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【特集】

ラーニングカルチャーの創造

常に学ぼうとする文化(ラーニングカルチャー)がある企業は、人材育成の投資効果が高く、好業績を維持しやすい。その文化はどのように形成されるのか、事例からひもとく。
2019.12.16

教育の「効果」「効率」「魅力」で受講者と組織のニーズを満たす:熊本大学 教授システム学研究センター 大学院教授システム学専攻 教授(センター長・専攻長)鈴木 克明 氏

社員が学び合う文化を育む上で有用な、「インストラクショナルデザイン」。
ウェブなどのラーニングテクノロジーを最大限に活用しながら、成果と直結し、業績に貢献する研修の構築方法について、日本の第一人者に聞いた。

 

 

学習環境を総合的にデザインする教育工学

 

社員の育成現場で、しばしば聞かれるのが「インストラクショナルデザイン」(以降、ID)だ。授業(研修)の効果と効率、そして魅力を高めるための方法論である。細かく区切られた学習・教育の単位である「インストラクショナル」を形づくる(デザインする)、教育工学の一つとして知られている。つまり、より良い学習の環境を総合的にデザインすることを目指した分野である。

 

その始まりは1930年代の米国の軍隊で、兵士の教育・訓練に活用され、その後、心理学、コミュニケーション学、情報学、メディア技術を取り入れて進化してきた。日本では一般的に知られていなかったが、eラーニングの普及に伴って注目されるようになった。

 

「多くの企業が、時流に乗り遅れまいとeラーニングを導入しましたが、思い描いていたような効果を得られないケースが多かった。その原因は、従来の対面型の講義をそのままインターネットで配信するコンテンツだったことにあります。対面型のリアルな講義は熟練講師のスキルや情熱によるところが大きく、それを形だけeラーニングに転用しても良い結果は生まれません。そこで科学的なアプローチで教育をデザインするIDが注目され始めたのです」

 

そう説明するのは、熊本大学教授の鈴木克明氏。同大学の教授システム学研究センター長と大学院教授システム学専攻長を兼任する同氏は、米国フロリダ州立大学で学んだ日本のID研究の第一人者である。

 

IDでは三つのゴールを設定している。それは「効果的」「効率的」「魅力的」を高めることだ。例えば研修なら、この三つのゴールを目指して研修の目的設定、進め方、あるいは教材やツールの選び方なども含めてデザインしていく。

 

 

まずは受講者が自ら学ぶ企業風土をつくる

 

では具体的に、IDをどのように社員教育へ活用していけばよいのだろうか? まずは研修プログラムの設計よりも、自主的に学べる風土の構築を考えることが先決だと鈴木氏は指摘する。

 

「研修はあくまでも人材育成の最後の手段と考えていただきたい。多くの人材開発担当者は“研修をすれば効果が出る”と考えがちですが、極論を言えば『やらない方がいい』のです。研修をするには、本来行うべき業務を中断して集まってもらわなければなりませんし、交通費など実施のためのコストがかかり、経営的には負担を抱えることになります。そのため大切なことは研修を行わなくとも社員が自主的に学べる環境づくりです」(鈴木氏)

 

研修で何から何まで教え、与え過ぎてしまうと、社員の自主性を損なう恐れがある。そこで大切になるのが自主的な企業風土の醸成だ。「うちの会社では自分でどんどん進んでやっていい」と、社員に伝えることが大切だと鈴木氏はアドバイスを送る。その上で、トライアンドエラーを推奨したり、失敗をとがめるのではなく共有してノウハウへとつなげたりするなど、ラーニングカルチャーを育む環境をつくっていく。

 

その過程においてポイントとなるのが、OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)である。OJTは実務を行いながら、上司などが部下に教える手法。「上司が部下に実践してほしいことを遂行できるスキル」を身に付けてもらうために行うものだ。つまり、職場の課題解決や目標達成に貢献できる人材に育てるためのトレーニングである。そこで、研修ではOJTを重視しながら、職場では教えきれないことをOff-JT(職場外訓練)で補うという考え方で臨むことが重要になる。

 

「当然のことですが、Off-JTの代表である研修は、職場でどんな役割を求められているのかを受講者が把握し、それを実現する内容にしなければ意味がありません。人材開発担当者と職場の上長との意思疎通や連携など、組織的に取り組むことが不可欠です」(鈴木氏)

 

しかも研修後に、受講者が職場で求められているパフォーマンスを発揮できるようになったかどうかを、きちんと評価できる体制があって初めて効果があるという。

 

 

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