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【特集】

実行力

経営実態を具体的にわかるようにする「見える化」に取り組む企業は多い。だが、問題が見えるだけでは何の解決にもならない。それを解決へつなげる「実行力」が不可欠だ。「見える化」によって見えた問題を解決している企業の取り組みに迫る。
2019.08.30

カンバンを全社に浸透しさせ、作業時間、精神的負担を大幅に軽減:ヴァル研究所

3名の班で導入された、残業時間削減を目標にしたカンバン

3名の班で導入された、残業時間削減を目標にしたカンバン

 

仕事内容によりタスクボードをアレンジ

総務部のカンバンはこれだけではない。採用活動というタイトルが付いた巨大なホワイトボードでは、半年にわたる縦軸があり、横軸には説明会、面接、資料送付といった業務が記され、それぞれ線でつながって、プロセスが分かるようになっている。長期にわたるプロジェクトを俯瞰するために、ホワイトボードも自然と大きくなったという。

エンジニアリングを受け持つある班は、タスクボードに独自の改良を加えていた。Doingエリアに、ペンディング(保留)と、リクエストの項が加えられている。今週やらなければいけないタスクについて、前後の工程を担当する班の意向を確認したり、調整を依頼しなければいけないタスクもある。そうしたものは、いったんDoingエリアから外して、調整中であることを本人にもチーム全員にもひと目で分かるようにしているのだ。

別の部署には、残業時間削減を目標として作られたカンバンもあった。1時間残業をすると、スタッフの名前の下に「残業マーク」が1個ずつ増えていく。早く帰宅できれば、残業代がかからなかったので節約になったと「¥マーク」を書く。そして、週末にその合計を相殺して、残業マークの数が目標以下にとどまったら、ご褒美として班のメンバー全員(3名)でラーメンを食べに行くという約束を設けている。

早く帰った社員は、他の社員がどれくらい残業しているかが分かりにくい。残業マークがたまっているメンバーがいれば、同じチームのメンバーが残業に気付きやすくなる上、残業した理由を分析して今後の対策も立てやすくなる。タスクボードは働き方改革にも一役買っているようだ。

「導入前と比べれば、どの部署でも作業時間は大幅に削減されていますし、手戻りの回数も減っています。結果的に、時間的にも精神的にも余裕が生まれて楽しく仕事ができるようになっています」と代表取締役の菊池宗史氏は胸を張る。

 

ボトムアップで推進しモチベーションを強化


同社がホワイトボードを導入したのは2011年のこと。当時、駅すぱあとは登場から23年が経過し、すでに成熟したシステムになっていた。その結果、社内のオペレーションはほぼ確立されており、「このタスクの担当はこの人」という業務の固定化が進んでいた。

一見、効率的なようだが、ボールが次の人の手に渡るまでは、いまその業務がどの程度進んでいるのか、あるいはそこでどんな問題が起こっているか周囲には分からない。分からなければ声の掛けようもなく、スタッフが孤立。結果として、ボールを持った本人だけが、解決できない問題を抱えてモヤモヤし、残業時間が延びるという悪循環が発生していた。

「この会社には、真面目に仕事に取り組む人が多い。問題があっても、なんとか予定通り作業を進めようと無理をしてしまう。少しでも仕事を楽にできれば」と、新井氏はまず仕事の「見える化」に取り組んだ。

「重視したのは、トップダウンではなくボトムアップであること。上から言われたのでは仕事のやらされ感が強くストレスを増やしてしまいますが、自分たちから自発的に動き出せば、モチベーションも高まりやすい。そこで、小さな成功体験を積んでもらって、徐々に大きな活動にしていこうという作戦を立てました」(新井氏)

活動はまず、3人組の一つの班からスタートした。毎朝15分のミーティングで、昨日終わらせたこと、今日やるべきこと、抱えている問題、問題というほどではないがストレスに感じていることなどを発表。それをホワイトボードに書き留めて、タスクボード化した。数カ月後、そのチームでは活発なコミュニケーションが生まれ、業務も効率化した。新井氏はその様子を社内で共有。他部所でも、「そんなに効果があるならやってみようか」という流れを生み出した。

