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【特集】

持続可能な経営

SDGs(持続可能な開発目標)の認知はかなり進んだ。しかし、CSR(社会的責任)やコミュニケーションとしての活動にとどまっている企業も多い。社会課題解決と企業利益の両方を追求するビジネスモデルを構築し他企業に「サステナブル経営」を学ぶ。
2020.06.30

「水とエネルギーのプロ」:テラオライテック

開発途上国が貧困から抜け出すことを支援するために確立した「自立できるビジネスの仕組みと運用」のロールモデル。打ち出したのは、地域貢献を経営の基軸に設備工事業を展開する福井県の中小企業だった。

 

 

仕組みだけでなく運用できるモデルを構築

 

「一体、どうなっているんだ?」

 

目の前に現れた衝撃の光景。テラオライテック社長(当時)の寺尾忍氏が、本気でSDGsビジネスに乗り出す転機となった瞬間だ。

 

日本JC(日本青年会議所)が展開するアジア各国に安全な水を届けるキャンペーン「SMILE by WATER」。2017年度にカンボジア北部プレアビヒア州で食用魚の養殖事業に着手し、その収益で井戸を掘って水を確保する事業モデルを推進した。日本JC専務理事だった寺尾氏は順調な成果報告を受けていた。

 

ところが2018年、自ら現地に足を運んだ寺尾氏に一つの転機が訪れる。

 

「事業を継続しているはずが、魚は消え失せていました。売ったのか食べたのか、誰に聞いても分からない。新しい井戸も増えていませんでした」(寺尾氏)

 

事業モデルはあっても運用サイクルを回せないことが要因だったが、日本JCで再構築することも難しい。そこで自社で取り組むことを決意した。

 

「専務理事を務めた身として、そのままにはできません。それに、私の姿を見て『日本人が来てくれた。お金ください』と駆け寄る現地の人々の姿に大きなショックを受けたのです。仕組みはあっても運用できないことに加え、自立する意識に乏しいことが最大の課題だと分かりました」。そう寺尾氏は振り返る。

 

日本JCモデルを継承したテラオライテックは、経済的な自立支援と持続的な成長を可能にする仕組みと運用を構築する「NATIONAL PRIDE PROJECT IN CAMBODIA」(以降、NP)を始動した。2019年5月に現地法人を設立し、運用管理マネジャーとして社員を派遣。カンボジア政府や州政府、東南アジア地域における土木工学分野の人材育成を目的とした高等教育機関であるアジア工科大学とパートナーシップを締結した。養殖池を整備し、稚魚の孵化施設の建設にも着手。SDGsとビジネスをつなぎ、社会課題を解決する新モデル「テラオ式」(図表)は大きな期待を集めている。

 

実はそのさなか、寺尾氏は撤退を真剣に考えた時があった。何度も現地へ足を運び、貧困地域のイメージと現地の実情にギャップが生じていると気付いたからだ。

 

「水が飲めずに亡くなる命を救う支援が必要だった段階は過ぎ、貧困格差を埋めるため次のステップへ進むべきなのに足踏みしている。カンボジアの人が自分たちで上下水道のインフラを整え、技術も身に付けて『主役』になるような支援をしようと思い直しました」(寺尾氏)

 

貧困ビジネスを逆手に取って「テラオ、一緒にうまいことやろう」と誘うような現地の人もいるなど、課題は山積している。だが、それと同時に、NPの仕組みと運用で水の課題が解決し、収入も増え、生活環境が向上していく手応えを感じ始めた。「水や衛生設備へ1ドル投資すると、そこから産み出される社会的・経済的利益は約4ドルになるとも言われています。自分や地域にメリットがあると実感できたときに『もっと主体的に携わりたい』と現地の人が思ってくれたら」と寺尾氏は話す。

 

 

NATIONAL PRIDE PROJECT IN CAMBODIA

カンボジア王国・プレアビヒア州にて経済的自立支援と持続的成長計画の推進

地域に雇用と資源をもたらす新産業を生み出し、その収益をカンボジア政府に寄付して、上下水道のインフラ整備の公共投資に回す「テラオ式」モデル。設備工事はテラオライテック本社の技術支援を受けた現地法人が請け負い、運用管理体制も構築した

 

 

 

 

上下水道のインフラ整備を通して、持続可能な社会の実現へ貢献する

 

 

「わが事」意識を向上し顧客にも共感を広げる

 

1966年の創業から54年、福井県内で給排水衛生・空調換気・電気の設備工事業を手掛けるテラオライテック。NPでSDGsのゴール6(水と衛生)と7(エネルギー)を掲げるのは、「水とエネルギーのプロフェッショナル」として本業の強みを生かせることが大きい。

 

社内にSDGs推進委員会を立ち上げ、SDGsの理念やNPの進捗を共有する研修会を開催。社員はSDGsバッジを身に着け、社用車にもステッカーを貼るなど、本業とSDGsが日常に結び付く活動を続けている。それでも「遠く離れた国へのボランティア的な支援」という空気感が漂う時期もあった。

 

「現地で得た収益を日本に持ち帰り、社員に還元して給料が増えるわけじゃない。儲かるビジネスか、自分に直接的なメリットがあるかを具体化しないと『わが事』にならないのは、日本もカンボジアも同じです。経営者の多くがSDGsに一歩踏み出せない理由も、恐らくそこにあるのでしょう」(寺尾氏)

 

NPの始動後、寺尾氏は社長職を弟の剛氏に託し、会長に就任した。「外国で養殖を始めたらしいね。本業、大丈夫なの?」と不安視する取引先や協力企業があったからだ。

 

「社員がかわいそうなんですよ。真面目に技術を磨き、現場でしっかり設備工事をしているのに、そんなことを言われて。私は気にもしませんでしたが、経営の第一線を退こうと決めました」(寺尾氏)

 

SDGsビジネスへの理解が進まない逆風にも、変化の兆しはある。NPが地元紙やテレビで報道され、SNSで自社発信も開始すると「ニュース、見ましたよ。すごいですね!」と声が掛かるようになり、社会的認知度や社員の意識の向上につながっている。また、自社のリフォーム事業で、売り上げの一部をNPに寄付する契約プランの提案も計画中だ。

 

「貧困国の実情はなかなか知り得ないし、知っても直接的に何かできる人は多くありません。それなら、顧客を巻き込んで共感を広げることも、事業継続の可能性を高めるアプローチの一つになる。自社のブランディングと持続的な発展にもつながっていくと思います」(寺尾氏)

 

 

 

 

 

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