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【特集】

ミッション経営

「道徳経済合一」。近代日本資本主義の父・渋沢栄一の経営哲学は、今なお多くの企業家のポラリス(北極星)として輝き続けている。ミッションを掲げ、より良い社会の実現に取り組む事例から、持続的経営を可能にする組織・風土づくりを学ぶ。
2020.11.30

MVVを「自社らしい言葉」で明文化して共通言語に:トゥモローゲート

MISSION(存在意義)は何か、どんなVISION(方向性)で実現するのか。そのために自分たちが守るべきVALUE(価値観)とは ――。全社員がMVVを「自分事」にし、「世界一変わった会社・社員・ 仕事」を目指して、これまでにない「オモシロイ」を創り出す。

 

 

企画からデザイン、形に仕上げるつくり込みまで、全てを内製化。社員の半数以上をウェブクリエーターやデザイナーが占めるトゥモローゲートの本社は「大人も遊べる秘密基地」だ。オフィスでも「オモシロイ」を実現している

 

 

全社員の判断基準はビジョンを言語化した
「ビジョンマップ」

 

真っ暗な玄関通路を抜けると、漆黒に包まれたレジャーアトラクションのような空間にたどり着く。「ブラックカンパニー」(コラム参照)として知られる、トゥモローゲートの本社オフィスだ。

 

これまでにない「オモシロイ何か」が生まれるきっかけづくりをコンセプトに、リクルーティング支援からブランディング戦略へと事業を拡大してきた同社。ブランディング支援サービスを進めるための第一歩として、MVV(MISSION:存在意義、VISION:方向性、VALUE:価値観)を1枚のシートに落とし込み明文化する「ビジョンマップ」づくりが重要だと、代表取締役で最高経営責任者の西崎康平氏は語る。

 

「ブランディングは見た目のデザインを気にしがち。しかし、それは手段でしかなく、本当に大事なのは『誰に対して、何を約束するか』という中身です。だからまず、実現したい会社像、やっていいことやダメなことを明確にし、理念や行動指針を具現化することからスタートしています」

 

事業拡大のきっかけは、社員が10名に増え、同じことを言っても人によって解釈が変わったことだった。西崎氏の思いをくみ取る人がいる一方で、正反対の意味に受け取る人が生まれるのは、なぜか。考え抜いた末に「明確な基準がないから迷うんだ」と答えを出した。そして、MVVのビジョンマップ(【図表】)を役員と1泊2日の合宿でつくり上げた。さらに全社員参加型の合宿も開催し、MVVの達成につなげるための具体的な行動を社員とともに編み出した。

 

「どんな会社をつくりたいのかを私が示し、そのために必要なことを列挙し、特に大事なことを抽出しました。その作業は特別なことや新しいことではなく、普段から考えてやってきたことです。ただ、共通の言語化ができていなかったので、自分たちらしい言葉で再定義することを重視しました」(西崎氏)

 

ビジョンマップ作成に始まるブランディング支援ソリューションは、社内で実践した取り組みの成功事例をサービスとして提供しているのである。

 

「何事も自分たちが最初のモデルケースだと思っています。何をどうすれば、人がもっとワクワク働けるのか、組織として最も生産性の高い状態になるか。やらされ仕事の作業にならず、MVVが自分事になって、もっとこうしたいと言い出せる環境にしよう、と」(西崎氏)

 

MVVが始動した2017年から売上高と利益率は急伸し、顧客単価も約8倍に向上した。

 

ブランディング支援サービスでは、クライアント企業の経営理念をあらためて具体的な言葉にすることでその企業の価値や魅力を再確認し、何を顧客や世の中に発信するべきかを見極める。また、その手段としてウェブサイトやロゴマーク、オフィスづくりをトータルに提案。人事評価制度など、社内制度の構築まで手掛ける。MVVを実現する行動が正当に評価されない限り、MVVは浸透しないからだ。

 

ありふれた「世のため、人のため」ではなく、「規模やシェア、利益でナンバーワンに」でもない。同社らしい「世界一変わった」をキーワードに定めたVISION(方向性)は、全社員の判断基準となっている。

 

 

 

トゥモローゲートの「ビジョンマップ」。MVV(MISSION:存在意義、VISION:方向性、VALUE:価値観)を自社らしい言葉で、明確な基準として示している。「ささる・あがる・ひらく」は社員共通の指標だ

 

 

社員が「オモシロイ」と感じるゴールを設定

 

トゥモローゲートのビジョンマップには、2022年までの中期ビジョンとして、「『大阪で一番オモシロイ』と言われる会社へ」を掲げている。その実現につながる8つのゴールは社員が自ら具体化し、一人一人の役割と責任者も決定した。これによってMVVが「自分事」になり、自分の行き方でゴールにたどり着こうとする自立した人と組織に生まれ変わった。

 

「YES・NOで判断できるゴールを設定し、着実に達成しています。全社の方向性と一人一人の行動がブレないのは、『変わった会社とは何か』『オモシロイとは何か』の指標も明確化しているからです。顧客への企画提案も、社内の新制度や人材採用も、全ての決断を『ささる×あがる=ひらく』の方程式でアウトプットすると決めています」(西崎氏)

 

「ささる」は定性的で、心に突き刺さる感動や驚き。「あがる」は定量的な成果だ。各10項目の状態を指標に挙げ、共に5項目以上を満たせば、「TOMORROW GATE」(明日の扉)を「ひらく」きっかけとして企画の承認が下りる。

 

「ささっても、あがらないなら条件は満たしません。その結果どうなったと思いますか? やること成すこと当社らしくなったのです」(西崎氏)

 

「これ、ささってる?」「それって、あがる要素は何?」と、独自のキーワードが共通語として社内に飛び交い、モチベーションや主体性も高まるようになった。また、面白さを創る環境も充実している。バーやカラオケがあるオフィスは、コミュニケーションや生産性が「あがる」につながる。フルフレックス制度や、毎月最終月曜日は15時出社で土日の休みを有効活用できるブラックマンデー制度は、「ささる」発想が生まれる源泉になっている。

 

MVVの浸透は顧客開拓でも大きな成果に結び付いている。YouTubeやTwitter、FacebookにTikTokなど主要なSNSを自社運用し、種をまくSNS戦略を重視。フォロワー数やツイート数など、社員が発信し世の中に与える影響度に応じて、SNS手当の支給も開始した。積極的な情報発信で知名度を高めることで発注が相次ぎ、売り上げの半分はSNSからの顧客が占めるまでになった。

 

「『トゥモローゲートって、どんなに面白い会社なんだ?』と、顧客からオフィスを訪ねてくれます。新規開拓営業の時間や交通費が不要になり、顧客の課題解決に専念できるメリットも生まれています。

 

ブランドを築くと、顧客を選べるのも強みです。目指すゴールが『普通でいい』なら、大金を積まれても断っています。短期的な売り上げ実績はできても、長期的な信用を考えるとマイナスでしかないのです。当社が取引する顧客=オモシロイ。それが私たちのブランドです」(西崎氏)

 

 

 

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