を始め、アスパラガスとそれ以外を識別。収穫に適しているかどうかをAIが判断し、適したものだけをロボットアームで刈り取り、搭載されたかごに入れていく。白線でルートをつなげば、ハウスからハウスへの移動も可能である。

 

アスパラガス1本当たり約12秒で収穫し、稼働時間は最長で7時間。ライトを搭載すれば夜間の収穫もできる。

 

「収穫のスピードは、人の作業に比べるとまだ遅いのが現状です。ただ、ロボットは作業を長時間続けられるので、トータルで考えると、人が行う作業効率とほとんど変わらないと思います。今後は収穫スピードを上げると同時に、かごの交換や充電も自動で行えるようにしたいと考えています」(菱木氏)

 

2020年には、佐賀県の複数の農家がアスパラガス自動収穫ロボットを導入したが、その提供方法は「販売」ではなく「レンタル」。ロボットを無償提供し、利用料で収益を上げるRaaS(Robot as a Service:ロボット・アズ・ア・サービス)モデルである。

 

収穫手数料はアスパラガスの収穫高の15%(2020年12月現在)。農家の実情を考慮し、販売ではなくRaaSモデルを採用したと菱木氏は説明する。

 

 

他作物の収穫ロボット新規開発と海外進出を目標に市場開拓

 

「ロボットの購入には、高額な初期投資が必要です。しかし、農家は高齢の方が多く、今から長期にわたる設備投資はできないという意見が大多数でした。また、自動収穫ロボットはリリースしたばかりで、どのくらいの耐久性があるのかも未知数です。

 

そこで、ロボットの貸し出しとメンテナンスを無料で行って、収穫高に応じて利用料をいただく形が良いだろうと判断しました。故障や不具合があった場合は、当社が持ち帰って修理や部品の取り換えなどを行うフォロー体制も整えています」(菱木氏)

 

開発初期は大学研究室の協力を仰いだが、自社設立後はAIやロボット制御に精通するエンジニアを雇用し、内製化を果たした。今後は農家の意見を聞きながら改善を加えていくという。特にセンサーやカメラは日進月歩で進化するため、より精度の高い画像認識・解析ができるようになる可能性は高い。

 

また、全国のアスパラガス農家生産部会の勉強会などで自動収穫ロボットのデモンストレーションを行い、佐賀県以外の地域への導入拡大も視野に入れている。収穫時の体の負担を感じている農家は多く、菱木氏は確かな手応えを感じているという。

 

inahoの次の目標は明確だ。1つは、アスパラガス以外の作物の自動収穫ロボット開発である。アスパラガス農家は数が多い上に、1年のうち8~9カ月も収穫時期が続くため、自動収穫で負担が大きく軽減される。同様に農家数が多く、収穫時期の長い果菜類(トマト、ナス、キュウリ、ピーマンなど、果実や種実を食用にする野菜)を次のターゲットに定め、開発に着手している。

 

海外進出も視野に入れる。オランダや北米など、農業大国といわれる国々だ。果菜類を多く出荷し、労働者不足や人件費の高騰という課題を抱えている。自動収穫ロボットはこの課題解決に貢献できる。

 

「実は、収穫作業をサポートするだけではなく、異業種である農業分野への参入や、既存の大規模生産者に対して業務分析を行い、テクノロジーを活用して生産性を向上するソリューションの提供も行っています。もちろん自社の技術やノウハウには限界があるので、機器開発や通信関連の企業と連携しながら日本の農業の生産性向上に寄与していきたいと考えています」(菱木氏)

 

着実に前へと進むinahoは、サステナブルな農業の実現に向け、「農家の経営課題」という土壌を耕し続ける。

 

 

inaho 代表取締役CEO 菱木 豊氏

 

 

Column

農家と開発チームをつなぐアグリコミュニケーター

2019年に3つの実証事業・補助金プロジェクト(農業・食品産業技術総合研究機構「労働力不足の解消に向けたスマート農業実証」「イノベーション創出強化研究推進事業」、経済産業省「ものづくりスタートアップ・エコシステム構築事業」)に採択されたinaho。イノベーションやビジネスモデルといった切り口で注目を集めるが、自動収穫ロボットをRaaSモデルで提供するに当たって重要な役割を担うのが、農作業の現場でロボットの導入や運用を支援する「アグリコミュニケーター」だ。稼働ロボットの修理やメンテナンス対応だけでなく、農家とともにロボットを運用して改善要望などを開発チームにフィードバックし、品質向上につなげる役割を担う。

 

現在、inahoのアグリコミュニケーターは5名(2020年12月時点)。自身で農業を営みながら、アグリコミュニケーターとして働く社員もいる。「選択収穫野菜の自動化」という未知の領域に挑む同社は、新しい雇用も生み出しているのだ。

 

 

 

PROFILE

  • inaho(株)
  • 所在地:神奈川県鎌倉市小町1-15-2
  • 設立:2017年
  • 代表者:代表取締役CEO 菱木 豊、代表取締役COO 大山 宗哉
  • 従業員数:16名(2020年12月現在)
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