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【特集】

インナーブランディング

自社の経営理念や商品価値を社内に浸透させ、従業員満足度を高めるインナーブランディングの重要性が高まっている。社員が自社のミッションを「自分事化」し、企業の「ありたい姿」に向かって力を発揮している事例から、社員の本気を引き出す仕組みをひもとく。
2020.08.19

クオリティーに対する社内の意識をアップデート:サイバーエージェント

「クリエイティブで勝負する」をミッションステートメントに掲げ、デザインの力を商品ブランディングから組織づくりにまで生かしているサイバーエージェント。同社の経営をデザインの視点や思考で支える「クリエイティブ統括室」の機能と実践を聞いた。

 

 

24時間放送のニュースのほか、ドラマやアニメ、スポーツなど多彩なコンテンツを配信するテレビ&ビデオエンターテインメント「ABEMA(アベマ)」のキービジュアル

 

 

リブランディング後のコーポレートグッズ。キャラクターの「アベマくん」は「Abema」の「A」がモチーフで、見れば見るほどハマっていく、つかめないニュートラルなキャラクターを目指した

 

 

リブランディングが社内の意識を変えた

 

インターネットを軸にさまざまな事業を展開し、2018年には設立20周年を迎えたサイバーエージェント。メディア事業(BtoC)、インターネット広告事業(BtoB)、ゲーム事業(BtoC)という三つの領域の事業シナジー(【図表】)で成長を続けている。

 

同社がデザイン経営へとかじを切った背景には、2010年ごろからのスマートフォンの台頭がある。PC(パソコン)向けサービスを主力としていた同社は、2011年に「スマホシフト宣言」を打ち出し、スマホアプリの制作に力を入れ始めた。そして、サービスごとにデザイナーが縦割りになっている状況を変えるため、2013年に「デザイン戦略室」を設立。クオリティーの底上げへ向け、組織的な取り組みをスタートした。

 

大きな転換点となったのは、同社のスマホ向けソーシャルゲーム「ガールフレンド(仮)」の大ヒットだ。ヒットの要因がデザインや技術のクオリティーにあるとの分析から、代表取締役社長の藤田晋氏は「クリエイティブ」の重要性を強く認識。2015年、デザイナーとして活躍していた佐藤洋介氏がデザイン戦略室を「クリエイティブ統括室」へ改めて室長となり、2016年には執行役員に抜てきされた。

 

さらに、同社は「クリエイティブで勝負する」という企業姿勢を社内外に示すため、2015年にリブランディングを実施。行動規範である「ミッションステートメント」にもその一文を加え、コーポレートロゴとコーポレートキャラクターを一新した。オリジナルコンテンツにこだわったテレビ&ビデオエンターテインメント「ABEMA(アベマ)」(2020年4月にAbemaTVから名称変更)を本開局したのもこの年だ。

 

「リブランディングは、もともと封筒や名刺、トートバッグなどのコーポレートグッズのクオリティーを上げたいというのが始まりでした。それには従来のロゴでは限界がある。社長の藤田も『クリエイティブ』の重要性を社内に浸透させるためにCI(コーポレートアイデンティティー)のアップデートを考えていたため、リブランディングが実現しました」

 

ロゴやCIの変更にも関わった佐藤氏は、当時をそう振り返る。社内で自由に使われていたロゴの使用も制限した。

 

「好き勝手に使うと価値が下がってしまいます。そこで細かいガイドラインを作り、使用する際はクリエイティブ統括室のチェックを通すようにした結果、クオリティーに対する意識が全社的にアップデートされました」(佐藤氏)

 

クリエイティブマネージャーとしてメディア事業のクリエイターをマネジメントする井上辰徳氏も、「リブランディングによって、デザイナーだけではなく他の職種も、クオリティーに対する目線が上がりました」と語る。

 

このリブランディングプロジェクトと「ABEMA」、定額音楽配信サービス「AWA(アワ)」の三つは、2016年度の「グッドデザイン賞」(日本デザイン振興会)を受賞。2017年には、その年に人気を集めた Google Play (グーグルプレイ)のコンテンツを紹介する「Best of 2017(日本版)」でAWAが「2017年 ベストアプリ」を受賞するなど高い評価を得た。

 

 

【図表】サイバーエージェントのビジネスモデル

出所:サイバーエージェント統合報告書「CyberAgent Way 2019」(2019年12月)よりタナベ経営が作成

 

 

 

経営者はデザインをデザイナーは経営を理解するべき

 

経済産業省・特許庁が推進する「デザイン経営」の必要条件の一つは、「経営チームにデザイン責任者がいること」だが、佐藤氏は次のように指摘する。

 

「単にデザイナーを役員に出世させればいいのではなく、経営者とデザイナーが理解し合う必要があります。デザイナーは経営を理解し、経営者はデザインを理解しなければいけない。ただ、互いのスキル面で対等になれるわけではないので、リスペクトを持って歩み寄ることが欠かせません」

 

経営はデザイナーの業務範囲ではないのではないかという疑問に対し、佐藤氏は、「デザインではユーザー視点を大切にするので、デザイナーは意思決定者とユーザーの間でもまれます。それにより課題解決のために取捨選択を行う力が養われ、柔軟なアレンジができるようになるのです。デザイナーにどこまで任せるべきか迷うかもしれませんが、『デザイナーの仕事の範囲はここまで』という固定観念を捨て、意思決定を求めればいい。必要なのは『信頼』であり、それは丸投げとは違います」と語る。

 

経営とデザインの世界では、使う言語も考え方も、重視するポイントも違う。だからこそ経営者とデザイナーが互いを理解して、否定せずに議論することが大切なのだ。コミュニケーションを取り続けて経営課題をクリアし、その実績を積み上げて信頼を築き上げなければ成果につながらない。

 

社員と経営者の距離が近いことも、同社のデザイン経営が成功している秘訣である。デザイナーが提案したいことがあれば、社長室の前で待ち構えてその場で藤田氏の判断を仰げる。また、新しいことを始めたいとき、「やっていいですか?」と聞くと、「やってから持って来い」と叱られる。やった結果、「良かったのでこのまま進めたい」なのか、「あまりうまくいかなかったので次はこうする」なのか、改善提案までを求められる。結果、意思決定が速く、経営者とのベクトルのブレも少なくなるという。

 

加えて佐藤氏は、クリエイターの技術力向上や働く環境の整備のためにさまざまな施策を実施してきた。例えば「デザイナーロワイヤル」は、すでにリリースしているサービスに対してデザイナーたちが改善案を出し、審査員が採点して、そのポイントを競う企画。デザイナー同士が刺激を与え合って自然にスキルアップを図れる仕組みである。

 

このように、佐藤氏はクオリティーの底上げで全社をけん引してきたが、メディア事業の100名弱のクリエイターを1人ではマネジメントしきれない。そこで、室長の下にクリエイティブディレクター8名を置き、クオリティー管理と組織マネジメントを任せた。

 

ところが、「クオリティーは上がるが人は育たない」、あるいは「クオリティーはそこそこだが人はとても育っている」と、チームによって差が大きかった。人材マネジメントが得意なディレクターと、そうではないディレクターがいたのだ。そこで佐藤氏は、チームマネジメントを行う「クリエイティブマネージャー」という役職を設置。井上氏が就任した。

 

「この経験から『そもそも人を育てなければ』という意識が強くなり、技術力だけではなく、どのようにクリエイターの視座を上げていくのかということも議論するようになりました」(井上氏)

 

 

 

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