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【特集】

持続可能な経営

SDGs(持続可能な開発目標)の認知はかなり進んだ。しかし、CSR(社会的責任)やコミュニケーションとしての活動にとどまっている企業も多い。社会課題解決と企業利益の両方を追求するビジネスモデルを構築し他企業に「サステナブル経営」を学ぶ。
2020.06.30

企業やボランティアと連携し融資と互助制度で貧困からの脱却を支援:グラミン日本

企業やボランティアと連携し融資と互助制度で貧困からの脱却を支援:グラミン日本

 

 

「貧困のない、誰もが活き活きと生きられる社会へ」を理念に設立したグラミン銀行の日本版、グラミン日本。互助制度など独自の取り組みで、シングルマザーや若年層のワーキングプアを中心にお金と仲間、知恵を提供し、貧困からの脱却を支援している。

 

 

格差社会が進行する日本に誕生した
マイクロファイナンス機関

 

2006年、バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏とグラミン銀行がノーベル平和賞を受賞した。グラミン銀行は、1983年に貧困救済と事業収益の双方を追求するマイクロファイナンス機関として誕生。貧困層に経済的な支援、つまり「融資」で自立を支援している。融資の借り手は97%が女性で、ほとんど貸し倒れのない実績を上げており、バングラデシュでは大きな成功を収めている。

 

ノーベル平和賞受賞から12年たった2018年、グラミン銀行の日本版である一般社団法人グラミン日本が設立した。経済格差があり貧困層の多い国ではなく、GDP(国内総生産)世界3位の日本で設立されたことに違和感を覚える人もいるだろう。しかし、日本の貧困の実態は先進国のイメージとはかけ離れていると、グラミン日本の理事長兼CEOである百野公裕氏は指摘する。

 

「厚生労働省の『国民生活基礎調査』(2017年)によると、日本の相対的貧困率は15.7%と、約6人に1人が貧困層に属している計算になります。これは、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも上位に入る高さで、日本の格差社会が進行していることが分かります。非正規雇用のシングルマザーやワーキングプアの多くが貧困にあえぎ、支援する制度や環境は不十分。こうした経済的弱者を支援するためにグラミン日本を設立したのです」

 

さらに百野氏は、経済格差によって生まれた貧困層を救済する仕組みをつくらなければ、日本経済に与える影響は深刻になると指摘する。

 

経済的に苦しいシングルマザーの子どもは、教育に費やす資金や時間に乏しく、貧困から脱却することが難しい。また、ブラック企業に就職し、過酷な労働環境で退職を余儀なくされ、その後、非正規雇用で働く若者は社会人としての滑り出しがうまくいかず、引きこもりになるケースは多いという。労働力不足となる一方の今後、日本経済にとってもマイナスでしかない。

 

こうした事態を避けるためにも、貧困からの脱却支援が急務である。日本よりも格差社会が進む米国では、グラミンアメリカが2007年に設立され、すでに多くのシングルマザーの起業を支援するなど順調に成果を上げている。

 

 

※正社員やフルタイムで働いているにもかかわらず、生活保護の水準以下しか収入が得られない就労者の社会層

 

 

左からグラミン銀行事務局長・ダーヴィッド氏、創設者・ユヌス氏、グラミン日本会長・菅氏、理事長兼CEO・百野氏

左からグラミン銀行事務局長・ダーヴィッド氏、創設者・ユヌス氏、グラミン日本会長・菅氏、理事長兼CEO・百野氏

 

 

 

申し込みから融資までの流れ

格差社会が進行する日本に誕生したマイクロファイナンス機関。申し込みから融資までの流れ

 

 

互助制度や学習環境など融資以外の支援も充実

 

グラミン銀行は継続的な融資だけでなく、自立を促す仲間づくりやスキル習得の支援も行う。例えば、グラミン銀行最大の特徴とも言える「互助制度」がある。似た境遇で同じ目標を持つ5人が1組になり、励まし合いながら目標に向かう制度だ。グループで1人ずつ順番に融資されるため、1人の返済が滞ると他の人は融資を受けられない。連帯責任が生まれ、それが高い返済率を生み出している。また、貸し手側からだけでなく仲間からも指摘を受けることで、自立に当たって視野が狭くなり独走的になるのを防ぐ。

 

「当法人が貧困層を対象にした単なる融資機関でないのは、さまざまな支援がある点にあります。特に5人1組の互助制度は、孤立しがちなシングルマザーや若年層のワーキングプアの『仲間づくり』という側面で大きな役割を果たしています。週に1回、当法人で不安や将来の目標を語り合うことで、就業や起業に向けた意欲を高めています。また、安定した収入が得られ、働きやすい環境が整っている企業への就業支援も同時に行っています。支援対象者はシングルマザーの方が多いので、D&Iに理解がある企業で働けるよう、企業発掘を行っています」(百野氏)

 

 

支援対象者の多くは専門職を目指す

 

支援の流れは、まず融資希望者が説明会に参加し、仮申し込みを行う。その後、自らメンバーを集めて5人1組のグループを形成する。融資の使用用途・返済期間などの妥当性を確認するとともに、金融リテラシーや起業ノウハウなどを学習。家庭訪問を行った後、借り入れという流れで、期間は1~2週間ほどだ。同法人のスタッフが家庭訪問を行うのは、申告内容と現実生活との乖離がないか確認する意味合いもある。

 

初期の融資額は上限20万円。これを、就業や起業のためのスキル習得や資格取得の費用に充てる。起業する場合は、事業の進捗状況に応じて追加融資を行うなど、継続的に支援する。

 

「支援対象者は、介護士や保育士、ファイナンシャルプランナーなどの資格が必要な専門職を目指す方が多いです。そのような方は、融資を資格取得のための資金として活用し、安定的な収入が得られる企業への就業を目標としています。起業を目指す方も分野はさまざまです。ネイルサロン、輸入雑貨ショップ、ヘッドスパなどの店の経営を目指す方から、フリーランスでイラストレーター、フォトグラファー、ライターなどの専門職を目指す方も多いですね。これらは資格が必要ないものの、専門的な技術や人的なネットワークが必要ですから、そうした職業に就けるノウハウを伝えています」(百野氏)

 

2020年4月現在、同法人の支援対象者は、融資を受けて資格取得や起業準備の段階だという。今後は、同法人から就業や起業する人が多く輩出され、支援対象者の目指す職業は広がる。そのためにも、各分野に精通した多彩な教育人材が必要になる。同法人ではボランティアスタッフを募集しており、現在100名前後のスタッフが自立に向けた支援を行っている。

 

 

※ダイバーシティー&インクルージョン。個人のさまざまな違いを受け入れ、個々の能力やスキル、経験、強みを最大限に生かせる環境を提供すること

 

 

目指す姿:会員企業による貧困層支援を持続させる仕組みの構築

目指す姿:会員企業による貧困層支援を持続させる仕組みの構築

 

 

 

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