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【特集】

企業参謀

経営者の右腕として自社の経営状態を把握し、財務の専門知識を駆使して経営戦略の意思決定を支援する最高財務責任者(CFO=Chief Financial Officer)。業績回復と企業価値向上の財務機能を担う「戦略CFO」 の機能と役割とは。
2020.05.29

経理の足腰を鍛え、企業の行く先を示す財務トップの責任と醍醐味:元花王 執行役員 会計財務部門統括、アンリツ 取締役 青木 和義 氏

財務こそ革新的であるべき――。
29期連続増配という株主還元優等生、花王の経理責任者を務め、数々の革新を起こしてきた青木氏に財務トップの果たすべき役割を聞いた。

 

 

花王を株主還元優等生に育てた手腕とは

 

「花王は伝統的に『絶えざる革新』という言葉を掲げてきました。商品の開発や生産技術はもちろんのこと、財務においても同様です。常に新しい手法を取り入れ、作業の合理化・効率化を目指し、自分たちで消化した上で、さらに次の取り組みに挑戦する。そうやって会社の羅針盤となるデータをブラッシュアップさせつつ、提供してきたのです」

 

そう語るのは、花王で長く経理責任者を務め、2019年よりアンリツの社外取締役を務めている青木和義氏である。花王の企業理念の一つである絶えざる革新とは、「消費者の暮らしや事業環境の変化を感じ取りながら、現状に甘んじず、困難さえも自己革新のチャンスと捉え、常に商品と仕事の改善を推進する」というもの。この企業姿勢で、上場企業の中でも指折りの「株主還元優等生」といわれる花王の会計財務部門を率い、革新を続けてきた一人が青木氏だ。

 

花王の財務部門は1983年に「ノン伝票化」をスタートさせ、85年には手形・小切手を廃止。その間、青木氏は、工場などをはじめとする「現場」で数々の改革に携わった。

 

その後、2007年に会計財務部門管理部長になると、09年には経理業務のBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)化をサポートした。11年には、海外も含めたグループ会社全体の効率的な資金管理を図るGCM(グローバル・キャッシュ・マネジメント)を導入。当初のネッティング※1やプーリング※2機能から、ペイメント・ファクトリー※3、サプライヤー・ファイナンス※4機能を加えた体制へと進化させた。2012年に執行役員会計財務部門統括に就任した後、2016年にはIFRS(国際会計基準)も導入している(【図表1】)。

 

【図表1】花王の会計財務部門の取り組み年表

出所:青木和義氏作成資料を基にタナベ経営が加工・作成
※1…ビジネスプロセスアウトソーシング
※2…花王独自の全社業務革新活動

 

常に一歩先を行く業務プロセスの革新に取り組む中で、1999年、花王が経営の主要指標として据えたのが、EVA(Economic Value Added:経済的付加価値)だ(【図表2】)。

 

EVAは税引後営業利益から資本コストを差し引いて算出される。資本コストとは、有利子負債や資本(純資産)に対するコストで、それを差し引いたEVAは真の利益を表す。企業の使命が企業価値の向上であるならば、EVAは、その企業価値を数値化したものである。言い換えるならば、企業がどれだけ付加価値を創出しているかを表す。そのEVAと投資家の期待値(株価)とを結び付けるのもEVA理論である。

 

 

※1…企業間などで取引のたびに決済を行わず、一定の期日に債券と債務をまとめて相殺し、差額分だけを決済すること
※2…グループ会社の余剰資金を集約する仕組み
※3…グループ内の支払業務を集中管理する仕組み
※4…サプライヤーの請求書を金融機関が買い取り、企業が期日前に現金を受け取れる仕組み

 

 

【図表2】EVAの仕組み

※1…Economic Value Added(経済的付加価値)。Stern Stewart & Co.の登録商標
※2…Net Operating Profit After Tax

 

 

 

企業価値を高めキャッシュを重視する施策

 

「EVAには数々の利点があります。中でも、最も重要なのは経営に目標を与えてくれるところです。売り上げを増やすのは、もちろん良いことではありますが、ともすれば市場の中で存在感を高めることが目標にすり替わってしまいがちです。企業の価値はそれだけではありません。財務の健全性、つまり、いかに少ない投下資本(有利子負債+資本)で業績を上げるかが重要となります。そういった意味で、資本コストの最小化よりも最適化を意識すべきでしょう」(青木氏)

 

導入直後の2000年3月期を100とした指標で、リーマン・ショック後の一時期を除き、花王は常にEVAを増やし続けてきた。投下資本を意識することで、長期的な視点から利益の伴う成長を通じて継続的に企業価値を高めてきたのである。

 

「EVAを導入したことによって、花王は自社株買いや配当、社内留保といった資本政策に自信を持つことができました。さらに、投下資本に対してどれだけ回収できるかとの見方が共通認識となり、企業価値を上げていくのだという意識を全社一体となって持つことができました。

 

しかも株価は、現在の価値だけでなく、将来価値も加算される。つまり、いわゆる『潜在性(ポテンシャリティー)』が評価されるのです。長期的に安定した成長を続けていく上で、非常にうまく機能していると思います」(青木氏)

 

企業が生んだキャッシュは、自律成長のための投資に振り向けたり、M&Aを仕掛けたり、あるいは自社株買いや有利子負債の早期返済に充てたりすることもできる。もちろん、安定的・継続的な配当支払いに回すことも可能だ。

 

実際、花王は1980年代から29期連続増配を果たし、花王という企業に対する信頼性とさらなる期待を集めることにつながっている。投資家に安心して長期にわたって株を保有してもらう——。そこに経理責任者をはじめとする財務部門の働きが大きいことは想像に難くない。

 

花王では社内の各事業や海外子会社に対し、投資家視点を持って評価している。株式を公開していない中小企業の多くにとって、EVAはそのまま経営指標の柱に据えられるものではないかもしれない。だが、企業価値という視点を持つこと、キャッシュの使い方を重視するという考え方は、どの企業にも共通する。

 

「株価や配当といった分かりやすい指標はなくとも、あらゆるステークホルダーの期待に応える取り組みを続けていくことは、長期的に大きな支持を得ることにつながります。安定的に経営を続けていく上で、ぜひ持っておくべき視点です」(青木氏)

 

 

 

 

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