それから7年、いまでは毎朝10時になると、フロア中でホワイトボードを前に朝会が行われるようになっているという。

ホワイトボードと付箋にこだわったことも、成功の要因の一つだと新井氏は言う。

「見える化やプロジェクト管理を目的としたデジタルツールはWeb上にたくさんあります。しかし、デジタルツールではフォーマットが決まっていて、そのルールに従わなければなりません。それではハードルを上げてしまいかねません」(新井氏)

総務部門、開発部門、時刻表などのデータ部門とでは、顧客も違えば、各々の業務のスパンや働き方も異なる。その見える化を同じツール上で行うのは、土台無理というものだ。

一方、ホワイトボードに罫けい線を引いた自前のタスクボードならば、自分たちの好きなように作れる。ちょっとToDo部分を増やしたいと思えば、そのレーンを広くするというカスタマイズも容易だ。また、悩みや課題があった場合には、ホワイトボード上で落書きをするように図を描きながら、情報共有や解決策を議論できる。

「残業マークを導入した班のように、自分たちなりに工夫することで一体感やモチベーションを高めていくこともできる。他の部署から見たら、『何だこれ』と思われるような工夫でも、自分たちだけが知っている暗号のようで、仕事に楽しさをもたらしているんです」(新井氏)

それにも増して重要と考えたのは、コミュニケーションの「場」をつくることだったと振り返る。デジタルツールではそれぞれの目線は各々のPCの画面に向き、顔を見合わせなくてもコミュニケーションができてしまう。一方、ホワイトボードを使うことで実際に場ができ、自然とコミュニケーションが発生する。

「仕事の効率は、結局のところ、どれだけコミュニケーションが円滑に取れるかにかかっています。ホワイトボードの数だけコミュニケーションの輪が広がっているということなんです」(菊池氏)

 

変革の成功を陰で支えた“お母さん役”社員

カンバンの発想自体は決して新しいものではない。すでに導入していたり、導入を検討したりしている企業も少なくないだろう。だが、ここまで隅々に浸透している例は珍しいのではないだろうか。実際に導入してはみたものの、朝会が義務化することを嫌ったり、暗黙知となっている各個人の業務をうまくタスクとして書き出せないことから、自然消滅してしまう例は少なくない。

同社が成功した背景に、エバンジェリストである新井氏の尽力があったことは疑いようがない。情報発信や戦略を整えていくことで、苗を植えようとするチームを増やしていった。

それに加えて、「チェンジエージェント」の存在が大きかったと新井氏は言う。

「チェンジエージェントとは、現状を変えたい、改善したいと強く思って、組織改革などのスキルを駆使して変化を起こしていく仕掛け人のことです。大規模な変革を起こそうとすれば、経営学の知識が求められるかもしれませんが、今回の場合、必要だったのは、相手を思いやる心や、それを聞き出すスキル。言ってみれば子どものモヤモヤを吐き出させたり、率先して気を利かせたりしてくれるお母さんのようなスキルです。うちの会社には面倒見が良くて細部を見逃さない細やかさを持った人が大勢いた。そんな人たちがチェンジエージェントとなって各班の活動を根付かせてくれたのです」

同社はカイゼンに特別な仕掛けを用いていない。リーダーが諦めずひたむきに取り組み続ける姿勢から、社員の自発性が生まれ、全社へ活動が広がっていった。大きな変革をもたらすためには、一見して遠回りのようでも目の前のことから一つ一つ積み重ねていくしかないのだろう。

ヴァル研究所 代表取締役 菊池 宗史氏(左)、SoR Dept.部長 兼 カイゼンエバンジェリスト 新井 剛氏(右)

 

PROFILE

  • ㈱ヴァル研究所
  • 所在地:東京都杉並区高円寺北2-3-17
  • 設立:1976年
  • 代表者:代表取締役 菊池 宗史
  • 従業員数:159名(2019年7月現在)
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