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【特集】

実行力

経営実態を具体的にわかるようにする「見える化」に取り組む企業は多い。だが、問題が見えるだけでは何の解決にもならない。それを解決へつなげる「実行力」が不可欠だ。「見える化」によって見えた問題を解決している企業の取り組みに迫る。
2019.08.30

リスク情報を信頼獲得のチャンスに変える:リブセンス

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災害情報の提供が信頼につながる


不動産売買分野に足を踏み入れたのが、2015年にスタートしたイエシルだ。1都3県のマンション約27万棟(当時)について、部屋別に価格査定額を算出・公開するという革新的なサービスを提供したのである。「ヘドニック・アプローチ」という金融工学の手法を基に、査定の精度を高めていった結果、イエシルの評価は高まり、現在の会員登録者数は16万人に達している。

リブセンス社内に、不動産売買に関する専門的なノウハウはなかった。が、未知の分野だからこそ思い切って突き進むことができたという。これは、同社がPhilosophyとして「幸せから生まれる幸せ」を、またVisionに「あたりまえを、発明しよう」を掲げ、社会課題を解決する企業として飛躍していこうとしているからに他ならない。

「イエシルを始めて2年が経過した頃、消費者に査定額を届けるだけでは、不動産に関する課題を解決しきれないと感じるようになりました。売買の場合、実際に購入するのは不動産会社のサイトに登録してから半年後、1年後であることも多いため、長期的・多角的に消費者の困り事にアプローチしていく必要があります。不動産会社もそうした接客面で悩みがちなので、そこを解決することが、おのずと消費者に対する価値提供につながると考えました」(稲垣氏)

安心して長く住み続けてもらうために、リスクも含め、住環境に関するあらゆる情報を伝えていこう――。この信念に基づき、稲垣氏たちは災害リスク情報を不動産会社へ提供するサービスに着手した。

不動産営業は、物件そのものの魅力以上に、信頼関係がものを言う世界だ。同じ物件を複数の企業が販売しているケースもあり、なおさら“人で商売をする”部分が大きくなる。営業担当者が物件の良いところも悪いところも知っていて適切に助言できれば信頼が集まり、接客・集客へプラスに働く。イエシルコネクトは、情報面からの不動産営業支援ツールなのである。

 

治安や交通リスク情報への対応も目指す

開発において、特に稲垣氏たちの頭を悩ませたのは、災害情報に統一性がない点だった。

地震や水害などのハザードマップは、関係省庁や自治体が発行しているので、誰もが気軽に閲覧できる。だが、情報提供の仕方も記載内容も、公的機関によってバラバラなのだという。

「例えば、河川は級によって管理機関が異なり、災害情報の提供スタイルも大きく違います。それでも河川などの“外水氾濫”は情報があるのですが、下水道などを含む“内水氾濫”は集約されていないことが多く、『マンホールから水があふれた』などの事例を探し出すのはとても困難です」(稲垣氏)

こうした情報をまとめ、データを精査してくれたのが、阪神・淡路大震災や東日本大震災の被災地をはじめ、空間・地理データの収集に専門的なノウハウを持つアジア航測である。同社は国や自治体の依頼による調査を手掛けており、イエシルコネクトの共同開発の際もそのノウハウを最大限に発揮して、膨大な災害データに意味を与えた。

いくら有用な情報だとはいえ、イエシルコネクトは災害リスクというネガティブ情報を提供している。リリース後、地域に住む人々から厳しい反応があるだろうと予測していたが、実際は好意的に受け止めてくれる声が多く、驚いたという。

「正しい情報を公にしてほしいというニーズが、いっそう強まったのではないかと思います。イエシルコネクトの直接のユーザーである不動産営業担当者さまからも、顧客の意思決定の背中を押してくれていると高評価を得ています」(稲垣氏)

今後は治安や交通などの情報も網羅して、災害という非日常だけでなく、日常の安全性も浮き彫りにしていく計画を進めている。ただ、ここでも公的機関の情報提供方法の壁に阻まれているという。

犯罪などの発生件数は、データの処理の仕方が特別で、これを広く一般に公開するには官公庁や自治体の協力が欠かせない。目下のところ、リブセンスは関係機関にデータの公開方法の改革を働き掛けている。

「災害リスク情報の公開に取り組んでみて、いくらたくさんのデータを持っていたとしても、そのデータを“翻訳”して意味を伝えていかなくては価値がないと分かりました。データを人が読み込んでこそ、暮らしにどのような影響が出てくるのかが、具体的になるのだと思います」

そう話す稲垣氏のチームは、より安心して暮らし続けられる住まい選びのために走り続けている。

リブセンス 不動産ユニットIESHILメディア企画グループ
IESHILチーフプロダクトマネージャー 稲垣 景子氏

 

PROFILE

  • ㈱リブセンス
  • 所在地:東京都品川区上大崎2-25-2 新目黒東急ビル5F
  • 創業:2006年
  • 代表者:代表取締役社長 村上 太一
  • 売上高:67億9000万円(2018年12月期)
  • 従業員数:402名(2018年12月末現在)
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