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【特集】

建設テック

「Construction(建設)×Technology(技術)」の融合で、建設業の生産性向上と技術革新を図る動きが活発だ。AI 活用やドローン 3D測量、XRなどの最新技術を建設現場に全面導入し、土木・建築・設計の常識を覆しつつある事例を紹介する。
2020.01.31

独自の三種の神器で生産性向上を実現:正治組

ワンマン測定器、レーザースキャナー、クラウドといったツールを使いこなし、先進的なICT施工を実践する建設会社の「正治組」。推進役のキーパーソンに、その考え方と取り組みを聞いた。

 

 

正治組で使用しているトータルステーション(測量機器)。建物の基礎を作る際のくい打ち作業が1人でできる

 

 

宿願の工事元請けに転身ところが思わぬ事態に

 

静岡県伊豆の国市にある正治組は、創業50年超という老舗の土木建設会社だ。が、何も知らずに同社の事務所内を見て、建設業を営んでいるとすぐに分かる人は少ないかもしれない。

 

デスクに大きなパソコンのモニターはあるが、施工図面や工程表などが一切見当たらない。資料らしいものといえば、部屋の片隅の小さな本棚にある「土木工事施工管理基準」という、公共工事に関する手引書があるのみ。殺風景なほどのシンプルさである。

 

「必要な図面や資料は全てデータ化してクラウドで管理しています。ペーパーレスですから環境にも優しいですし、資料や図面を誰でもすぐに見ることができるので仕事もスピーディーそのものです」と当たり前のように語るのは、正治組の土木部部長・大矢洋平氏。大矢氏は同社のICT施工の推進役である。

 

今では土木の元請け工事が全体の95%を占める正治組。だが、かつては下請け会社だった。約20年前に脱・下請けを掲げ、その職務を担当したのが当時入社4年目の大矢氏だった。元請け会社になると、発注者である自治体に対して施工管理書類など多数の書類を提出しなければならず、さらに工事前の事前調査や測量など仕事量は一気に増える。

 

「社内で元請けとしての施工管理方法を知っている人がいないし、他の元請け会社もライバルになる下請け会社に教えてくれるはずもない。独学で勉強するしかありませんでした」と大矢氏は当時を思い出して苦笑する。しかし、持ち前の研究熱心さで元請けに必要なノウハウを少しずつ蓄積していった。

 

大矢氏の努力もあり、徐々に元請けとしての受注工事が増えていった。そんな中、ある深刻な問題が持ち上がった。書類作成や測量、図面作成など業務が一挙に増えたのだ。大矢氏は現場監督として多忙を極め、睡眠時間が1日3時間という日々が何年も続いたそうだ。

 

 

企業の枠を超え、業界にICT施工を広めるための活動

大矢氏が事務局を務める「やんちゃな土木ネットワーク」のホームページ

 

 

2019年11月に開催された「建設ICT ビジネスメッセ」での講演の様子。

 

 

ワンマン測量で業務の大幅な効率化を図る

 

土木工事の中で最も時間がかかるのが、現場測量や座標計算、標高計算である。現場測量は通常2人1組で行う。平面測量、縦断測量や横断測量を行い、それぞれを2次元(2D)の図面に起こす。こうした測量作業は何日にも及び、コストもかかる。さらに何枚もの図面を起こすのも大変な作業である。

 

元請けになったのはいいが、膨大な仕事量に苦慮していた大矢氏に転機が訪れたのは、2001年度に施工した道路幅拡張のための山を切り取る工事だった。40mもある高さの崖を切り崩す工事では、土砂を掘削する地点を決める「丁張り」(位置や高さの基準点となる設置物)を立てるために、何度も高低差40mの山を上り下りして測定せねばならず、大変な労力を要する。そんな時、ある基本的なことに気付いたという。

 

「使用していたトータルステーション(測量機器)に、X、YだけでなくZ(高さ方向)の座標があることに気付きました。つまり、3次元(3D)計測ができることを表します。ところが、当時の現場では昔ながらの2D計測を続けていたわけです。その時に従来の慣習を信じ込んでしまう怖さを、身をもって体験しました。そこからですね、使用しているツールは何ができるのかを徹底的に調べるようになったのは。大切なのは技術ではなく、“考え方”なんです」(大矢氏)

 

これを契機に、今まで3日かかっていた測量を半日で終わらせられるようになった。しかもトータルステーションは1人で操作できるものを用いたので、測量に当たっていた作業員2人のうちの1人は他の仕事に取り掛かれ、生産性も大きく向上した。

 

 

レーザースキャナーを活用した点群データが工事を変えた

 

もう一つ、施工の大幅な効率化につながった機器としてレーザースキャナーが挙げられる。地面に置いて作動させるだけで、幅、奥行き、高さを測定して3Dの「点群データ」が取得できる。これを数十枚に及ぶ平面の発注図面を基に作成した3D設計データと重ね合わせれば、発注図と現地の不整合がすぐに把握できる。

 

正治組は設計図通りの施工を行うためだけでなく、現場の作業効率を上げるためにもレーザースキャナーを用いている。例えば、重機を使う際に障害物となる電線の位置を測量後、点群データ上にクレーンを再現して、アームを動かしたときの電線との干渉の有無など、実際の動作を事前にシミュレーションするのである。

 

また、工事現場内に作業ヤードの確保ができないことの多い大型クレーンを用いる場合は、工事現場周辺の点群データをチェックする。隣接地にクレーンを置けそうであれば、その土地を借りて工事に当たる。

 

「点群データによってさまざまなことを事前に確認できるので、工事を効率的に行えるようになりました。このレーザースキャナーは1000万円もする機器で、当社の規模からすると高価な買い物です。しかし、私が使いたいと申し出ると社長(正治恵氏)がすぐに導入を決断してくれました。当社がICT施工を積極的に行える背景には、経営者のICT施工やデジタル化に対する理解も大きいと思います」(大矢氏)

 

 

台風19号の影響で破断した駿豆水道送水管(静岡県)の復旧工事

レーザースキャナーを用いて現場を計測し、復元モデルを基に復旧工事に当たった。断水していた熱海の8000世帯、函南の2000世帯の家庭へ、予定より5日も早く水を届けられた。

送水管の復元モデル。

 

 

工事前の現場の状況

 

 

3Dレーザースキャナーを使用することで、早く安全に現場を計測できた

 

 

 

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