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ミッション経営

「道徳経済合一」。近代日本資本主義の父・渋沢栄一の経営哲学は、今なお多くの企業家のポラリス(北極星)として輝き続けている。ミッションを掲げ、より良い社会の実現に取り組む事例から、持続的経営を可能にする組織・風土づくりを学ぶ。
2020.11.18

BtoBのオウンドメディアに求められるものとは?:東海バネ工業

2008年からウェブサイト「ばね探訪」を展開する東海バネ工業は取引先に向けモノづくりの現場リポートを発信し続けている。BtoB企業におけるオウンドメディアの役割に迫る。

 

 

ばね探訪

https://tokaibane.com/bane-tanbo/

 

 

自社のビジネスモデルを伝えるメディア

 

消費者や取引先に、広告だけでは伝えきれない自社の商品やサービスの魅力を発信するオウンドメディア。東海バネ工業はいち早くオウンドメディアに着目し、2008年に自社で運営するウェブサイト「ばね探訪」を立ち上げた。

 

一般にオウンドメディアでは「商品開発秘話」や「作り手の横顔」といった形で自社をアピールする企業が多い。ところが、ばね探訪は、自社製品の紹介はごく一部にしかない。これまで、JR東日本、愛知製鋼、三鷹光器など、取引先の事業や製品づくりに対する取り組みを掘り下げ、1社当たり1〜3話、時には4話まで続く連載形式で発信してきた。例えば、JR東日本の現場リポートでは、観光列車として活躍するSL(蒸気機関車)を安全かつ美しく保つなど、車両の維持管理に打ち込む、現場で働く人々の熱い思いを中心につづっており、読み応えがある。このように、他社のオウンドメディアとは一味違う情報発信を続けている。

 

「ばね探訪は、自社製品をアピールする場ではなく、私たちのビジネスモデルを知っていただくためのメディアとしてスタートしました。モノづくりに対する姿勢が当社と近いお客さまを取材し、仕事に対する考え方や社員の方の思いを記事にして紹介しています。当社のばねはお客さまのオーダーに沿って開発や製造をする完全受注生産なので、カタログが存在しません。しかも、ほとんどの商談はウェブサイト経由。ですから、ばねに関する基本知識からビジネスモデルまで、全てウェブサイト上で把握できるように展開する必要がありました」

 

ばね探訪の目的をそう説明するのは、代表取締役の夏目直一氏だ。東海バネ工業の設立は1944年。多くのばね製造会社が大量生産で収益を上げる経営をする中、同社は設立以来の方針である、「多品種微量」を貫いてきた。他社が手を出さない難易度の高いばねづくりに挑戦し、ばねの開発・生産・メンテナンスを通して取引先のモノづくりに貢献してきた歴史を持つ。例えば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)も取引先の1つだ。ロケットや人工衛星などにも同社製品は採用され、800℃やマイナス200℃といった過酷な条件下で使用されるばねも生産してきた。

 

つまり、「ばねで困っている顧客の課題に応える」という自社のビジネスモデルを、ばね探訪を通じて情報発信してきたわけだ。その結果、毎年、新規顧客は100社を数え、これまでに取り引きした顧客数は4500社を超える。

 

 

100°C以上、マイナス200°C以下、海水、工業用水など、さまざまな環境に対応できるばねを小ロットで製造する

 

 

「ヒトづくり」の一環として運営

 

ばね探訪では1号につき1社を紹介し、現在23号まで発行。製作はプロジェクトとして運営されており、リーダーは2、3年ごと、スタッフは1年ごとに交代。営業、製造、工場事務などの各部門から数名がプロジェクトメンバーとして選抜される。そのため、これまでに多くの社員がばね探訪に関わってきた。実はそこに、経営側の狙いがある。

 

「当社では組織横断的なプロジェクトが、常に20件ほど動いています。ばね探訪もその一つで、これらのプロジェクトは『コトづくり』『モノづくり』『ヒトづくり』のいずれかを目的にしたものです。

 

ばね探訪はヒトづくりの一環として始めました。かつては、自分たちが作ったばねがお客さまの製品にどのように使われているのか、社員は知らなかったのですが、ばね探訪の取材を通してどのように役立っているのかが見えるようになった。それによって仕事に対する誇りが生まれ、自然とモチベーションも高くなりました」(夏目氏)

 

メンバーは掲載する取引先を社内で話し合い、アポイントメントを取ったり、取材先と事前に何を取り上げるのかを打ち合わせたりする。

 

実際の取材チームは、社員2名、外部スタッフのライターとカメラマンの4名体制だ。

 

「ばね探訪はお客さまの事業や製品に対する取り組みを紹介することで、対象企業やモノづくりの魅力を発見できる記事です。そのため、手前みそになりがちな当社の製品については触れなくてもいいという前提で取材依頼をしています。

 

実際に取材へ同行する社員は2名ですが、企画段階ではもっと多くの社員が関わっています。また、取材を通してお客さまのモノづくりに対する姿勢を知り、共感する社員が多いです。取材に同行していなくても、ばね探訪を読むことで刺激を受ける社員も多く、インナーブランディングとしても大きな効果を上げています」

 

ばね探訪による現場の変化をこう語るのは、ばね探訪製作リーダーである経営品質グループの田口勝氏だ。プロジェクトメンバーが取材を通して社内外で新しい人的ネットワークをつくり、自分自身の仕事の在り方などを客観的に見つめ直す機会になっているという。社内でのばね探訪の評価は高く、同プロジェクトに参加したいと手を挙げる社員は多い。特に若手社員の希望者が後を絶たず、「ヒトづくり」の一環としてスタートしたばね探訪の狙いは見事に的中している。

 

 

 

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