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【特集】

「新しい食」をつくる

日本の伝統的食文化である「和食」が世界で人気だ。しかし、その発信源である日本では「和食離れ」が進んでいる。伝統を守り継ぐだけでなく、新しい食文化の創造も重要だ。新しい食の開発で先行する企業の取り組みを追った。
2020.02.28

世界の食卓を変える可能性を秘めた新食材。規格外野菜を利用した厚さ0.1mmのシート:アイル

 

食材を巻いたり、包んだり。素材そのものの自然な味と色で食卓を演出できる

 

 

地域の人がハッピーになれるビジネスが真の仕事

 

「そのとき初めて、規格外の野菜が大量に廃棄されている事実を知ったのです。味は一緒なのに、なんともったいないと愕然としました」(早田氏)

 

早田氏は複数の企業に声を掛け、協業して材料の仕入れと販売を行った。規格外野菜を買い取れば、メーカーには原材料を安定共有でき、生産者にとっては新しい収入源となる。フードロス問題の解決の一助にもなる。しかし、のりメーカーとタッグを組んだ野菜シートは、健康食品としては受け入れられたものの、リピート購入につながることはなかった。

 

早田氏は、2006年にアイルを設立してベジートを生み出すまでに、さまざまな仕事を経験した。地域に貢献するには、まず町を知らなくてはならないと考えたからだ。平戸で食品製造業を生み出したいという思いを抱きつつ、新聞記者や学習塾の経営など、あらゆる職種で地域貢献に携わった。それらの経験が、のちに大きく生きることとなる。

 

野菜シート事業は決して順風満帆ではなかった。2004年にはのりメーカーと共同で中国・上海に工場を建設するも、のりメーカーが倒産(民事再生法申請)。莫大な借金とともに野菜シート事業を一手に引き受けることになった早田氏は、専門書を読んで独学し、大学の研究者と共同研究も行うなど、一心に研究を続けた。

 

転機は2008年、日本商工会議所青年部が主催する「ビジネスプランコンテスト」でのグランプリ受賞だった。2009年には平戸に工場を設置し、生産機械の開発を自ら行った。2010年には米ニューヨークの展示会に出展。3日間で2700人がベジートを試食し、大きな反響を得た。早田氏のビジネス観が変化したのもこの時期だ。

 

「借金にまみれてほぼ独力でやってきましたが、ビジネスにおいて個人の欲ってキリがないことに気付いたのです。そこで、儲もうけ主義は一切捨て、地域の人たちが全てハッピーになれるような真の仕事をしようと心に決めました」(早田氏)

 

しかし、ファンドの進出により、同時に手掛けていた地域のバス事業を手放すこととなり、再び借金を背負うことに。その時に救いの手を差し伸べてくれたのが、かつて経営していた学習塾の教え子だった。また、M&A(合併・買収)で再生した元のりメーカーから、加工工場として使ってほしいとの申し出もあった。

 

「地域でネットワークを広げたおかげで、ありがたいことに助けられることが多いですね。また、いろいろな提案もいただいています」と早田氏。「環境・地域・人にやさしい」というベジートの理念に共感した投資家も増えていった。

 

 

災害食や介護食にも応用
海外進出第1弾はフランス

 

アイルは2015年にベジートの製法特許を取得し、2016年に「第11回ニッポン新事業創出大賞」(主催・日本ニュービジネス協議会連合会)の最優秀賞を受賞。そして2018年3月、ベジートは満を持して一般販売に至った。

 

早田氏は発売に当たり、新聞記者時代のネットワークを生かして中央誌やニュース番組、経済誌などへPR。経験に基づいたメディア戦略は見事に当たり、まず『日経ビジネス』(日経BP)に取り上げられ、その後「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」(ともにテレビ東京)と人気のテレビ経済番組で紹介された。それに合わせて放映翌日に東京エリア限定のテスト販売を試みると、反響は想定を超え、欠品が相次いだ。

 

現在、欧州を中心に海外で販路を拡大するため、音声翻訳機を片手に1人で海外を飛び回る早田氏。2019年7月にはNHKの海外向け国際放送「NHKワールド-JAPAN」の特集で取り上げられ、世界150カ国にベジートが紹介された。番組を見た英国の視聴者から問い合わせが来て、すぐビジネスの話につながったという。

 

アイルの営業担当者は早田氏だけだが、商社の兼松をはじめ、主に売上高1兆円超の企業と連携して販路を拡大。生産拠点も全国のJA(農業協同組合)にアウトソーシングする体制をとっている。

 

また、ベジートは福岡工業大学で嚥下困難食としての研究が進められている。高栄養かつ低カロリーで小麦などのアレルギー成分も入っていないため、離乳食や介護食への応用が期待される。さらに、賞味期限を5年に延ばす研究も行っており、その軽さと形状、栄養面から、災害食として福岡市や自衛隊にPR中だ。

 

2020年の春には、東京都内のコンビニ300店舗でテスト販売を経て全国に展開する予定。また岐阜での第2工場竣工に加え、海外進出の第1弾として食に関心が強いフランスでのビジネスも待ち受けている。

 

学習塾講師の経験を生かし、全国の小学・中学・高等学校でビジネスについての講義も行う早田氏は、「今後の課題は、ベジートの認知度を上げることだ」と語る。

 

「人口3万人の小さな町からも、世界中の人々を幸せにする商品を生み出せる。この可能性を伝えていきたい」(早田氏)

 

野菜シートが世界中の食卓に並ぶ日まで、シート食品のパイオニア・アイルの挑戦は続く。

 

 

人口3万人の小さな町からも、
世界中の人々を幸せにする商品を生み出せます

アイル 代表取締役CEO 早田 圭介氏

 

 

 

Column

素人集団をプロの開発者へ

アイルの社員数は26名。「30名までなら目が行き届く。社員数を2倍にするなら、僕をもう1人つくり出さなければ」と早田氏は笑う。

 

研究開発型企業を目指す同社の工場では、24時間3交代制で8名ずつ、計24名が勤務している。開発と生産は兼務で、シート・レシピ・マシン・システム開発の4分野、1チーム6名体制で研究開発を進めている。

 

シート開発チームは、昆布だしなど25の新アイテムを提案し、商品化に向けて現在進行中だ。レシピ開発チームは、ベジートを使った料理の作り方を200案ほど考案し、レシピサイト「クックパッド」に掲載。使い方を提案することで売り上げや認知度の向上に貢献した。

 

「田舎の小さな工場のスタッフでも、世界を動かすほど活躍できることを体感してほしかった。素人集団をプロの開発者へ成長させる人づくりを、これからも行っていきます」(早田氏)

 

 

 

 

PROFILE

  • ㈱アイル
  • 所在地:長崎県平戸市田平町小手田免419-1
  • 設立:2006年
  • 代表者:代表取締役CEO 早田 圭介
  • 売上高:8400万円(2019年3月期)
  • 従業員数:26名(2019年12月現在)

 

 

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