TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

土木イノベーター

建設後50年以上が経過する道路橋は2033年に6割以上、トンネルは4割以上。「インフラ老朽化」という課題を抱える日本において、新たな技術開発や仕組みの構築で人々の生活と産業を支える「インフラ革新企業」の取り組みと、インフラ・イノベーションの在り方に迫る。
2021.01.29

専門技術者が集結し地域の守り手となる:カナツ技建工業

i-Con etc(アイコンエトセトラ)隊の活動の様子。地域でICT活用を普及させたことが、2017年「i-Construction大賞 国土交通大臣賞」受賞につながった

 

 

ICT化によって建築・土木業界全体が大きく変わりゆこうとしている。地域の各専門家とタッグを組んだ、カナツ技建工業によるプロジェクトチーム「i-Con etc(アイコンエトセトラ)隊」は、これまで縦社会だった業界のスタイルにとらわれず、横のつながりで活動し大きな注目を集めている。

 

 

ICT施工技術は建設業を“ラク”にする

 

1938年に創業したカナツ技建工業は、島根県内で老舗かつ代表的な企業だ。時代の潮流を的確に読みながら、土木・建築事業をはじめ環境・住宅事業など、地元の人々の生活を支え、守る事業を展開してきた。

 

「島根の人間は保守的で、目立つことや大きな変化を好まない傾向にある。しかし、気心が知れると、とことんまで付き合う県民性があります」と語るのは、経営企画室情報技術グループのチームリーダーである木村善信氏だ。地元建築企業の老舗であるカナツ技建工業がいわゆる“目立つ”存在になったのは、この10年のことだと木村氏は振り返る。

 

木村氏が入社したのは2005年。前職の測量機器メーカー販売会社では、数々のソフトウエアを販売してきた。カナツ技建工業は前職のクライアントに当たる。当時から木村氏は、旧来型の建設業に変革が必要だと考えていたという。現場を体験したことがなく、建設業の素人だった。しかし、職人といわれる現場の技能労働者の高齢化、そして若年層の入職者の減少により、労働力不足が懸念され、今後の建設業にはICTの力が必要不可欠だとにらんでいた。

 

木村氏の採用は業界で異例のヘッドハンティングによるものだった。当時、広まり始めた電子商取引による生産性向上を進めようにも、導入してからの生かし方が分からない。「このまま旧態依然とした職人気質の企業だと今後の成長はない」と危機感を抱いたカナツ技建工業は、ICTに詳しい木村氏に白羽の矢を立てたのだ。

 

「入社時、データが持つ力の重要性に気付いている同業他社は県内では皆無でした」と木村氏。2次元のCAD(コンピューター利用設計システム)を触る程度だった周囲を説得し、ICT化に向けて準備を重ね、2013年に福井コンピュータ(福井県坂井市)の情報化施工技術対応システム「エクストレンド武蔵」を導入した。しかし、社内にはシステムがなかなか浸透しなかったと木村氏は話す。

 

「当時はシステムを使うより、巻き尺で測量する方が早いし、楽だったのです」(木村氏)
社内でシステムを使いこなせる技術者が育っていなかったことも要因だった。これでは投資する意味がないと考え、福井コンピュータと連携してオリジナルデータ構築とそれに関わるソフト改善に励んだ。そうして2014年に取り組み始めたのが、現場の基本設計データの“金太郎あめ化”である。つまり、現在の3次元設計データのことだ。

 

当時は2次元の発注図などから日々、翌日の測量計算をしており、施工者、特に若手職員の負担が大きかった。また、ICTの技術を使って基本設計データの3D化を試みた企業はほとんどなく、3次元設計データという言葉すら存在していなかった。そこで現場の設計図のどこを切っても、管理断面と施工図の情報が抽出できることから独自に“金太郎あめ化”と呼んでいたのだ。もちろん、国の援助も保証もなかった。しかし、「これでもっと楽に、効率的に仕事ができるはずだ」と木村氏は確信していた。

 

 

 

 

 

地域を巻き込み業界全体を底上げ

 

ICTへの取り組みが知られるようになった同社は、業界内で目立つ存在になった。そんな折、国土交通省が2016年に「i-Construction(アイコンストラクション)」の推進を発表。

 

当時の島根の建設業はまだ「ICTって何?」という状況だった。そこで木村氏は「自社だけではなく、業界全体の底上げのために、知識・技術を補い合える特別なチームが必要だ」と考え、プロジェクトチーム結成を呼び掛けた。

 

木村氏の呼び掛けに応じて4社が集まった。システム全体をバックアップするソフトウエアの開発・販売会社である福井コンピュータ、測量機器・計測システム商社の山陽測器(広島県広島市)、総合建設コンサルタントの共立エンジニヤ(島根県松江市)、セクトコンサルタント(広島県広島市)である。

 

初めての試みに不安は大きかったが、木村氏は「やるからには心中する覚悟でやってください。チームで1つの現場を終えた時には、会社の売り上げは今より何倍も上がっているはずです」と発破をかけたという。こうして「i-Con etc(アイコンエトセトラ)隊」は結成された。木村氏はi-Con etc隊発足当時のことを、「確信はありましたが、ハッタリもありました」と笑って振り返る。

 

各専門技術者によるi-Con etc隊は勝負に出る。2016年、工期が11カ月にわたる大掛かりな「多伎・朝山道路小田地区改良第12工事」に取り組んだのである。この工事は、地元企業中心の施工体制で、地元建設業のICT活用技術力向上や地域のICT活用普及に大きく寄与したことから、カナツ技建工業としては2年連続で中国地方整備局長表彰を受けた。さらに、2017年には「i-Construction大賞・国土交通大臣賞」を受賞した。国交省管轄のi-Construction対応工事のうち、最も優れた取り組みを行ったと認められたのである。

 

この受賞で中国地方だけではなく、全国にカナツ技建工業の社名が知れ渡った。受賞後は問い合わせが相次ぎ、i-Con etc隊の参加企業の売り上げは右肩上がりを続けている。

 

「知識と情報を交換し合い、そこで得たスキルを使っておのおの仕事を増やしていく。まさにWin-Winの関係ですよね。こんなに面白いことはないと思います」(木村氏)

 

i-Con etc隊が高評価を受けた理由はそれだけではない。工事の期間中、自治体や企業に向けてのICT勉強会や若手技術者向けの研修を積極的に行い、現場の魅力をPRしたのである。また、他の工事でも地域住民に工事を身近に感じてもらえるよう、見学会や触れ合いイベントを開催。建設機械の試乗やコンクリートの塗り絵、手形づくり、社員手作りの顔出しパネルでの撮影などを企画し、大いににぎわったという。地元の工業高校や大学への出前授業にも木村氏は引っ張りだこだ。

 

さらに「コワモテのおじさんが働いている」という子どもたちの建設業へのイメージを塗り替えるべく、工事現場で測量体験を実施。児童に楽しみながら建設業を知ってもらえるよう、測量で実際に用いる端末を、某アニメで登場人物が使うレーダーのように見立てて、特定された位置に隠されたアイテムを探すといったゲーム性を持たせた。

 

「宝探しゲームのようですが、子どもたちは実際にICT技術を使って測量しているんです。それに気付いてくれたかどうかは分かりませんが、楽しんでくれていました」(木村氏)

 

 

 

1 2
土木イノベーター一覧へ特集一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo