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【特集】

インナーブランディング

自社の経営理念や商品価値を社内に浸透させ、従業員満足度を高めるインナーブランディングの重要性が高まっている。社員が自社のミッションを「自分事化」し、企業の「ありたい姿」に向かって力を発揮している事例から、社員の本気を引き出す仕組みをひもとく。
2020.08.19

下請けから工場を持ったデザイナー集団へ:本多プラス

独自のブロー成形技術とデザインを融合し、脇役だったプラスチック容器の可能性を広げた本多プラス。強さの秘密は、一貫生産体制に裏打ちされた企画提案力にあった。

 

 

ガラスのような質感の薄型プラスチック容器。本多プラスの高い技術力と革新的なデザイン力を表す“名刺”だ

 

 

重厚感ある肉厚のPET容器「ORCシリーズ」。ガラス瓶をイメージした形状で、オーガニック化粧品やヘアケア用品の容器として使われている

 

 

デザインで新たなビジネスモデルを確立

 

豊かな自然と歴史遺産に恵まれた愛知県新城市。愛知県東部に位置するのどかな町に本社を構える本多プラスは、「一代一事業」をテーマに、3代にわたって新たな領域へと事業を広げてきた。

 

ブロー成形の一種であるダイレクトブロー成形を筆頭に独自技術が高く評価を受ける一方、パッケージデザインの分野でも、いまやクリエーター企業として広く名前が知られる存在となった。デザイン経営の成功例としてメディアに取り上げられることも少なくないが、代表取締役社長の本多孝充氏は「デザインは一つの手段」と言い切る。

 

「当社の目標は、お客さまに『本多プラスの容器に入れたら売れる』と言ってもらうこと。それが最大のミッションです。そこに到達する手段がデザインでした」(本多氏)

 

この言葉の通り、最も重視するのは「売れるパッケージであること」(本多氏)だ。同社にとってデザインとは、単にパッケージの形や絵を描くことではない。自ら顧客のもとに足を運んでニーズを聞き、商品が売れるまでの道筋を描くこと——。デザインをそう定義する。

 

例えば、企画提案・製造協力した「味の素®」の携帯ストラップは、その代表的なデザインの一つである。小さな味の素のボトルをそのまま携帯ストラップにしたユーモアあふれるデザインは、日本パッケージデザイン協会が開催する「日本パッケージデザイン大賞2011」において金賞を受賞。専門家から高い評価を得ただけでなく、同パッケージを含むキャンペーン効果で販売数が飛躍的に伸びたという。

 

そうしたデザイン力を、同社はどのように培っているのか? 秘密を解き明かすヒントは、同社の「ブローラボ」に隠されている。同ラボはブロー成形品や素材の開発から金型製作までを一貫して手掛ける戦略拠点であり、現在のビジネスモデルを陰で支える要とも言える存在だ。

 

「デザインより先に私が着手したのは、金型の内製化です。当時は『金型は職人技』といわれており、東京や大阪の金型職人に依頼するのが当たり前でした。しかし、将来的にあらゆる容器をデザインするには金型の内製が必須と考え、2001年にブローラボの前身となる拠点を設立しました」(本多氏)

 

外注すると納品までに1カ月を要していた金型が、内製化によって3日から1週間で製作可能になった。そのメリットは、コストダウンや納期短縮にとどまらず、スピード感のある営業や的確な企画提案力にまで及んでいる。

 

例えば、前述した味の素ストラップでは、パッケージデザイン案を紙の企画書で提案した後、さりげなくポケットからサンプルを出すといったサプライズを演出。「お客さまはとてもびっくりされましたが、すぐに『これは良い !』とその場で採用が決まりました」(本多氏)。同社の優れた企画やデザインが評価されたことは言うまでもないが、期待を超えるスピード感や演出が顧客に響いたことは確かだろう。

 

※プラスチック加工法の一種。ペットボトルやポリタンクなど中空の製品を作るのに用いられる

 

 

若年層にPRしたいという味の素からの依頼で企画した「アジパンダ」の携帯ストラップ。プレゼントキャンペーンを実施後、売り上げが大幅にアップした

 

 

商談でデザインを提案できる環境づくり

 

 

もともと芸術好きな家族や親戚に囲まれて育った本多氏は、「絵を描くのが好きで、高校時代にギターを始めると音楽にのめり込んだ」ほど、クリエーティブ分野に強い関心を持っていた。

 

そんな本多氏がMBA(経営学修士)留学した英国で衝撃を受けたのが、老舗の高級百貨店・ハロッズのショーウインドーだった。

 

「香水を売るために、商品の世界観を1枚の絵のように演出する。そこに魅力を感じましたし、香水の瓶が主役になることにも感動しました」(本多氏)

 

この経験から「商品の価値を高める演出をしてみたい」と思うようになった本多氏は、英国留学を終えて1997年に本多プラスに入社。当時、同社は国内大手メーカーの修正液容器を一手に製造するなど事業を拡大させており、技術力を持ったニッチトップ企業として知名度も高まっていた。しかし、本多氏が抱いたのは危機感だった。

 

「経営分析すると、売上高の8割以上を文房具に頼っている状態。ほとんどは修正液容器の売り上げでしたが、私は英国でパソコンが普及する様子を見ていたので、遠からず日本でも修正液の使用機会が減るだろうと予測しました」(本多氏)

 

すでに国内市場は、修正テープの登場や安価な中国製品の流入によって値崩れが起きており、それに代わる事業開発が急務だった。そこで本多氏は文房具以外のユーザーを訪問し、コストダウンや納期短縮につながるデザイン変更を提案することにした。ただ、商社を通した仕事の場合、ユーザーの窓口は購買部門。双方にメリットがある提案であっても、取り合ってくれるところはなかった。

 

「あるユーザーから、『デザインの提案はしなくていい』と言われました。その時、既存の仕組みの中ではデザインはできないと気付きました。その体験を経てから、東京に何度も行ってたくさんの人に会って話を聞き、自分のやりたいことを伝えて人脈を広げました」(本多氏)

 

デザイナーやコピーライター、アーティスト、大手広告代理店の社員など、異なる業種・業界の人と話すうちに、デザインの力でプラスチックの可能性を広げる道筋が見えてきた。中小企業としては破格の予算を投じて新卒のデザイナーを採用した本多氏は、2006年、東京・南青山にクリエイティブオフィスを設立。自らクリエイティブディレクターに就任し、先頭に立って事業を推進していった。

 

本多プラスには、現在10名以上のデザイナーが在籍するほか、最初に採用したデザイナーの1人を取締役営業本部長に抜てきするなど、経営戦略上、デザインを極めて重要なポジションに位置付けている。

 

「私の中では、技術とデザインは違和感なく一体化している」と本多氏は語るが、この二つを融合するのは簡単ではない。市場が成熟化する中、デザインによって事業活性化を図ろうとする企業は多いが、成功するのは一握りにすぎない。

 

本多氏の情熱やリーダーシップが成功理由であることは間違いないが、デザイナーがブローラボで金型製作からコスト計算までを徹底して学ぶ2カ月間の研修も、重要なポイントと言える。実際に金型を作ることで、不良品を減らす工夫やコストを意識したデザインが可能になるだけでなく、製品を作る技術者をリスペクトする気持ちが高まるからだ。

 

 

本多プラスのモットーは「自分で考え、自分で作って、自分で売る」。大宮工場(愛知県新城市)を含め、国内7カ所とベトナムに自社工場を持つ

 

 

 

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