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【特集】

ポストコロナ時代の働き方

テレワークやジョブ型雇用など、働き方や雇用が変化し始めている。ポストコロナの「真の働き方改革」とは何か。企業の持続可能性や人が働くことの意味をあらためて探る。
2020.09.30

効率的に最大限の成果を生み出す働き方:日本HP

革新的なテクノロジーを創り出す、働きやすい環境づくり。不変の理念「HP Way(エイチピー・ウェイ)」から生まれ、絶えず進化を遂げてきた「新しいワークスタイル」は、未曽有のウィズコロナ時代を生き抜く良き先例となる。

 

 

FWP制度や自社オフィスが、そのまま新しい働き方の提案や価値の創出につながる日本HP。
オンラインでの記者会見やセミナーも開催し、事業面でチャンスにもなっている

 

 

イノベーションを促進するフレックスワークプレイス制度

 

世界170カ国で、約5万人の仲間と共有するもの――。グローバルに事業展開する米HPは、「Keep Reinventing」(イノベーションを続け、暮らしや社会をより良くするテクノロジーを創出する)というビジョンと、柔軟で生産性の高い新しいワークスタイルを追求する、コンピューターとプリンティングの製造・販売会社である。子会社である日本HPにも、このビジョンと企業理念「HP Way」が浸透している。

 

創業者の一人であるビル・ヒューレット氏の、「人間は男女を問わず、良い仕事、創造的な仕事をやりたいと思っていて、それにふさわしい環境に置かれれば、誰でもそうするようになる」という言葉がある。働きやすい環境づくりによって社員が自立し、主体的に仕事に取り組むという信念だ。1967年、この信念が同社ドイツ法人における出退社時間を選択できるフレックスタイム制度の米国企業初の実施に結び付いた。日本HPも1977年に導入し、2001年にはオフィス内の固定席をなくすフリーアドレスを、さらに2007年からテレワークも認める「フレックスワークプレイス(FWP)制度」を採用している。

 

「なるべく効率的に働き、成果を最大限に上げてもらうための制度です。FWP制度を利用すると、通勤時間を節約できます。仕事の進め方は個々の裁量に委ねています」

 

笑顔でそう語るのは、取締役人事・総務本部長の羽鳥信一氏だ。グローバル企業の一員として海外法人とのコミュニケーションが不可欠なことや、持ち運びが可能なノートPCなどのデバイスやネットワーク環境の伸展は追い風になった。だがそれ以上に、便利なITツールを使いこなして価値を生み出したい社員と、それが新たな働き方の提案につながると考える経営サイド、双方のベクトルの一致が制度化の原動力となった。

 

当初、在宅勤務は週2日が上限だったが、2016年に最大週4日へ拡大。2018年からは派遣社員も最大週2日の利用が可能になった。前日までに口頭やメールで上司の承認を得ればよく、半日休暇や直行直帰と併用できるなど、シンプルに賢くワークシーンを選択できる。

 

「柔軟な働き方を早くから導入してきましたが、基本はオフィス中心の働き方でした。それを、自宅も就業場所に認めたのがFWPで、社員の利用率はほぼ100%です。オフィスワークでも座席が自由なので、普段からZoom(ビデオ会議ツール)が社内ミーティングの標準ツールですし、グループウエアのチャット機能など、対面にこだわらないコミュニケーションツールも多彩です。居場所が自宅に変わっても支障なく業務ができますし、違和感はなかったです」(羽鳥氏)

 

新型コロナ禍以前から社員の約6割が月1日以上、そのうち半数は週1日利用していたのも、誰がどこにいても仕事ができる環境が根付いている証しだ。また、多様な価値観を尊重し、仕事の裁量を個々に任せることが、「より良い働き方による、働く力の最大化」には大切であることも物語っている。

 

※米ヒューレット・パッカードは2015年、PC・プリンター事業(現HP.Inc=HP)と法人向け事業(現ヒューレット・パッカード・エンタープライズ=HPE)に分社化。日本法人(旧日本ヒューレット・パッカード)もPC・プリンター事業を手掛ける「日本HP」と法人向け事業の「日本ヒューレット・パッカード」に分割

 

 

出社制限中の本社オフィス。
あちこちの座席にマークが付き、1.8mのソーシャルディスタンシングを徹底し、16名用の会議室も利用は3名までに制限している

 

 

フルリモート化で「内」のコミュニケーション環境を整備

 

新型コロナ禍においては、2月末に週5日のフルテレワークへ移行した。「HPはグローバルに、社員やお客さま、パートナーの安全を第一と考えています。当社も、出社時は上司の承認が必要で、業務上不可欠なケースに限定し、出社する社員は1割以下です」(2020年8月現在)と日本HP広報部マネジャーの川邑和代氏は話す。3月実施のアンケート調査では、「仕事の効率は下がらない」とテレワークを肯定する回答が9割を占め、出社を希望する従業員は少なかった。

 

「『通勤がなくなり楽になった』『時間を有効に使える』とポジティブな声が多いです。派遣社員もほぼ100%テレワークです。PC持ち出し時のリスクを懸念してこれまで同意しなかった派遣会社も、今回は非常事態ということで合意できました」(羽鳥氏)

 

一方で、これまでの業務がうまくできない場合もあった。製品開発やテストを担当する社員は、技術支援やデータ分析など、リモートで可能な業務に限定され効率が低下した。

 

製造業ならではの課題も見えてきた。テレワークの急速な普及により、PCの需要が高まる中での工場運営だ。日本HPの東京ファクトリー&ロジスティックパーク(日野市)は、国内のガイドラインに準じた安全対策を実施した上で生産を継続。出退勤時に検温とアンケートを行って記録化している。マスクや消毒に加え、工場ラインに飛沫感染防止シートをしつらえ、一部スタッフはフェースシールドも着用。昼・夜勤のオペレーター交代を1.5時間空けるシフトに変え、接触機会をなくす工夫も凝らした。

 

全社的な業務管理や育成指導のマネジメントも対面だったが、2020年3月以降はZoomを活用。マネジャーが対話の数を増やし、チームミーティングでは本題に入る前に「最初の10分は雑談しましょう」と呼び掛けた。羽鳥氏が統括する人事・総務部門も、「仕事の話はしない」を基本に、Zoomで雑談する「オンラインティータイム」を開催。新入社員の孤立を防ぐ「歓迎ティータイム」も開始した。社員育成のトレーニングは、eラーニングなどを活用し、在宅でのリモート学習が可能になっている。

 

テレワークに慣れ親しんできた同社。きっかけは、交通機関の乱れや計画停電で出社制限を余儀なくされた東日本大震災だった。その姿は、新型コロナ禍で初めてテレワークと本格的に向き合う多くの企業にとって、良き先例となる。

 

「心配していたことが実はそんなに大きな問題じゃない。オフィスに縛られない働き方も思ったよりできるものだ。いや応なしにでもテレワークをやってみて、そう気付いた企業も多いはずです。私たちがそうでしたから。『コミュニケーションは工夫すればできる』というのが、私にとって最大の気付きでした」(羽鳥氏)

 

 

 

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