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【特集】

営業DX

コロナ禍をきっかけに、営業現場にもDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せている。デジタルの活用で、いかに生産性と勝率を上げていくのか。進化するセールステックの事例と、データを価値に変えるデータサイエンティストの育成について紹介する。
2020.10.30

「あなた好み」のセレクトを、リモートで:IKEUCHI ORGANIC

オーガニックとは「本来の、あるがまま」という意味だ。有機栽培でGMO(遺伝子組み換え作物)ではなくフェアトレード、世界的にも稀少なオーガニックコットン100%にこだわるものづくりは、顧客とも「飾らずに素顔が見える関係」を築いている。

 

 

 

 

「おうち時間」の新需要をチャンスに

 

ステイホームが求められた新型コロナ禍で、日々の暮らしに生まれた多様な変化。それはニューノーマル(新常態)として定着し始めている。

 

「在宅時の心地よい過ごし方に使うお金が増えています。当社のタオルも、競合相手は他社タオルではなくTシャツ。どちらが今の自分にとって快適なのかが決め手です」

 

工場・店舗の全消費電力を風力発電で賄い「風で織るタオル」と呼ばれ、世界では「IKT」ブランドで知られたIKEUCHI ORGANIC。代表の池内計司氏は松下電器産業(現パナソニック)の音響機器テクニクスの企画を経て、37年前に家業の池内タオル(当時)の経営を承継し、OEM生産から、オーガニックコットン100%製品のみのテキスタイルメーカーへ成長させた立役者だ。1999年に誕生した初の自社ブランド製品「オーガニック120」のバスタオルは、1枚5060円(税込み)、フェイスタオルが1980円(税込み)。手頃な値段とは言えないが、高級なものづくりは熱烈なファン顧客の支持を集める。

 

新型コロナ禍に伴い直営4店舗の自粛休業を余儀なくされたが、2020年4月25日より予約制で「オンラインZoomストア」をオープン。池内氏は自宅、京都ストアの店長は閉店中の店舗から、2人で1組当たり約40分のリモート接客を続けている。

 

「各店舗で開催する商品説明会は3月以降、全て中止しましたが、お客さまも私たちも互いに『会いたい』との思いが募ったため、Zoomで懇親会的なワークショップを開きました。リモート接客は、そこで出し合ったアイデアの一つなのです」(池内氏)

 

7月末までの3カ月間で約70組がオンラインで来店。商品購入率はほぼ100%で、購入単価も店舗実績の約2倍、平均2万円超という成果を収めている。テレワークの気分転換にシャワーを浴びるなど、「おうち時間」の増加でタオルへの関心が高まり、小売店やギフト用などの激減したBtoB需要をBtoCで穴埋めしている状態だ。

 

ただ、そのプロセスは想定外の連続だった。予測したのは直営店に足しげく通う顔なじみのファンや、ウェブストアの利用客。だが、実際に来店したのは、「使ったことはないけど話を聞いてから買うのを決めよう」という新規顧客だった。新たな出会いは、同社のオウンドメディア「イケウチなヒトたち。」などで興味を深めたのがきっかけで、来店後はSNSで「面白い!」と高評価を拡散。20歳~70歳代と幅広い世代で連鎖し、好循環が生まれている。

 

うれしい驚きもあった。全国に離れて暮らす友人同士が団体で申し込み、楽しんでくれたことだ。

 

「旧友が久しぶりに再会し、『相変わらずセンスが悪いな』などと言い合いながら、ワイワイと皆さんで商品を選ばれていました。他にも、母の日のプレゼントを一緒に選ぶ方もいました。当社のタオルをきっかけに、離れ離れの友人や家族が集まる場が生まれるなんて、夢にも思っていませんでした。距離的な制約がないZoomストアならこれまでにないことができるし、店舗ではできないことをやらないと意味がない、とも思っていました。やればやるほどいろんなことが起きて、楽しみも大きいです」(池内氏)

 

 

2014年3月オープンのIKEUCHI ORGANIC 直営1号店

 

 

店舗でも活用する商品のマトリックス図。「肌触りや弾力感の有無など、求める好みの感覚もレベルも人それぞれに違います。当社の商品がたくさんあるのも、その違いはデザインではなく触り心地なのです」(池内氏)

 

 

「テイスティング」を可視化

 

リモート接客は同社も初めての経験で、しかも新規顧客とは初対面だ。

 

「予約時に欲しいタオルなど、最低限の情報は教えていただきます。ただ、初めての方に当社のタオルのテイストは分からないし、触ってもらうこともできません」(池内氏)

 

店舗の接客は、全てのタオルを自由に使ってもらう「テイスティング」が基本だ。200~300回洗濯したタオルも準備し、心地よい風合いや優れた吸水性、速乾性を実感しながら顧客の好みにフォーカスし、ジャストフィットする触り心地を一緒に選んでいる。だがその強みが、リモートでは最大のネックになる。

 

打開策として工夫したのが、Zoomで対話しつつ、水分をふき取ったタオルの接写などをiPhone撮影のライブ映像で配信し、「テイスティングを可視化」すること。また、肌触りを横軸、吸水性・速乾性を縦軸で図表に表した「タオルの選び方マトリックス図」も活用。好みのタオルを顧客と共有することで、伝わりやすさが高まった。

 

「マトリックス図は店舗でも必ず使うツールです。リモート接客ではお客さまが使っているタオルを見せていただくこともできます。タオルを見れば、プロである私たちはお客さまの好みが分かるので、届いた写真を見て『このタオルはいかがですか』と提案できます。触り心地を言葉にする表現力が求められるので心配もありましたが、届いた商品を見て皆さん『イメージ通りでした!』と言ってくださいます。『考えていたのと違う』とのクレームはまだありません」(池内氏)

 

「自分にぴったりのタオル選び」を体感し、SNSで発信する顧客の声には共通点がある。「付きっきりで選んでくれる、百貨店のVIP客のようなプレミアム感」だ。一方で、「つくっているのはタオルではなく、物語」と常々と語る池内氏も、確かな手応えを感じている。それは、自分の選んだタオルがどんな思いでつくられたか、顧客が理解してくれること。「思いを届ける」ことは自社ブランドの根幹にある、最重要な要素だからである。

 

「職人やマーケッターが語り部になっています。また、ブランドの知名度が高いので、ウェブ検索すると、ファンや当社とつながる人・企業が思いを代弁してくれています。私ではない第三者が届ける思いの方が、はるかに説得力があります」(池内氏)

 

 

 

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